第168話「ソラとハナ」★
《先日のLWDによるテロ事件についての続報です。オークションハウスから盗まれた七つの恩寵の宝物のうち、二点が魔法少女ライトニングフラワーによって回収され、探索者協会へと引き渡されました。この二点を所有していた二人は、恩寵の宝物の力により大規模な犯罪を計画中だったようで、それを事前に防いだライトニングフラワーには、称賛の声が上がっています。しかし、残りの五つは未だ所在不明の状態であり――》
用務員さんと教頭先生による学校占領事件から数日が経った。
あの後、ライトニングフラワーは学校のみんなの洗脳を解除してくれただけじゃなく、その後の混乱も上手く収めてくれたようで、今では何事もなかったかのように学校生活が再開している。
僕と同年代のはずなのに、あまりの有能っぷりに恐れ入るばかりだ。
「まさか空の学校まで事件に巻き込まれるとはねぇ! ここはやはりあたしが猫魔法少女になるしか――」
「か、母さん落ち着いて! ライトニングフラワーが無事解決してくれたし、そろそろ高雄くんも帰ってくるはずだから!」
「ええいっ! 息子が危険な目に遭ってじっとしていられるもんかいっ! あたしゃ魔法少女になるよ! ニオはどこだい!?」
テレビから流れてくるニュースを見ながら、お母さんが鼻息を荒くして叫んでいる。
お父さんがお母さんの身体を抑えながら必死に宥めているのを横目に、僕は朝食を平らげて席を立った。今日は日曜日で学校は休みなので、ニオと一緒に部屋でゆっくりと魔法の訓練をする予定だ。
自室に入り、扉に鍵をかけてカーテンも閉める。
そして、魔法少女になるためにニオを召喚しようとした、その瞬間――
――突如、部屋全体が眩い光に包まれた!
「帰ったどーーーッ!」
「あ~、久々の我が家! やっぱ実家が一番だわ」
『ヒヒ~ン!』
部屋の中に、黒灰色の長い髪の毛をした少女と黒髪のツインテールの少女、それに額に角の生えた小さな白馬のような動物が姿を現した。
……そして、少女二人は何故か全裸だった。
「に、兄ちゃん!? 姉ちゃん!?」
「おおーーーーっ! 空、会いたかったぞーーーっ!」
「――むぎゅっ!」
柔らかな感触が、僕の顔全体を包み込む。わしゃわしゃと頭を撫で、身体をぎゅうぎゅうと抱きしめて頬ずりをしてくる黒灰色髪の少女……もとい、兄ちゃん。
「う~ん、弟成分補給~」
「裸で抱き着くな! まず服を着ろ! この痴女が!」
「そういうお前だって全裸だろ」
「ああっ! そうだった!」
姉ちゃんは慌ててタンスから服を引っ張り出し、急いで着替えると、僕に抱き着いている兄ちゃんをべりっと引き剝がした。
そして、兄ちゃんにも無理やり服を押し付け、着替えるように促す。
「ちぇっ……せっかく弟成分を補給していたのに」
「いいから早く着ろ! 空もいつまでも見てるんじゃないの! あんたも来年は中学生の男なんだから、家族とはいえ女性の裸をジロジロと見たらダメでしょ!」
「は、はい……ごめんなさい」
僕は慌てて後ろを向いた。僕の家族はみんな末っ子である僕に甘いけど、姉ちゃんだけは例外で、怒るとめっちゃ怖い。
でも――
「ところで……あんたしばらく会わないうちに、背伸びた?」
「姉ちゃんにとっては2ヶ月以上経ってるかもしれないけど、僕からしてみれば2週間くらいだし、全然変わらないよ……」
「そ、そう? 久しぶりだからそう感じるのかな……」
後ろからぎゅっと抱き着いてくる姉ちゃんの温もりを感じながら、僕はぽつりと呟く。
やっぱり、なんだかんだで優しいんだ。兄ちゃんが死んじゃったときも、姉ちゃんはこうやってずっと僕の傍にいてくれたし、今みたいに優しく抱きしめてくれた。
……だから、僕は僕の家族がみんな大好きなんだ。
「あー!? お前だって弟成分補給してるじゃないか! ずるいぞ! 俺にも寄越せ!」
「あんたはさっき補給したでしょ! それともっとちゃんと服を着ろ! 胸の谷間が見えてるでしょーが!」
「だってお前の服、胸のあたりがきついんだもん……。俺よりも身長があるくせにさぁ……」
「うっさいわボケぇえええーーーッ!! これでも少しは成長してるんだよっ!」
姉ちゃんは僕から離れると、兄ちゃんをベッドへとぶん投げて、ぎゃあぎゃあと騒ぎながら取っ組み合いの喧嘩を始めた。
……取っ組み合いというか、じゃれ合いみたいな感じではあるけど。
そんな二人のやり取りを微笑ましく見ていると、僕の足元にいた白馬が、すりすりと身体を擦りつけてきた。
『ヒヒ~ン♪』
「えっと、君は? 兄ちゃんたちの新しいペット?」
なんだかとても大人しくて、人懐っこい動物だ。
両手でそっと持ち上げてみると、その柔らかい毛並みの感触がとても気持ちよくて、思わず顔が緩んでしまう。
兄ちゃんと姉ちゃんが喧嘩している間、僕は白馬と戯れて穏やかな時間を過ごすのだった。
……
…………
………………
「それでさぁ……その絶体絶命のピンチを、私の機転で切り抜けたわけよ!」
ひとしきり騒いだあと、姉ちゃんはホットココアを啜りながら、ドヤ顔で異世界での出来事を自慢気に語り始めた。
魔法学園での生活や、そこで出会った友人たち、そして……そこで起きた事件の数々など、姉ちゃんが語る異世界での日々は、僕の好奇心を大いに刺激してくる。
「いいなぁ……僕も異世界に行ってみたいなぁ……」
「う~ん、アストラルディアは危険だから空にはまだちょっと早いかなぁ」
兄ちゃんが僕の頭を撫でながら言う。
確かに、アストラルディアは地球と違ってモンスターや魔族といった危険な存在がいっぱいいて、魔法も日常的な世界らしいから、僕が行ったら危ない目に遭うかもしれない。
でも……たぶん魔法少女になったら、なんとかなりそうな気がする。
……あ、だけどそれなら兄ちゃんたちに僕が猫魔法少女になったことをバラさなきゃいけないのか。
あれ? というか、そもそもニオは兄ちゃんの使い魔なわけだから、もしかしたら言わなくてももうバレてる? わわわ……どうしよう。
《魔法少女の正体を勝手にバラすことは御法度だニャン。なのでたとえご主人といえど、弟君が猫魔法少女になったことはまだ伝えていないニャン》
僕の考えを見透かしたかのように、いつの間にか部屋の中にいて、白馬 (ユニペガという名前らしい)となにかを話していたニオが、念話を飛ばしてきた。
……そうなんだ。よかった、兄ちゃんはともかく姉ちゃんにバレたら絶対思いっきりからかわれるし。
「ふぅむ……。アストラルディアはまだ早いが、雫だけ未知なる世界を体験したってのは、なんだかズルいよなぁ。……よし、じゃあ冬休みにでも、みんなでエルドラドに旅行に行くか!」
「ほんと!? 黄金郷に行けるの!?」
「ああ、実は前々からマイケル国王に一度でいいから来てほしいと誘われていてな。豪華なホテルや最上級の食事も用意してくれるらしいぞ」
「「やったーーー!」」
兄ちゃんの言葉に、僕と姉ちゃんは歓喜の声を上げた。
黄金郷エルドラドも、僕にとってみれば異世界のような場所だ。これは冬休みが楽しみになってきたぞ!
◇
週が明けた月曜日。
僕はテンションが上がりっぱなしで、いつもより早く家を出て学校へと向かっていた。
昨日は兄ちゃんと姉ちゃんが帰ってきたことで、嬉しくて楽しくって、夜遅くまで騒いでいたから、少し寝不足気味だ。
「おはようございます!」
「はい、おはようございます」
早朝から校門の前を掃除をしていた用務員のおじさんに挨拶をすると、笑顔で挨拶を返してくれた。
教頭先生と前の用務員さんは逮捕されてしまったので、先日から新しい人が来ている。前任者とは違って腰が低くて優しそうな人なので、生徒たちには概ね好評だ。
用務員さん以外はまだ誰もいない校門をくぐり抜け、下駄箱で上履きに履き替え、自分の教室へと向かう。
そして教室の扉を開けると――
「あれ? 空くん、今日は随分早いね」
「あ……花ちゃん、おはよう」
一番乗りかと思ってたけど、教室の一番後ろの窓際の席には、ツーサイドアップにした髪の毛を指先でいじりながら、ぼーっと窓の外を眺めている花ちゃんがいた。
ゆっくりと花ちゃんの方へと近づき、隣の席に腰を下ろす。
「おはよう空くん、なんだかいつもより楽しそうだね。なにかいいことあった?」
「え? あはは……まあちょっとね」
「む~、教えてよ~」
花ちゃんは僕の腰のあたりを指先でつんつんと突いてくる。
それがくすぐったくて思わず声を漏らすと、花ちゃんは目を細めて楽しそうに微笑んだ。
……なんだかやっぱり花ちゃんって、どこか兄ちゃんに似てる気がする。
そのまま、僕は花ちゃんと他愛のない会話をしながら朝の静かな時間を過ごした。穏やかで、どこか心が安らぐような、そんなひととき。
やがて、他のクラスメイトたちも登校し始めると、教室はいつもの喧騒に包まれていく。
「……魔法少女スカイキャット」
「えっ!?」
朝のホームルームが終わり、一時間目の授業が始まるまでの休み時間に、花ちゃんが唐突に呟いた。
ま、まさか……僕が魔法少女になってることを見破られた? いや……いくら鋭い花ちゃんとはいえ、さすがにわかるはずない……よね?
そう思ってちらりと花ちゃんの方を見ると、彼女は僕の顔をじっと見ながら、もう一度口を開く。
「……って知ってる? この間の事件で、ライトニングフラワーと一緒に学校を救った謎の魔法少女のことなんだけど」
「う、うん……話は聞いたけど……」
「やっぱりこの学校の生徒なのかな? 空くんはどう思う?」
「さ、さぁ……どうだろう?」
花ちゃんから目を逸らして、窓の外の景色を眺める。
も、もしかしてバレてる? いや……まだバレてはなさそうだけど、花ちゃんってたまに勘が鋭いところがあるし……。
「ところで空くん、あの日遅刻してきたよね? なにかあったの?」
「え!? ただの寝坊だけど」
「ふ~ん、そっかぁ~。偶然被害に遭わなくてよかったねぇ……。日頃の行いがいいからかな?」
「そ、そうかもね……あはは……」
「話は変わるけど、空くんの家ってなんか変な猫飼ってない? あれってなんていう種類?」
「ふ、普通の黒猫だと思うけど……種類はちょっとわかんないかな……」
やっぱり不審がられてる!? たぶん確信は持ってないと思うけど、間違いなく疑ってる気がする……!
ひえぇぇ~……と内心悲鳴を上げながら、花ちゃんの追及をなんとか躱す。
結局、花ちゃんは一時間目の授業が始まるまで、ずっと僕に魔法少女スカイキャットについての話題を振ってきて、僕は終始冷や汗を流しながら、彼女の話に相槌を打ち続けるのだった。
これにて幕章は終了です。
大変申し訳ありませんが、本編再開まではもうしばらくお待ちください。
◇◇◇五章予告◇◇◇
冬休みに入り、黄金郷エルドラドへ旅行に行くことになったソフィアたち一行。
しかし、当然のようにただの旅行で終われるはずもなく――!?
世界最大のダンジョン都市に集結する癖者たち。
……そして、次々と巻き起こるハプニング。
ダンジョンの最奥にあるとされる天国へと扉は、一体誰が開くのか……!?
前世のクラスメイトたちとの決着も……?
次回、第五章『TSクソビッチ、黄金郷へ行く』お楽しみに!




