降りる魚あらば上る魚あり
デスブリンガーは変わらず拘束され、何もできずにいた。
魔力が吸い取られ空になり、全身が木へと変化していても変わらない。
抵抗などできないのだ。
「おっぱじめやがった、クソ、こんなところで…」
自分の命が吸われていく感覚、普通の人間ならそう考えたところだ。
だがデスブリンガーの身体にはなぜか高揚感に溢れていた。
木々の生命力を直に感じ、自然へと近づく。
「ま、り…」
眠気の中で昼寝をするようにただまどろんでいた。
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ドクドクと生物的に蠢く結晶の管が怪しい光を強めていく。
ただ引き寄せられる力、異形となった元国語教師に俺はどう対応すればわからなかった。
「銀音さん、こいつは…」
「…逃げてください」
俺はすぐにでも攻撃できる態勢をとるが、大鎌で遮られてそんなことを言われた。
「早く、シグナスはまだ動けます」
「なんで!?」
俺はすぐには納得しない。逃げろと言われても、ここまでやってきたのにそれが全部無駄になるなんてのはいやだ。
「既に敵の策略は成功しています、現時点で地上の魔導師たちは恐らく魔力切れ…」
「魔力切れ…?」
「魔力を完全に失っているのです、あの上島さんのように」
木になってしまった上島さん、あれは二体の巨兵、アガリタスクを召喚した結果、らしいが。
「この男が事前に布石を打っていた、既に手遅れだったようです」
「て、手遅れだからって、対処できないことなんて」
「分からない人ですね、『プロピンクイタス』」
俺の前を遮る大鎌の刃が上を向く。長刀のように変形した。
「どういう理屈かは知りませんが、私はこの十字架で魔力を抑えています、ですが魔術は使えません、現状手詰まりなんですよ」
十字架のネックレスを掲げて俺に見せる。
動き出した北川、白い鎧が見るからに強大な質量を持っていることを空気で感じる。
銀音さんはそんな奴を相手に変形した大鎌で相対した。
「戦えるのは、私だけ…」
その言葉を疑う。本当に?銀音さんだけ?
「ウェーレ・ヴェントゥスバスタ」
ナイフを展開する。使える、俺はまだ戦える。
「銀音さん!」
「ダメです!!あなたは戦ってはいけません!!」
強情にも俺を止める声。勝機があるのに勝負をかけない。
機械的に、ただ組織的に、打算的で、消極的。安牌を取りに行く。
「私の使命はあなたの身をを守ること、だから生きてください」
ズッ…と北川が動き出した。
動きこそ遅い、だが。
「ッ…!!」
双刃剣の一撃を大鎌で受け、銀音さんは小さく呻く。
そこから反撃に移る。素早い変形した大鎌の捌き、それはケンタウロスとなった北川の全体を切り刻んだ。
だが手ごたえはない。すぐに斬り返しが来る。
回避行動をとっても避けきれず、足から血が出ている。
「…」
涼しい顔をしても傷つけられた体は治らない。これを見ていることに耐えられない。
「グワ」
シグナス、白鳥が俺の後ろで鳴いた。
目をかっぴらいて何考えているかは分からないが、早くしろと促しているように聞こえた。
二択だ、このまま逃げるか、俺が加勢するか。
…嘘ついた、二択じゃない。加勢するにしたって戦い方はいくつもある。
単純に銀音さんと一緒に戦うにしたって、息が合わずにコンビネーションが決まらないとか、俺が前に出過ぎて銀音さんの大鎌にたたっ斬られるとか、最悪な事態もありうる。
なら、どうする?俺はポケットに突っ込んでいたものを握り締める。
現状打破でとれる策は…ある!
「銀音さん!」
俺は駆けだした。中心で輝く結晶に向って。
肌に吸われるような感覚、きっと魔力が吸われているのだろう。
だがそんなものは追い風でしかない。
「俺は絶対にあきらめない!」
だから賭ける、一縷の望みを。
友人からもらったこの力で。
「銀音さんも諦めないでくれぇ!」
結晶の真下、収束する魔力の流れが見える、感じる。
そこに俺は紙を広げた。朝に貰ったこの、なんか高価そうな紙を!
複雑に描かれた魔法陣、意味は分からないが、符術だってことは分かる。
使い方は、前に勉強済みだ!
「起死回生の一手だ!うおおおおおおお!!」
信じてるぜ、ネムロン!
俺は紙に魔力を流し込む。
風向きが、変わった。
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召喚士は勝利の余韻に浸っていた。
竜人たちを魔法陣へ返し、切り倒されたやたら太い一本の木を背に校舎の方を見ている。
三階の一つの教室にはガラスを割る枝やコンクリートの壁を砕く根、如何に自然の力が偉大であるかが見える。
「圧巻だね、まるでポストアポカリプスの世界にいるようだ」
敵対するものを全て無力化した気でいる召喚士。
そんな勘違いに気が付いたのは、すぐではない。全身で世界の変わりようを感じようとする勝者の余裕から来る行動の末、ゆるりと感じる違和感があったからだ。
吸収されていたはずの魔力の流れが逆流しているのだ。
「?」
召喚士はロザリオを確認する。
傷一つついていない綺麗な銀の十字架だ。何もおかしいことはない。
周りを見る。生えてくる騎兵たち、枝と根が3階の一室に引っ込み元通りに修復されていく校舎。
「なっ!?」
予想外の事態に戸惑う召喚士。すべてが元通りになっていく様に嫌な予感が触発された。
「ハッ!おせえよ有史」
振り返れば、倒れた大木であったものが元に戻っている。
爬虫類の眼光を取り戻した騎士が、そこにいる。
「好き放題やってくれたじゃねえか、こそこそとしやがって」
大剣を振りかぶり、埃を払う。銀色の刃が輝き、それは召喚士には眩しすぎた。
死の輝き、そう表現する他ないだろう。
「ヴぉ、ヴォカーレ!ドラグノ…」
「おせえよ」
なぜなら、実力差はハッキリしているから。
召喚士の背後には陽太郎、目で追えていない。
右腕が既にないことすら遅れて理解する。
「ぐ、ぎゃあああああ!!」
悶える召喚士、反撃すらできない。
苦痛に体をくねらせる召喚士に陽太郎は呆れ果てた。
「悪あがきする根性すらないのかよ、ま、だから不意打ちなんて卑怯な真似をするんだろうが」
もし反撃をしたとして何ができるというのか、杖を持っていた右腕は既にないのだから。
とどめを刺そうとして大剣を振りかぶろうとするが、周囲から向けられる殺意に気が付くと陽太郎は方向転換して斬り払う。
騎兵たちが陽太郎を取り囲んでいたのだ。陽太郎が復帰したと同時に湧いて出たようだ。
「邪魔しやがって、こっからが本番なのによ」
無数に湧き出る騎兵たち、対応できないことも無い。
だが召喚士の苦痛の中でのにやけ顔、逃げるか、またもや卑怯な策を練っているのだろう。
「時間を与えんのは癪だが、やるしかねえか!」
覚悟を決めた瞬間、騎兵たちにナイフが刺さった。背後からだ、そこは校舎、3階には他の魔導師たちが顔を覗かせている。
「やい竜騎士!へたれてんじゃねえぞ!」
「手を出すなとかいっときながらやられてんじゃねえか!」
陽太郎が制止していた支援、そのありがたみを今感じたのだ。
「ハッ!てめえらの援護なんていらねんだよ!」
口ではそう言いつつも、十全に戦える状況が出来た。
大剣を両手で握り締める。つま先は召喚士へ。
「ね、『ネビュラ』!」
逃走しようと召喚士は霧で身を隠した。
広範囲に散布され、視界は全くの白だ。
「『ターガ・ドラフェン』」
そんな一時しのぎも全てかき消される。陽太郎の詠唱と同時に。
突風で霧が晴れ、召喚士が振り向くとそこには鎧の騎士がいた。
霧を払ったであろう竜の翼と尾、籠手から鋭利な爪が伸びている。
逃げようとするその男を殺すための殺意の具現化だ。
「卑怯な手しか使えねえから真正面で負けるんだよな」
兜で表情は見えない。だが声色は笑顔だった。
地面が抉れるほどの勢いで駆け、接近する。
「オラぁ!!」
「がはぁっ!?」
駆けたその強靭な足で召喚士を蹴り上げ、空中で両爪の二撃喰らわせる。
灼熱の右爪、氷結の左爪。
打ち上げられ、十分な高度に達したところで最後の大剣の一撃。
「まっ…」
「『ブリッツェインシュラッグ』!!」
雷撃が天罰を下すかの如く召喚士を撃つ。
命乞いなど聞けない速度で熱は走る。
表面は焦げ、全身は大剣で真っ二つ。
分かたれた二物がグラウンドへと打ちつけられた。
陽太郎は着地し、大剣を地面へ刺す。
「形が残っているだけありがたいと思えよ、卑怯者が」
兜を開いて恨み言を言う。
そして焼け焦げた召喚士の半身につばを吐いた。
してやられたことへのやり返しである。
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俺は決定打をかました、俺たちの勝利への一撃を。
だが、戦闘は続く。銀音さんがケンタウロスと化した北川を抑え、俺を背にして守っている。
北川は、表情はまるで見えないが焦っている様子だった。
「何を、何をしたぁ!!」
「有史さん!」
紫色のオーラを纏った一撃を大鎌で受けて銀音さんは俺の居る位置まで後退する。
「銀音さん!俺も!」
バリスティックナイフを構えて北川の前に出る。
「有史さん、隙を一瞬作ります」
「隙?」
「ハガル!!」
詠唱と同時に巨大な氷が形成され、放たれる。
北川はそれを防ぐが、威力が高く圧倒されているのか壁際にまで後退していく。
めり込んで崩れる壁に若干埋もれる形になる、これが隙か。
「乗り掛かった舟です、協力してください」
「も、もちろん」
時間がないのか銀音さんは早口だ。
怒ってるんだろうなあ、と思いつつも現状突破を目標に頑張る。
「あなたの魔術で奴を倒します」
「任しといてください!ウェーレ!ヴェントゥスバスタ!」
風の槍を纏う、だが長いきっちりした剣が形成されるはずが、刃部分が風に巻き込まれてグルグルと回っている。さっき北川にかました暴風状態がそのままだ。
多分、正確に当てられない。
「やば、どうしよ」
「そのまま維持してください、あなたは魔術だけに集中を」
銀音さんは俺の後ろに回り、抱き着いた。
「ふおっ!?」
「集中してください」
念押しされた、無茶を言う。
女の子に抱き着かれて平静を保てる男がどれだけいるのやら。
いやいや、そんな思考している場合じゃない。
集中集中、魔術だけに徹底せよ俺。
徐々に暴風はでかくなっていく、扱い切れる自信はない。
すると、急に暴風は止んだ。
代わりに巨大な風の刃が形成された。
先ほどの暴風、広範囲にわたっていた力を一点集中し、密度を高めたようなはっきりした形。
「こ、これは」
「あなたに合わせます、合図を」
責任がのしかかったあ!こりゃ失敗したら嫌な顔されますねこりゃ。
北川が氷を砕いて姿を現した。
兜が若干割れ、目が見える。鬼気迫った目だ。
「ふざけるなぁ!!ガキが!何も知らないガキがぁ!!」
怒りのままに突進してくる。俺たちもそれを迎え撃つ準備はできている。
「銀音さん!跳びます!」
「はい!」
同時に、跳んだ。
横に斬る、突進してくる北川の双刃剣を横薙ぎに払う。
あっさりと、刀身が斬れた。
「もう一発!!」
「はい!」
一回転、背後の結晶を傷つけつつもう一度、今度は北川本体を斬る。
鎧が砕けながらこちらの勢いに沿って吹き飛んだ。
壁へ打ち付ける。
「がはっ!!」
北川の何かを吐き出す声、兜からはダラダラと血が流れている。
油断は命取りだ、俺はナイフを展開したまま北川へ近づく。
「北川の魔導反応はありません、ですが慎重に」
「当然、二度は同じ手に引っかからないさ」
ぐったりと倒れたケンタウロスの形状の鎧、兜は半壊し、亀裂が全身へと渡っていく。
北川の表情は、驚嘆。敗北したことを受け入れられないような表情だった。
「な、ぜ?」
「つるんだ友達が有能過ぎたのさ、もう抵抗すんなよ」
ボロボロと砕けて砂に変わっていく鎧、双刃剣も折れて使い物にならない…
あ、もう片方も折っておくか。
「てい」
折れてない方の刃を足蹴で砕く。思った以上に軟かった。
石膏みたいな強度だったが、戦意が喪失した証なのだろうか?
「リガレ」
一応縛っておく、抵抗されたら怖い。
「有史さん、脱出する準備を」
銀音さんが言う、見ると結晶をじっと見ていた。
「え、なに?何が起こるの?」
「拡張領域が崩壊します、急いで」
そんな話聞いてない、と思ったけどそういえば上島さんのときもそんな感じだった。
「うおおお!急げええ!!」
北川の身体を引きずりながらシグナスに乗せる。
「アパトム」
結晶が破壊され、空間全体が震動する。
俺も銀音さんもシグナスに乗り、無事脱出…
「ぐぁ…」
「3人は少し重かったようです」
「うお!やば、砂が背中入った!」
「それぐらい我慢してください」
細かいトラブルはありつつも何とか、拡張空間からの脱出を果たしたのだった。
人物ノート⑬
北川菊也
玲瓏高校の国語教師。
だが裏の顔は魔導犯罪者であり、玲瓏高校を中心に儀式の準備をしていた。
教師としては生徒たちからの評判は良い、だがその振舞いはただの忍ぶための演技にしては自然すぎていた。
二つの刃のナイフ、ハラデイを杖として魔法を中心に扱っている。




