第031話「ソレル農場」
「よし! これで完成ですね!」
王都ミルテの正門から他の街へと繋がる街道と、俺の作っていたミルテの森から延びる街道を合流させた。
街道は石畳が敷かれ、馬車が走ればガタガタと音がするような道ではなく、しっかりと舗装されている。道幅も大きく、馬車が余裕ですれ違えるほどだ。
「これでミルテと農場を行き交う人や物の流れがスムーズになりますね」
俺は最後に、交差点に大きな看板を設置した。
――この先、ソレル農場――
トマトや果物のイラストと共に、俺の似顔絵も入れてある。
うん、我ながら良い出来だ。俺は絵の才能のギフトも持ってるからね。今なら、たぶん頑張ればイラストレーターや漫画家も目指せると思う。
"ソレル"とは俺の生まれた村の名前だ。俺の苗字はここから取った。
今はもうない……俺の、故郷。
俺は自分の似顔絵をそっと指でなぞる……。
……もう二度と、あんな思いはしたくない。だから、今度は絶対に失敗しない。自分の居場所は自分で守るんだ……。
「…………」
しばらく感傷に浸ったあと、俺は踵を返して帰路につく。
石畳の上をてくてく歩きながら、今後のことについて考える。
「そろそろ一度日本へ帰らないといけないですね」
当初はここまで本格的に農場をやるつもりはなかったので、食材やその他諸々の物資を、そこまで大量には持ってきていなかったのだ。なので、それらを補充しに行く必要がある。
「ふむ、ついでにフィオナ達に何か日本から買ってきて欲しいものでも聞いてみますかね」
考え事をしながら歩いていると、あっという間に我が農場の入り口が見えてくる。
『ワフー!』
俺が帰ってくるのを見つけたポメタロウが、嬉しそうに駆け寄ってくるのが見えたので、両手を広げて待ち構えた。ポメタロウはジャンプして俺の腕の中に収まると、モフモフした尻尾をフリフリ揺らす。
「よ~しよしよし、良い子ですね~、ポメタロウ」
『ワフワフッ! キュゥ~ン』
俺の大きな胸の中に顔を埋めて、ポメタロウは嬉しそうに鳴く。
「んん? 魔力が欲しいのですか? ご主人様以外の人間があまりあげすぎるのもよくないんですが……。少しだけですよ?」
そう言って、ポメタロウに魔力を与えると、彼は嬉しそうにさらに擦り寄ってきた。
『ワフー! ワフゥッ! キュッキュゥ!』
土魔法で作られた簡易ゴーレムと違って、レアアイテムのゴーレムコアを核として作られたゴーレムは、本当に魂が宿っているかと錯覚するほど感情豊かだ。ポメタロウもこうして見ると普通の子犬にしか見えない。
いや、もしかしたら本当に魂が宿っているのかもしれない。ゴーレムは謎の多い存在だし、魔導生物って言われるくらいだからね。
ゴーレムは餌を必要とせず、魔力を供給するだけで半永久的に稼働することができる。本当はゴーレムを創造した人物が魔力供給をしてあげるのが理想なのだが、エルクはそこまで魔力量が多いわけじゃないので、代わりに俺があげているのだ。
ポメタロウからしても、エルクより俺の魔力の方が美味いらしく、こうやってよくおねだりしてくる。
そうした結果、創造主であるエルクよりも俺に懐いてしまったというわけだが……まぁ、可愛いから良しとしよう。
ポメタロウを抱っこしてモフモフしながら農場の入り口をくぐると、そこに人だかりができているのが見えた。
「うぇーーーーい!! 俺が竜騎士だ! うおおおおーー!!」
『グオォーーーーン!』
「おい、ウェイン! 次は俺がドラスケに乗る番だぞ! 早く代わってくれ!」
「うおおおおー! やっぱりかっけー! 早く俺も乗りてぇー!」
何やってんだよこいつらは……。
人だかりの中心には、先日俺が作り出したドラゴンゴーレム――ドラスケの姿があった。
ドラスケはつぶらな瞳をキラキラ輝かせながら、背中にウェインを乗せ、大きく翼を広げて歩き回っている。
その周りには大勢の冒険者の男達が群がっており、皆がドラスケの背中に乗ろうと躍起になっていた。
「こら! 何をやってるんですか!!」
俺が声を張り上げると、全員が一斉にこっちを向く。
「や、やべー! ソフィアちゃんが帰って来たぞ!」
「い、いや~、ドラスケが背中に乗せてくれるっていうからさー!」
「そ、そうそう! こんな人懐っこいドラゴンなんて滅多にいないしよー! せっかくだから乗ってみたいじゃん!」
彼らはバツが悪そうに笑いながら言い訳をする。まだ仕事の時間だというのに、子供みたいにはしゃいで……まったく困った奴らである。
「ちゃんと仕事してから遊びなさい! ドラスケも! 暇なら彼らと一緒に農場作りの手伝いでもしてなさい!」
俺が注意すると、ドラスケは少しだけしょんぼりした雰囲気で頭を下げた。それに次いで、ウェインはシュンとなってドラスケの背中から降りると、すごすごと自分の仕事に戻って行く。
「ソフィアちゃんってよぉ~。なんかお袋みたいだよな……」
去り際にウェインがぽつりと呟くと、それが次第に広がっていき、皆がウンウンと頷く。
「で、でも……。ああやって叱られるのも、なんか……悪くないよな。もっと怒られたいっていうか……」
「「「わかる」」」
こいつらさぁ……。いい歳した大人が揃いも揃って、何を馬鹿なことを言ってるんだろ……。
「馬鹿なことを言ってないでさっさと仕事に戻りなさい! 今日のおやつは抜きにしますよ!?」
俺が叫ぶと、冒険者達は蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。何故か全員が嬉しそうな顔をしていた気がするけど、きっと気のせいだろう。
まったく、本当にどうしようもない連中だ……。
まあ、俺は前世から子供には好かれるタイプで、確かに母親みたいだとか、小学校の先生や保育士に向いてるんじゃないかってよく言われていたけどさ。
「しかし、年上の男達からも母親扱いされるのは、一体どういうことなんですかね? 私、見た目14歳くらいの少女ですよ?」
「そりゃ、母親のように男を甘やかしてるからでしょ」
「フィオナ、居たんですか。……私そんなに甘やかしていますかね?」
いつの間にか隣に立っていたフィオナに驚きながら、俺は彼女に尋ねる。
「甘やかしてるわよ。叱ったかと思ったら、すぐに許して優しく頭を撫でたりするし。モテなそうな男にもやたらスキンシップするし……。それに、よく回復魔法をかけてあげたり、差し入れとかもしてるでしょ。普通、雇ってるだけの冒険者におやつなんてあげないわよ……。もしかして全部無意識にやってるの?」
む……。確かにそう言われると、甘やかしてる……かも? あんまり自覚ないんだけどな~。
前世では弟と妹に懐かれていたこともあって、俺は甘やかすのは得意というか、嫌いではなかったんだが……。それが、ソフィアに生まれ変わってから、ひたすら男に好かれようと努めた結果、このような行動をとっていたのかもしれない。
男は深層心理では皆マザコンだって聞いたことがあるし、それで無意識に男を甘やかす悪癖がついてしまったのだろうか?
俺は溜め息を吐きながら、腕の中で気持ちよさそうに丸くなっているポメタロウを優しく撫でた。
「ほら、母親っぽい。そういうとこ」
「…………」
無言でフィオナにポメタロウを押し付けると、ドラスケに魔力を注いであげる。彼は嬉しそうに目を細めて鳴き声を上げると、そのまますたすたと歩いて農場の奥へと消えていった。
たぶん、昼寝するんだろうな……。ゴーレムなのにやたら寝るんだよなぁ、あいつ。普通の生物と違って、睡眠をとる必要はないはずなんだけど……。
どうやら相当変わり者のゴーレムを創造してしまったらしい。
「それで? 街道は完成したの?」
「ええ、ここから王都ミルテまでしっかりと延びてますよ。これで、ここに通う冒険者や商人の人達も、今までより移動時間が大幅に短縮できますね」
「へぇー、それは凄いわね。じゃあ、近いうちにこの辺りに村を興すのもありなんじゃない?」
確かにそれは良いかもしれない。人が集まればそれだけ農場で作る作物も増やせる。ただ、俺は村の自治や運営とか面倒なことはしたくないんだよなぁ……。
「ま、その辺のことはおいおい考えるとして、私ちょっと物資を仕入れに日本へ行ってこようと思うんですけど、何か欲しいものとかあります?」
「日本って、例の異世界?」
「ええ、そうですよ」
ここから見れば地球が異世界だ。
ちなみにフィオナ達には、俺が地球に転移できることは教えてある。地球に行く度に何ヶ月も留守にすることになるわけだし、流石に隠し通すことはできない。
もっとも、前世の自分が生まれた場所だとか、今の俺は生まれ変わった姿で、前世は男だったとか、その辺は伏せているけどね。
流石にちょっと重すぎるというか、引かれると思うし。まぁ、いずれは話す時が来るかもしれないけど……。今は言わなくてもいいかなと思ってる。
「いいなー。そこって美味しい料理いっぱいあるんでしょ? 私も行ってみたいなぁ……」
「うーん、今は自分以外を連れていく手段がないので、ちょっと難しいんですよね……」
フィオナとは逆に、雫もこっちに来てみたいと言っていたが、俺の転移能力では他人を転移させることはできない。特殊な転移系アイテムを見つけるか、もっと強化版の転移能力を身に付けないと難しいだろう。
「まあ、いずれ手段をみつけることができたら、その時は一緒に行きましょう」
「ええ、お願いするわ。それで、買ってきて欲しい物なんだけど……。やっぱり調味料が欲しいわね。ほら、ソフィアが持ってきた、カレースパイスや醤油、味噌、マヨネーズとか」
「ふむふむ……。なるほど……。確かに調味料は重要ですね」
こちらの世界でも、いずれは地球で出回ってるような多種類の調味料を生産したいと思っているが、今はまだその余裕がない。なので、今のところは日本から取り寄せるしかないのだ。
「それに、お米ももうちょっと欲しいのよね。パンやパスタは市場で手に入るけれど、お米はこの辺りだと中々手に入らないし……」
「確かにミステール王国の主食はパンやパスタですからね。米はこの国では馴染みがないかもしれません」
「でも、ソフィアお米料理が一番好きでしょ?」
「ええ! お米はソウルフードですから!」
魂レベルで大好物です。魂が日本人だから当然だけど。
しかしお米か。ふむ……。ならばいっそ、田んぼでも作ってみるか?
いや、一度にあまり多くのことに手を出しすぎるのは良くないか。田んぼを作るにしてもまずは土壌を改良するところから始めないといけないしね。
米なら日本から米俵を定期的に輸入すればなんとかなるし、田んぼ作りは後回しでもいいだろう。今は俺達が家で食うのと、最近営業を開始したフィオナの食堂で出してるくらいだから、そこまで大量に必要ってわけでもないしな。
エルクとルルカのリクエストも聞くために、フィオナと並んで畑へと向かう。畑では2人が並んで、作物に水をやっているところだった。
俺は畑に近寄って、エルク達に声をかける。
「買ってきて欲しい物? ああ、そうだ。あのマニュアルに書いてあったビニールハウスってやつ? あれがあったら、トマトの栽培をもっと効率よくできると思うんだけど」
「ああ、なるほど。それはいい考えですね」
エルクの意見に、俺はポンと手を叩いた。
ビニールハウスは防虫や雨風対策、冬場の温度管理など、栽培環境を整えるのに重要なアイテムだ。あれがあればトマト栽培の幅が広がることだろう。
「それではそれも仕入れてくるとしましょう。ルルカは何かありませんか?」
俺はルルカにも聞いてみる。彼女は少し思案した後、可愛らしく小首を傾げるとこう答えた。
「んーとねぇ……。お水を溜めておける場所があればなーって。今はルルカとソフィアちゃんしかお水を出せないでしょ? だから皆が使える井戸みたいな場所があると便利だなーって」
「賢い! ルルカは賢いですね!」
よしよしと頭を撫でてやると、ルルカは嬉しそうに微笑んだ。
「それは私も思ったわ。いつもはソフィアやルルカが水を用意してくれるけど、2人がいない時もあるだろうし、そういう時のために水場は欲しいわね。ここはいい場所だけど、川まで結構距離があるし……」
フィオナもうんうんと頷きながら同意する。
確かに水はいくらあっても困らない。どうせなら井戸を作って汲み上げるより、学校の屋上にあるようなデカい貯水タンクを用意して、蛇口でも付けて水道にしてしまった方が便利そうだ。
タンクの中身は俺とルルカが定期的に魔法で補充しておけばいいしね。うん、そうしよう。
「よし! それじゃあ、早速明日にでも日本に飛んで、それらを仕入れてくるとしましょうかね!」
そんなわけで、俺は日本への帰省を決めたのだった。




