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第025話「冒険者ギルド」

「よーし、なんかいい感じに植え付けできたぜ」


「おお、流石はエルク。手際がいいですね」


 畑の一画に、トマトの苗を植え付ける作業を終え、額の汗を腕で拭うエルク。彼は張り付いた髪を鬱陶しそうにかき上げると、俺の方へ視線を向けた。


「芽が出るが楽しみですねー」


「たのしみー!」


 俺とルルカは、苗を植えたばかりの畑を眺めながら、揃って微笑む。


 こっちはちょうど春になったばかりの季節だし、順調に育てば、夏には収穫できるだろう。


「しかし、いくら農業の才能を持っているとはいえ、エルク1人でやるには限界がありますね」


 見切り発車で何となく始めた"異世界ウマメシ計画"であったが、エルクとルルカという仲間を得て、本格的に活動することに決めた。


 となると、やはり生産性を上げるためには、2人だけではなく、もう何人か人手が欲しいところだ。


 せっかくなので伐採した木材を使って、作業小屋も建てたいし、畑の拡張もしたい。そしてゆくゆくは、他の野菜や果物なんかも作ってみたい。


「ふむ、冒険者ギルドに掛け合って、人材を募集するのもありですね」


 特級冒険者の俺は、この世界の金は腐るほど持っているし、人脈もそれなりにある。俺がいない間の警備の人間とかも欲しいしな。


 そうと決まれば善は急げだ。俺はエルク達と一緒に、冒険者ギルドに向かうことにした。





「たのもー!」


 冒険者ギルドのドアを勢いよく開け放つ。俺の隣ではルルカも、同じポーズで「たのもー! たのもー!」と叫んでいた。かわいいぜ。


 俺が中に足を踏み入れると、ギルド内にいた冒険者達が一斉にこちらを見る。そして、俺の姿を確認すると、ざわざわと騒ぎ始めた。


「あれって特級冒険者のソフィアちゃんじゃねーか!?」


「行方不明って聞いてたけど、やっぱり生きてたんだな!」


「おい! 誰かギルマス呼んで来い! ソフィアちゃんが帰って来たって!」


 ギルド内は、騒然としていた。冒険者達は興奮した様子で、俺の帰還を喜んでいる。


 まあ、俺にとっちゃ1ヶ月かそこらだけど、彼らからしたら、もう1年も音信不通だったからな。いや、半年だったけ? とにかく、少しの間留守にするとは伝えていたが、こんな情勢だし心配していたんだろう。


 冒険者達に向かって軽く手を振っていると、奥の方から髭面の大男が慌てた様子で飛び出してきた。


 彼はこのミルテの街の冒険者ギルドを仕切っている、ギルドマスターのガイオンだ。元1級冒険者であり、現役時代はかなりの凄腕だったらしい。


 現在は一線を退き、後進の育成に努めている。確かもう50代後半くらいだったはずだが、その鍛え抜かれた肉体には衰えなど微塵も感じられない。


「ソフィア! お前、半年間もどこに行ってたんだ! 心配したんだぞ!」


 彼は鬼気迫る表情で、大股でこちらに近づいてくると、ガシッと俺の両肩を掴んで、そのまま前後に揺さぶってくる。


「いや~ん、ギルマスったら、激しいぃ~ん」


 妖艶な微笑みを浮かべながら、身体をクネクネさせると、ガイオンは呆れたように溜め息を吐いた。


「はぁ……。アホ言ってないで、さっさと事情を説明しろ」


 というか、やっぱり1年ではなく半年らしい。うーむ、一体時間の流れはどうなっているんだろうか? まあ、それはまた日本に戻ってから考えればいっか。


「特に事情なんてないですよ。山に籠って食の探求をしていたら、半年経ってただけです」


 俺が何でもないことのように答えると、ガイオンは額に手をあてて天を仰ぐ。そして、やれやれと首を横に振った。


「それで、そのガキ共は山で拾ったのか? 孤児院でも始めるつもりか?」


 ガイオンは、背後に立つエルクとルルカに視線を向ける。2人は不安そうに、俺の服の裾をキュッと握ってきた。


 顔がこえーんだよこのオッサンはよぉ。声もデカいしさぁ。悪い人じゃないんだけど、俺と真逆で子供受けが悪いんだよな。子供に好かれるオーラが微塵もないもん。


 俺は怯えるルルカの頭を優しく撫でると、ガイオンに向き直る。


「孤児院とはちょっと違いますね。食の探求をしていたと言ったでしょう? 食の革命のために、まずはミルテの森に農場を作って野菜を栽培したいなと思いまして、この子達は、その助手として雇ったんです」


「雇われたんですー」


 俺の言葉に、ルルカがオウム返しで言葉を繰り返す。


「しかしですね。この2人だけじゃ人材が足りません。そこで、ギルドで人手を募集したいんですよ」


「したいんです!」


「お前なぁ、農場って今はそれどころじゃないんだよ。この街が魔王軍の脅威に晒されていることは知ってるだろう? 今は皆で協力し合って、何とか防衛しているところだ。とてもじゃないが人手は割けん」


「戦闘能力は求めてないですから、大丈夫です。いるでしょう? 戦いはからっきしだけど、何とかお金を稼いで生活したいっていう人達が」


 こういう情勢だからこそ、仕事が無くて困っている人は大勢いるはずだ。特に戦闘系のギフトを持っていない人なんかは、エルクみたいに食うに困って犯罪に手を染めかねない。


 そういう人達に仕事を与えることで、治安も良くなって一石二鳥だろう。


「そりゃあいるが……。なあ、ソフィア。お前、魔王軍との戦闘に参加してくれねえか? 特級冒険者で、四天王をも倒したお前がいれば、戦況も大きく変わるはずだ」


 やっぱりそう来たか。だが、答えは決まっている。


「言ったはずですよね? 私に魔王軍との戦いを強いるのは無しだって」


「し、しかしだなぁ……。先日、八鬼衆ベイルを討伐に出かけた、"鉄拳のアモン"すら帰ってこねえんだ。もう頼れるのは、お前しか……」


「え? "鉄拳のアモン"って、今代の"拳王"じゃないかって噂の1級冒険者だろ!? 南天流武術の師範で、魔力を纏った拳は鉄をも砕くっていう、あの!? そんな人でもやられちまったのか!?」


 俺達の会話を聞いていたエルクが驚愕に目を見開く。


「ああ、おそらくな。50年にも渡って"拳王"の座についていた武神ガーライルは、自身の流派である南天流の誰かに王印を継承させたようだ。俺の知る限り、南天流の使い手で、アモンより強い人間は聞いたことが無い。つまり、彼が今代の"拳王"であったはずなのだ。そのアモンがやられたとなれば、もうミルテ周辺の冒険者で八鬼衆ベイルに勝てる奴なんて、誰もいないだろう」


 ふ~ん、今代の"拳王"ねぇ……。


 ま、そういう話ってのは、大抵ただの噂に尾ひれがついただけの、眉唾物だったりするんだがな。


 現在、世界の王印持ちは、その半数以上は正体が明らかになっていない。何故なら、王印を持っている事が知られれば、王印戦を挑まれたり、王印持ちを倒して名を挙げようとする連中に狙われたり、色々と面倒ごとに巻き込まれるからだ。


 故に、王印持ち達は自身の素性を隠していることが多い。まあ、リリィのように隠すつもりがない変わり者や、武神ガーライルのように自分の流派の宣伝のために、わざと正体を晒してる奴もいるが……。


 だから逆に、自分が王印持ちであると吹聴する偽物も結構多いのだ。


「アックスさんはどうしたんですか? 彼の率いる"栄光の戦斧"なら、八鬼衆ベイルにも対抗できるんじゃないですか?」


 彼らはこの王都ミルテ周辺では最強の冒険者パーティだ。その実力は折り紙付きだし、中でもリーダーのアックスは、1級冒険者の中でも上位の実力を持っている。"栄光の戦斧"なら、八鬼衆とやらにも引けを取らないと思うのだが……。


 俺が尋ねると、ガイオンは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。


「……アックスは、死んだよ」


「――――え?」


 ガイオンの回答に、一瞬思考が止まる。


 このアルトラルディアは命の価値が低い。今までも数えきれないほどの知人が死んでいくのを見てきた。しかし、アックスは相当の実力者であり、簡単に死ぬような人間じゃないと思っていただけに、そのニュースは衝撃的だった。


「……八鬼衆ベイルに殺されたんですか?」


「いや、奴は3ヶ月前のグリムリーヴァ討伐隊に参加していたんだ。……結果は、お前も知っての通りの誰も帰ってこなかったよ。死体の確認は取れていないが、相手はあの悪名高い魔族だ。あいつも十中八九、生きてはいないだろうな」


 ガイオンは苦々しい表情のまま、ガシガシと頭を搔く。そして、真っ直ぐ俺を見つめてきた。


「なあ、頼むよソフィア。お前、アックスともそれなりに仲が良かっただろう? あいつの仇を取ってくれ! 八鬼衆ベイルを倒してくれ!」


「……仇を取れって、アックスさんはグリムリーヴァにやられたんですよね? 八鬼衆ベイル、関係なくないですか?」


 確かにアックスとはそこそこ仲も良かったので、目の前にグリムリーヴァがいれば、ぶち殺してやるのもやぶさかではないが、八鬼衆ベイルとの直接的な因縁はない。


「うぐ……!? そ、それは……。しかし奴も同じ魔王軍で、しかも幹部だろう? 仇討ちと言えんことも……ないだろ……?」


「そんな事言ってると、魔王軍全部と戦うことになりますよね?」


「ぐぬぬ……ッ!」


 俺が呆れ気味に言うと、ガイオンは悔しそうに唸った。


「私に魔王軍との戦いを強制しない。それが特級冒険者になった時、ギルドと交わした約束です。冒険者は自由でなくてはならない。私は、私のやりたくないことをするつもりはありません」


 俺の実力は四天王より上だ。八鬼衆とかいうやつにもおそらく勝てるだろう。だけど、俺は少しでも危ない橋は渡りたくないのだ。


 相手は正体不明の魔王軍の幹部、そいつの特殊能力次第では、万が一、ということもあり得なくはない。


 前世でもずっと慎重に、分相応に、堅実に生きてきた。だが、たった一度の無茶で俺は命を落とした。もう二度と、あんな思いはしたくないのだ。俺は自由に生きたいが、無茶をして死にたいわけじゃない。生きてこその自由だ。


 俺の言葉を聞いて、ガイオンはガックリと肩を落とした。


「特級冒険者ってやつはどうしてこうも自分勝手で、自由奔放なんだろうな……。7人もいるってのに、誰一人として積極的に魔王軍との戦いに参加したがらねぇ。人類の英雄に成りたくねーのか、お前らは」


「人類の為に自らの命を投げ出す、そんな正義感溢れる英雄志願者は、とっくに連合軍に加入してるでしょう。冒険者で特級まで上り詰める人間なんて、そんな俗っぽい考えは持ち合わせていない、変わり者ばかりですよ」


 俺は肩を竦めながらそう言った。実際、俺以外の特級冒険者も"自由であるべき"という気風が強いし、基本的に人の下で働くようなタイプはいない。


 異世界ものの小説や漫画なんかでは、冒険者は誰もが憧れる職業みたいな描かれ方をすることも多いが、実際は地球で言うならば、ただの日雇い派遣みたいな職業だ。


 危険な魔物討伐だったり、魔物の蔓延る森に生えている薬草集めだったり、はたまた下水道の掃除だったりと、お金のある人々は自分でやりたくないからこそ、冒険者を雇って代わりにやらせるのだ。


 安定性もなく、毎日ギルドに行って何か依頼はないか探す必要があるし、依頼がなければ収入もゼロだ。おまけに地球の派遣社員と違って、命がいくらあっても足りない程の危険が付きまとう。


 俺みたいな上位の冒険者になれば、大金を稼げたり、英雄視されもするが、そこまで辿り着ける人間はほんの一握りしかいない。大抵は、仕方ないから冒険者をやっている、という奴が多い。


 安定していて、かつ安全に稼げる仕事があるなら、殆どの人間が喜んでそちらを選ぶだろうし、勇者や英雄に成りたいような人間は、連合軍に志願するだろう。連合軍は平民でも、それこそ、孤児ですら実力次第でいくらでも出世できるのだから。


「ああ、もう分かった。好きにしろ! 依頼なら受付に話を通しておくから、農場を作るなり何なり好きにしろ!」


 とうとう諦めたのか、ガイオンは投げやり気味にそう叫ぶと、大股でギルドの奥に戻っていった。

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