10-25
つば競り合いからのまずは後退、距離をとって自分の有利位置をとる。
相手にとっても有利位置だとしてもこちらが早く魔術を使えばいいだけの話だ。
それに飛び道具を使ってきたとしてもこのヴェントゥス・バスタで蹴散らしてやる。
「ウェーレ…」
「『10-26』」
俺が詠唱する前に謎の数字を唱えるライニ。
虚空から現れる鉄の鎖が俺の腕を拘束した。
「なっ!?」
「『ウェーレ・トニトル』」
雷を纏ったマチェットの刃が俺の手元へ接近、だが得物を持っている方の手なら…!
「ディフェンシオ!」
局所防御、その応用をするならばディフェンシオが一番使いやすい。
雷の刃は弾け、敵にも隙が出来る。
「『リテクサレ』!」
拘束解除魔法を唱えて鎖を破壊、反撃の体勢に移ろうと…
「あだっ!」
足を引っ掻けられて倒れた。受け身はとったがまずい、殺される!
急いで立ち上がろうとすると刃を突き付け、にかっと笑顔を見せるライニ。
「血気盛んだねえ」
「当たり前だろ!みんなの命がかかってんだ!」
このまま続けば陽太郎たちは消耗し続け、じり貧になる。
全員、殺される。
「みんなって、誰だよ」
「学校のみんなだ!」
「そいつらはお前に助けてほしいって頼んだか?」
「は?ぐっ!」
俺が間の抜けた声を出すと、それに反応するようにライニがマチェットを振るう。
間一髪、ナイフで防ぐが衝撃が大きい。
「助けたとして何が得られる?」
「友達を助けるのにそんな打算的なこと考えるかよ!」
「熱いねぇ、馬鹿みたいに熱いぜ!」
「ぐっ!」
マチェットに加え足蹴りをかましてくると衝撃が上乗せされる。
その衝撃で相手との距離ができると俺の距離、好機だ。
「『10-31E』」
「ウェーレ・ヴェントゥ…」
しかし俺の詠唱は遅れ、ライニの攻撃を受けることになった。
「ぐあっ!」
3発、銃弾が飛んだ。銃も持ってないのに銃弾飛ばせるとかマジかよ。
2発は武器で防げた。だが3発目は…
「そのケガじゃ立つことも一苦労だろ」
足に当たった。確かに立つことは可能、だけどそれ以上は痛みに耐えられない。
「っ!だからなんだってんだよ!」
俺はナイフを構える。突きだ。ヴェスタの勢いで刃を射出しようと、ライニの手元を狙う。
「ウェーレ・ヴェスタ!」
「しょぼくなったなぁ」
ようやく放てた俺の魔術は、ライニのマチェットによって叩き落された。
何の魔術も魔法もなく、ただ物理的に。
バスケの渾身のパスが、カットされたような無力感。
「あ…」
刃は衝撃の行き場を探すようにバタバタと振動しながら、十字に開いた床の穴へと落ちていった。
メイン武器を失った以上何もできない。
大人しく、死を待つだけ。なわけがない。
「ムカつくなぁ、お前のその諦めの悪さ」
俺は刃の無くなったナイフを構え続ける。
「レディトス!」
「『10-22』」
刃を戻そうとすると何か遮られた。魔法か?さっきから数字言ってるけど違いが分からない。
「ヴェスタ!ヴェスタ!」
「効かねえっての!」
魔法も使われず俺のヴェスタはマチェットに弾かれた。
距離を詰められる。ライニは一撃で俺を殺す勢いだ。
「ヴォカーレ・シグナス」
「なんだっ!?」
俺とライニの間を光が走った。
白鳥?銀音さんのものか。Uターンして戻ってくる。
心強い味方だ。
「クソ、厄介な」
だが隙が出来ても有効打が思いつかない。
こういう時は陽太郎の真似だ、えっと…
「スワンツ!」
振りかぶるとナイフのつばの所に魔方陣が現れる。そしてそこからドラゴンの尻尾が生え出てきた。
「なにっ!?10-22!」
俺が尻尾を振るい、ライニが魔法らしきものを唱える。だが俺の魔術は通った。
「ぐはぁ!?」
陽太郎の魔術の威力はすごい、たいていの魔法は貫通する。
ライニの身体を軽々と吹っ飛ばし、宙へ打ち上げる。
穴の方へ追い詰めて落下されても困るので逃がさぬように叩きつける。
「スワーンツ!」
「ごぼぉ!?」
そのまま抑えつけながら魔術の効果が切れるまでにライニの側へ寄る。
「リガレ」
「10-22」
「リガレ」
「むぐっ!?」
先に口を拘束するのが正解だった。
体を先に拘束すると魔法で解除されてしまう。どこを杖にして発動してんだ?
取りあえず足と手を胴体に巻き付けて拘束し、まな板の上で哀れに飛び跳ねる魚類のように躍らせる。
まあそこまで足掻く動きはしていないが。
「どっちが上か、はっきりしたようだな」
「ぐ」
俺は倒れたライニの顔を踏みつけた。何踏んだか分からない靴だ。
最大限の屈辱を与える。人を殺そうとした罰だ、と大層な大義を掲げたいところだが本音はムカついたからである。
「いでっ!?」
「んぐぐ!?」
ケガしていたことを忘れ、踏んだ衝撃が痛みとなって全身に走る。
俺は全身をこわばらせて倒れた。
ライニが下敷きになるが、こいつのせいでできたケガだ。別にいいだろ。
さて、銀音さんの方はどうだ?
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一方で銀音は、思っていた以上に苦戦を強いられた。
「10-31E」
銃口を向けられ、警戒する銀音。
そこだけじゃなく、自身の右斜め後ろ、左斜め後ろに気配を感じ取り、見切った。
三方から射出される弾丸を跳躍でかわす。
宙からの攻撃へ派生、落下エネルギーを利用した鎌の一撃をザルガへと向ける。
ザルガは長銃に取り付けられた剣を突き出した。
「『10-70』」
長銃から炎が発せられ、銀音へと向って行く。
しかし銀音へたどり着くことは無い。避けるようにして周りへ散っていく。
「チッ」
するとザルガは発砲、詠唱無しの実弾だ。
無論、銀音に鎌で弾かれるが、弾は炸裂し何かが割れる音が響く。
障壁が割れる音、有史が察した通り、それは銀音を守るバリアだった。
ザルガは再び火炎を発する。一瞬ではない、火炎放射のように継続して長銃が炎を吐き続けるのだ。
銀音は無表情で鎌を構える。
「『クリメーショネム』」
その火炎を奪い取るようにして鎌を振るった。
瞬間、逆風が吹いたかのようにザルガの方へ火炎が広がる。
「クソ!」
長銃を投げ捨て火炎から逃れる。
「素手で私に挑むつもりですか?」
いつの間にか銀音がザルガの背後をとっていた。
炎を帯びた鎌がザルガの首元に当てられる。
「うがあっああああ!!」
いくら強靭な肉体でも炎に触れれば悶絶するのは必然。
炎に炙られながらも銀音から距離を取り、体勢を立て直した。
だが焼かれた顔や体は悲惨なものだった。左目は爛れ、縫い付けられるように閉じている。
脇腹は首の代わりに斬られ、無数の傷跡からの出血が止まらない。
「…化けぇもんが」
「魔導師は等しく化け物です、あなたは弱く醜い化け物ですね」
無残なザルガの姿を見て銀音は冷徹に評する。
「そんなあなたが罪のない人の命を奪う、許せませんよ」
「自分の意思のない、覚悟の無い小娘があああああ!!」
ザルガに向かい合う銀音の姿が消え、いつの間にか背後に立つ。
するとザルガは火だるまとなって倒れる。
銃を落とし、その体はやがて硬化していった。
「死に値します」
炎を振り払うようにして鎌を下ろす。
経緯などない、ただ害獣を駆除するように鎌捌きは淡々としていた。
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怪我の手当てをしていると迫真的な勢いの声が上がってきた。
銀音さんの方を見ると焼死体が出来上がっているのを見た。
あれは、ザルガ?あまりに死があっさり過ぎて実感がない。
理解もしたくない。駆け寄る。
「銀音さん!」
「有史さん、わざわざ拘束するなど…」
「すんません、でも殺すとかできなくって」
チラッとライニを見る。絶望の表情だった。
もっと悔しそうな表情をするかと思っていたが、表情があまりにも迫真すぎてこちらがドン引きである。
「引き出す情報などないでしょう」
「でもこういう温情って返ってくるものじゃないですか」
「仇となって返ってこなければいいですね」
手厳しい返答をいただいた直後、銀音さんの様子が何かに反応して強張った。
何か危険なものへの警戒、俺には瞬時に理解できなかった。
ライニが血を吐いて倒れるという現象を見るまでは。
「ごほっ…」
見れば背中から腹へ小鎌が突き刺さっている。そして小鎌から鎖が伸びている、鎖鎌か。
思わず後退し、距離をとった。
別の敵の介入、驚きの声を上げる前に自然と体が動く。
大変結構なことだとは思うがどうも人死にに慣れている感じがして気分は良くない。
「この機会を待っていた」
じゃらっと鎖が落ちて上から何者かが着地した。
「…あなたは」
「デスブリンガー、覚えておけ、今から貴様を仕留めるものの名だ」
一対の鎖鎌を両手に名乗る男は、銀音さんへ敵意の眼差しを向けた。
「銀音さん、こいつは」
「下がっていてください、この男は危険です」
銀音さんが汗をかいている。何かに焦っているような、そんな感じ。
この雰囲気、俺も流石に手出しはできない。
「そうだ、そこのイレギュラーは茶々を入れるなよ、何なら先に殺してしまおうか」
ゾっとするような視線を向けられた。俺にも分かるこの殺気、身近なようで遠い死の気配。
「有史さん、あの男の魔術には触れないでください」
「触れるとどうなる?」
「死にます」
シンプルで分かりやすい説明だ。尚更気が引き締まる。
口上もなく相手は駆けだす。銀音さんも大鎌を構えて迎え撃つ。
俺はというと、情けなく銀音さんの影に隠れるようにして後退するしかできなかった。
「トニトル」
「ディフェンシオ」
鎌の使い手同士の争いが始まる。
魔術を魔法で防ぎ、鎌を鎌で防ぐ。
互いに傷は無い、触れたら終わりだから、なのだろうか?
斬り合いが続く。接戦だ、どちらがおしているとも取れない。
銀音さんには手を出すなとは言われたが…俺の一撃で隙が出来れば銀音さんに有利に働くのではないだろうか?
なんて考えたがそもそもあの男、俺へ背を向ける瞬間が少ない。
ずっと俺を警戒しているような、そんな動き。
やはり読まれているのだろうか。
「ヴォカーレ・ヘルハウンド」
デスブリンガーが一頭の黒犬を召喚する。
そしてそいつは…
「俺かよ!!」
その犬が牙を向けた先は俺だった。
まあ銀音さんに行くわけないか、瞬殺しそうだもの。
「ヒィ~!」
とてつもなく情けない声が出た。
追われる焦燥感と切迫感で自分の知らない自分の中身が出てくる。
この円形の空間で振り切るのは難しい。
だとすれば、十字の穴に落ちるしかない。
「銀音さーん!!先に行ってまーす!!」
「有史さん!?」
進む先は恐らくこの穴の下だ。デスブリンガーを任せるしかない以上銀音さんにとって俺は足枷。
だったら、この場から去るしかない。
十字の穴の近くまで追い回され、ナイフを構える。
獣寄せの魔術なんて知らないが、ここはひと工夫するしかない。
「『ウトアンテ』」
まずナイフをバリスティックから元の状態に戻す。
そして強度の戻ったナイフを犬に差し出す。
「おらぁ!!しっかり噛めよ駄犬!!」
俺はそのまま十字の穴に落ちる。
底は暗い、何があるかもわからない。
だがそんな闇の淵にも挑めるのが生きとし生ける者の特権!
「でええい!ターダス!」
底に着く直前で重力制御で浮き、駄犬を下にゆっくりと下降する。
召喚された未知の犬とは言えど空中では身動きが取れないのは同じだった。
ミシミシと駄犬の身体をナイフが裂いていく。
「…ふぅ」
完全に引き裂いたと同時に底に魔方陣が展開し、犬の死体が沈む。
獣の血に塗れたナイフが残った。
あまりいい気分ではないが障害の排除だ、割り切ろう。
周囲は、特に目立ったものは無し。真っ平な鍋蓋の裏にいるみたいだ。
ただ一つ、目につくものがあった。
床下点検口みたいな扉。
多分そこに更なる敵がいる。
恐らく、北川先生、いや北川のクソ野郎。
殺されかけた俺からすればそれぐらいの蔑称で呼んでも優しい方だ。
上を見る。青白い光が天使の梯子のように降り注ぎ、刃を交える金属音と多種の轟音が交わって聞こえる。
多分、待っている暇はない。野郎がどんな計画をしているか、どのくらいで完遂するかもわからないから、挑むしかない。
俺は扉を開け、そこにある梯子を降りた。
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後ろを振り向きながら降りる。
そこは怪しい紫色の光が照らす、なんか居そうな空間だった。
水槽に入れられた人造人間がガラス割って動き出しそうなイメージだ。
お前の勝手なイメージと言われればそれまでだけど。
床は魔法陣が刻まれており、その中心には禍々しく輝く結晶、結界の心臓部。
今までより数倍でかい、運動会で使う玉ころがしの玉よりちょっと大きいぐらいか?
その下にそびえ立つ人影。誰かは分かっている。
俺は梯子を離した。
「ターダス!」
ゆっくりと降りていく。無事着地すると、俺は未だこちらを振り向かないその人物に啖呵を切る。
「ようやくご対面だな、教師の風上にも置けない大人がよ…」
「…」
…ちょっと自信ないから振り向いてから名前をそいつの名前を言う。
「き、北川ぁ!!」
黒幕は、思った通りの人物だった。
人物ノート⑪
ザルガ
魔導治安機関『ラタトスク』の一員だった人物。
今はライニと共に名もなき傭兵稼業を営んでいる。
銃の扱いに長けた人物だが、魔導においてそれは意味を為さない。
故に知恵を使う。弾丸内に魔導薬を内蔵させ、銃使いだと相手を侮らせ、その裏を行った。
そこまでこだわる彼にとって銃を手放すことは死を意味した。




