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生徒会のお遊び。  作者: 藤代景
三年生編
100/106

第100話 地獄だろうと

「は?一緒に?」


 _____数日後。

 放課後になり、いつも通り病院へ向かおうと準備していると今井に声を掛けられた。そして何を思ったのか「俺も一緒に行っていい?」なんて言い出した。


 そういえば一年生の時以来来てないっけ。いや、来なくていいんだけど。


「……なに考えてんだよ」

「やだなあ、まだ疑ってるの?前だって何もしなかったでしょ。ただ俺は記憶を取り戻した真琴くんの様子を見てみたいだけだよ」

「……余計なこと言ったりしないだろうな」

「しないよ。約束する」

「…………ならいいけど」


 許可してから気付く。……私、何だかんだ今井に甘いな。それこそ一年生の頃の私ならきっと信用せず疑ったままだっただろう。なのに、今じゃこいつの言葉を信用してすぐに疑いを晴らしている。


 なんだかこいつにほだされたみたいでムカつくな。


「それに、やっぱりどこか申し訳なさもあるしね」

「はあ?……もしかして、林道が弟だからか?だとしてもお前は何も、」

「うん、分かってるよ。誠也の罪が俺の罪になるわけじゃない。あいつとの家族の縁はとっくに切れてるし、言ってしまえば俺には関係のないことだ。……だけど、それでもやっぱり俺はあいつは血の繋がった兄弟なんだよ」


 今井は視線を逸らしながら小さく、忌々しそうに笑った。


 ……そうだな。縁を切ると言っても結局は口だけだ。戸籍を消されたって、血の繋がりはどうしようもない。無かったことにしたくても、家族である事実は決して消えない。

 どれだけ大嫌いでも、今井と林道は家族なんだ。


「弟が他人様にとんでもない迷惑かけたんだ、意味はないかもしれないけど謝りたい」

「……まあ、謝るだけなら別にいいけど」


 三年一緒にいて段々分かってくる。今井も瀬戸も、私が最初に抱いていた印象とは少し違うんだってこと。今井は思っていたより真面目で繊細だし、瀬戸は意外にも優しくてお茶目で。


 そしてそれは、きっと私もそうだ。今の二人に、私はどう見えているんだろう。


「……さっさと行くぞ」


 ……まあ、どんな風に見えていてもどうでもいいけど。




 ◆    ◆    ◆




 ゆっくり扉を開けると、既に起きていたらしい真琴がこちらに視線を移した。そして私の姿を確認するなり目を輝かせて「姉さん!」と向日葵ひまわりのような温かく柔らかい笑顔を咲かせた。


「今日も来てくれたんだね!」

「言ったろ、毎日来るって。調子はどうだ?」

「もちろんいいよ。ごめんね、毎日様子を見に来てくれたりして……。姉さんも忙しいのに……」


 申し訳なさそうに眉を下げる真琴の頭を優しく撫でる。


「そんなこと気にしなくていいんだよ。無理して来てるわけじゃないんだから」

「本当に?ちゃんと休んでる?」

「休んでるよ。心配しなくていいって」

「え~……?」


 どこか納得いかないような顔をしていた真琴だったが、私の後ろにいる今井に気付いたのか「あれ」と小さく声を上げた。


「その人は?」

「ああ、こいつは私の友_______ん゛んっ、知り合いだ」

「知り合い?」

「知り合いだなんて酷いなあ。これでも一応君の彼氏なんだけど?」

「ばっ……!おま、何言ってんだ!!」


 慌てて今井の口を塞ぐが、既に時遅し。真琴は「彼氏!?」と意外そうに目を丸くしている。

 最悪だ……!真琴には知られたくなかったのに……!!


「姉さん、ついに好きな人ができたんだね……!」

「ち、違う!こいつは彼氏なんかじゃなくて、その、」

「もうお母さんにも挨拶済みだよ」

「母さんに!?そこまで進んでるの……!?」

「今井!!」


 やっぱり連れてくるんじゃなかった。余計なことしか言わないし!


「俺は今井良樹。よろしくね、真琴くん」

「今井さんですね。姉さんのこと、よろしくお願いします」

「真琴、マジで違うから!こいつはただの知り合いだから!!」

「美琴は照れ屋さんだから中々素直になれなくてね~」

「お前マジで……!」

「篠崎さん、声が大きいです」


 ふざけたことを言い出す今井に噛みついていると、扉が開かれて担当医が入ってきた。ちょっと引き気味な担当医は私を宥めるように優しく声を掛けてきて。恥ずかしさといたたまれなさが混ざり、「すいません……」と小さく謝った。


「……というか、何故ここに?」

「先日(おこ)なった検査の結果をお伝えしようと思いまして。お時間よろしいですか?」

「え、ええ。すぐに行きます」


 担当医の後ろを付いて行こうと歩き出して、今井のことを思い出す。

 そうだ、ちゃんと釘を刺しておかないと。今のこいつならますます余計なことを言いまくる可能性がある。


 私は振り返り、今井を鋭く睨んだ。


「少し席を外すけど……真琴に余計なこと言うんじゃねぇぞ。大人しく黙って座っとけ。いいな?」

「お姉さん、あんなこと言ってるけど?」

「姉さん。彼氏さんには優しくしないと嫌われちゃうよ」

「だから違うって!!」

「篠崎さん、早く来てください」

「…………はい」












 パタン、と扉が閉められたと同時に思わず吹き出す。

 あんなにも慌てたり動揺している美琴を見るのはいつぶりだろうか。これだから彼女を揶揄うのは辞められないんだ、と笑い過ぎて目尻に浮かんだ涙をぬぐう。


「ごめんね、真琴くん。君のお姉さん反応が面白いからつい揶揄っちゃった」

「揶揄う……?じゃあ、今井さんが彼氏だという話は……」

「半分本当で半分嘘、かな。まあ、色々あってね。お互い恋人がいたほうが都合がいいから名前だけ借りてるって感じ」


 本当は美琴を利用する為に恋人関係を提案したんだけど、そんなこといちいち言わなくてもいいか。


「……そうですか……。でも、それでもなんだか安心しました」


 真琴くんはホッとしたように笑った。


「安心?」

「姉さんも今井さんも、お互いを大事に思っていることは伝わってきたので。本当の恋人関係じゃないとしても、姉さんの傍に居てあげてほしいなって」

「…………」


 俺と美琴がお互いに思い合ってる、ねえ。……まあ、否定はできないかもね。初めはお互い、復讐の為に利用し合うだけの仲だったけれど……三年も一緒にいたら気持ちだって当然変わってくる。


 俺達は一緒に居すぎたのかもしれない。美琴も、俺も、瀬戸も。みんな赤の他人を大切に思うような人間じゃなかったはずなのに。


「……ごめんね」


 ぽつりと、心からの謝罪が零れた。そんな俺に対して真琴くんは不思議そうに目を丸くしている。


「えっと……?どうして謝るんですか?姉さんを揶揄ったことなら別に何も、」

「君と美琴の人生を壊してしまって、ごめん」


 俺の言葉に、真琴くんは目を見開いた。


「きっとそんなことはないって分かってる。……でも、考えてしまうんだ。あいつが真琴くんを傷付けたのは、俺のせいなんじゃないかって」


 俺が誠也の期待に応えられていれば。俺が誠也をとっくに殺していたら。

 そうしたら真琴くんのような、あいつの身勝手で傷付き追い詰められる被害者は生まれなかったかもしれない。


 俺があいつを化け物にしてしまったんじゃないかと……そう思う時がある。


「……俺は君が思うような人間じゃないよ。お姉さんのことも、きっと不幸にしてしまう。君みたいな良い子から頭を下げられるようなデキた人間じゃないんだ」

「…………」


 真琴くんは俺の目をじっと見つめ……ふと口を開いた。


「正直、今井さんの言っていることはよく分かりません。僕の無くなってる記憶に関することなんでしょうけど……」

「……うん、分からなくていいよ。そのまま忘れていたほうがきっといい」

「でも……それでもやっぱり僕は、貴方には姉さんの傍にいて欲しいと……そう思います」


 彼の真っ直ぐな瞳に、思わずたじろいだ。


 どうして。君の大切な家族を不幸にすると言っているのに。俺のせいで記憶喪失になったと言っているようなものなのに。それでもなお、君は俺を美琴の傍に居るべき人間だと考えるのか?


「どうして……」

「今井さんの目を見ているとなんとなく分かるんです。本当は真面目で優しい人だってことが。姉さんと似てる目だから」

「美琴と……?」

「姉さんは自分のことを不愛想で性格が悪い奴だっていつも言うけど……不器用なだけで本当は優しい人なんです」

「…………そっか」


 少しだけ分かるかもしれない。美琴はああ見えて根は悪人じゃない。御堂みたいに真正のクズじゃない。クズに成りきろうとしている普通の人間だ。

 だけど無理矢理そうなろうとしている。だから時々壊れそうになるんだ。


「でも、何も俺に頼まなくても。ちゃんと見てくれる君がいるんだから充分な気がするけど」

「……姉さんは僕に隠し事ばかりするから」


 寂しそうに目を伏せる真琴くん。


「僕に心配を掛けないようにって、何でもかんでも我慢しちゃう癖が昔からあって……。両親が家から出て行った時も、本当は寂しかったはずなのに「どうでもいい」って平気なフリしたり、しんどいはずなのに「元気だから大丈夫」って笑ったり。僕には全然頼ってくれないんです」

「まあ、君に対しては笑っちゃうくらい過保護だからね」

「姉さんには素で話せて、ああやって遠慮なく言い合える相手が必要なんです。だから……できるだけ傍にいてほしいんです」

「……俺は……」


 何が何でも復讐を遂げてほしい。……ずっとそう思っていた。俺が出来なかったことを美琴に押し付けて期待した。復讐を辞めようとしたらどんな手を使ってでも阻止しようとすら。


 だけど……最近、楽しそうに学校生活を送っている美琴を見ているとそんな気持ちが無くなってきた。


 最近の美琴はとても楽しそうだ。自分のことを理解してくれる友達ができて、慕ってくれる後輩もできて、真琴くんも少し記憶を取り戻して。きっと誠也達に対する復讐心も少しずつ薄れていっているのだろう。

 無意識に幸せな人生を送ろうとしている美琴を見ていると、そんな結末もいいかもしれないな、なんて思えてきたのだ。


 残り半年。生徒会のみんなでワイワイやって、いじめや復讐のことなんて忘れて、そうして生きていけばみんなが幸せになれる。誰も傷付かずに済む。


 もちろん、誠也が罰も受けずのうのうと生きていくんだと思うと悔しいけれど。でも、復讐心のせいで人生が無茶苦茶になるよりはマシなのかもしれない。俺はともかく、美琴には真琴くんがいるのだから。


 ……まあ、俺は美琴のやることを尊重するだけだ。


「……そうだね、約束するよ。何があっても彼女の傍にいる。あの子がどんな選択をしようと、それについて行くつもりだからね」

「……!ありがとうございます。姉さんは良い人に出会えたんですね」


 そんなことないよ、と言おうとした時。扉が開いて美琴が入ってきた。


「ごめん、真琴。お待たせ」

「ううん、大丈夫。今井さんといっぱいお話したから」

「……お前、余計なこと言ってないだろうな」

「さあ?どうだろうね」

「はあ!?おい、何話したんだよ!?」


 君は否定するだろうけど……俺はこれでも君の彼氏だからね。彼氏として、君の行く場所がどこだろうと一緒に行くつもりさ。


 例えそれが地獄だったとしても、ね。

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