第162話「少女は異世界の夢を見る」★
「全軍、俺に続け! 恐れるな! この俺がいる限り、我らに敗北の二文字はない!!」
燃えるような夕陽を背に、大軍の先頭を馬に乗って駆ける一人の男。
そこは戦場だった。
広大な草原を、騎馬に乗った数百もの兵士たちが一糸乱れぬ動きで行軍していく。遠くに並ぶ敵軍の影は、まるで黒い壁が迫ってくるかのようで、こちらより数の上で大きく上回っているのは明白だ。
しかし、男は微塵も怯んだ様子を見せない。輝く金色の髪をなびかせながら、一層強く馬を促し、敵軍へと突っ込んでいく。
金の縁取りが施された深紅のマントが馬の疾走に合わせて大きくはためき、右手に握られた大剣の切先が、夕陽を反射して鈍い光を放った。
「進めっ! 我らが国を守らんがために!」
「「「うおぉぉぉぉぉーーーーッ!!」」」
身に纏う武具や醸し出す雰囲気から、彼がただの一兵卒ではなく、一軍を率いる立場の人間であることが窺える。だというのに最も危険であろう先頭に立ち、兵士たちを鼓舞するその姿は、まさに戦神そのものだ。
男の鼓舞に応えるように、兵士たちは咆哮をあげ、一斉に突撃を開始した。
敵軍の放つ矢が、剣や槍が、雨のように降り注ぐ。しかし先頭に立つ男は、それをものともせずに突進し、敵兵を次々と切り伏せていく。
(あ……王様の夢だ。なんだか久しぶりに見た気がする……)
私は男の視界に重なる形で、まるで映画でも観ているかのようにその戦いを俯瞰していた。
小さな頃、身体が弱くてベッドで過ごすことが多かった私。
熱にうなされる夜は、決まってこの夢を見た。まるで現実のようにリアリティのある夢で、夢だとわかっているのについ手に汗を握ってしまい、私はハラハラしながら男の行く末を見守るのだ。
夢の中の私は、どこかの国の王様だ。いわゆる剣と魔法のファンタジー世界に存在する、とある小国の王。
彼の治める国は、周辺国の中でもひと際小さな新興国であり、人間だけではなく、魔族を呼ばれる亜人なども暮らす多種族国家である。
国力は弱く、資源に乏しい。しかも魔族はどうやら人間に嫌われているらしく、建国当初から周辺国の風当たりは強かった。
だけど、国民は皆明るく、日々を楽しく生きている。
それは、ひとえに王たる彼のおかげだろう。彼はひとたび剣を握れば一騎当千の武人となり、戦いの指揮をとれば知略に長けた軍師として敵の軍を翻弄する。内政においても類稀なる手腕を発揮し、そしてなにより……国民皆から慕われるような、強い魅力とカリスマ性を持っていた。
容姿も視点が王様なのではっきりとは言えないが、剣や鏡にちらりと映った彼の姿は、金色の髪と青い瞳が特徴的な、まるで少女漫画に出て来そうな美青年だった。
(……いったい彼は誰なんだろう?)
実在した人物なのだろうか? それとも、私の夢に出てくるだけの架空のキャラクター?
ぼんやりした意識の中でそんなことを考えていると、王様は敵兵の屍を山のように築きながら、ついに敵軍の大将の前まで辿り着いた。
しかし、彼の前に立ち塞がるは、護衛と思わしき筋骨隆々の大男。
「我が名は"剛剣のマクシミリアン"! 1級冒険者にして、この国最強の剣士なり! 悪名高き魔国の王よ、いざ尋常に勝負!!」
マクシミリアンと名乗った大男は、王様の持つ大剣よりも一回りも大きい巨大な剣を軽々と振り回しながら、雄叫びを上げて突進してくる。
そして、互いの間合いに入ったその瞬間、大男はまるで暴風のような勢いで巨剣を王様へと振り下ろす。その一撃は、王の乗っていた馬をも真っ二つに切り裂き、地面へ大穴を穿った。
「受け止めずに躱すとは良い判断だ。しかし、馬がやられてはもう逃げることも叶うまい」
咄嗟に馬上から飛び降りることで攻撃を避けた王様だったが、馬をやられたことで機動力を失った彼に、大男は容赦なく追撃を仕掛ける。
大剣で応戦するも、人外の膂力から放たれる剛剣を前に、次第に追い詰められていく王様。そしてついに……王の持つ剣がピキリと鈍い音を立て、その半ばから真っ二つに折れてしまった。
「なるほど、王国最強を名乗るだけはあるな。ならば、俺も力を示さねば失礼というものだろう」
「馬を失い、剣も折れた今、貴様に何ができる! これで最後だ! 我が剛剣の一撃でその命、貰い受ける!!」
マクシミリアンが、再びその巨剣を振り上げる。
しかし、王様はまるでこの状況を楽しんでいるかのように不敵に笑いながら、折れた剣を鞘へと収めた。
そして――
『――"神衣展開"!』
王様がそう唱えた瞬間、彼の身体を眩い光が包み込んだ。
光は徐々にその形状を変化させ、やがて王様の全身をすっぽりと覆うような漆黒の全身鎧へとその姿を変えていく。右手には神秘的な光を放つ長剣が握られ、剣に反射して映る兜から覗くその瞳は、まるで闇夜に浮かぶ月のように妖しく輝いていた。
(う~ん、いつ見てもこのシーンの演出はカッコいいよね。ヒーローの変身バンクって感じで)
――王様の特殊能力、"神衣"。
ダンジョンのスキルである"魔装"とよく似ているけど、こちらはそれをさらに強化したような能力である。
鎧だけじゃなくて武器まで具現化できるし、身体能力も大幅に上がって髪の長さや目の色まで変わってしまうという、完全に変身ヒーローそのものだ。
「な、なんという魔力の奔流……! だが、このマクシミリアン……この程度で怯みはせんぞ!」
「その意気やよし。貴君の武に敬意を表し、こちらも全力でお相手しよう!」
「ぬおおおおぉーーッ!!」
雄たけびを上げながら振り下ろされた大男の剛剣が、王様の鎧に直撃する。
しかし、鎧に傷一つ付けることができず、逆にマクシミリアンの剣のほうが刃こぼれを起こしてしまった。王様がお返しとばかりに右手に握った長剣を一閃すると、大男の右腕が宙を舞う。
片腕になってもなお戦意を失わないマクシミリアンだったが、続けて王様の放った神速の一撃によって、肩口から腹部までをバッサリと斬り裂かれ、その巨躯は地面に崩れ落ちた。
「さすがは魔国の王……■ー○☆#△$□。無念……。だが……我が魂は……いつの日か、再び……」
最期にそう言い残し、大男は息絶えた。
最強の戦士がやられ、慌てて逃亡を図ろうとする敵軍の大将だったが、王様の剣によって一瞬にして首と胴を切り離され、あっさり絶命する。
「敵将、討ち取ったり! 我が軍の勝利だ!! 皆、勝鬨をあげよ!!」
「「「うおおぉぉーーーッ!!」」」
こうして王様は見事敵軍を撤退させ、王国に勝利をもたらした。
国へ凱旋した王様を、国民たちが総出で出迎える。皆が彼を英雄として褒め称え、国中が歓喜に沸き立った。人々からの賛辞に笑顔で応えながら、彼は王城の中へと入っていく。
(物語に登場するような英雄……まさにそう呼ぶのが相応しい人物だよね)
国のため、国民のために命を懸けて戦う勇者。
だけど……私はこのストーリーの結末を知っている。決してハッピーエンドでは終わらない、強く美しき英雄の、悲しい末路を……。
人々のため、世界のために戦った王様は……やがて、世界の敵として殺されてしまうんだ――。
……
…………
………………
「……ん、ふぁ~……頭痛い……」
いつの間にか、夢の世界から現実へと戻っていた私。
目を覚ますとそこはベッドの上だった。時計を見ると、時刻はちょうど深夜0時。つけっぱなしになっていたテレビからは、深夜アニメのエンディングテーマが流れている。
「そうだ……宿題やっててちょっと眠くなったから、ベッドにダイブして……そのまま寝落ちしちゃったんだ」
う~ん……と伸びをして、ベッドから起き上がる。
机の上には、算数の宿題が中途半端に解かれた状態で放置されていた。優等生として通っている私としては、このままやらないで学校へ行くわけにはいかない。
眠いけど、仕方ないので今から続きをやるか……と机の前に座った瞬間、テレビから流れて来たニュースが私の鼓膜を揺らした。
《速報です! 先ほど並木野市のオークション会場で大規模な爆発事故が発生しました! 警察や探索者協会の発表によりますと、LWDによるテロの可能性が高いとのことで、現場は現在も騒然としております!》
カーテンを開けて窓の外を見ると、遠くに黒煙が立ち上っているのが確認できた。
並木野市は私の住む立川から電車で少し行ったところにある街で、日本最大のダンジョン都市として有名だ。先月も博物館に展示されてた暗黒龍バザルディンの剥製が動き出して暴れるという事件が起こったばかりなのに、今度は爆発事故なんて……。
《なお、並木野オークション会場では近日日本最大のダンジョン産アイテムのオークションが開催される予定でしたが、今回の事件で恩寵の宝物を含む多数のアイテムが盗難にあっているとの情報もあり――》
いつまでもこうしてはいられない。
私は鏡の前に立つと、大きく深呼吸して気持ちを切り替え……高らかに叫んだ。
『――"神衣展開"!』
そう唱えた瞬間、私の身体を眩い光が包み込む。
光は徐々にその形状を変化させ、やがて私の全身をすっぽりと覆うような漆黒の全身鎧……ではなく、ピンク色のフリフリしたドレスへと姿を変えた。
右手には魔法のステッキのような可愛らしいデザインの杖が握られ、髪と目の色もピンクへと染まっている。
「う、う~ん……そろそろこの格好もアップデートさせたほうがいいかな?」
鏡に映る私の姿は、どう見てもいわゆる魔法少女というやつだった。
小さな頃、身体が弱くてずっとベッドの中で過ごしていた私は、ある日魔法少女モノのアニメを見ながら、夢の中で見た王様の真似をして、思わず"神衣展開"と唱えてしまったのだ。
するとどうしたことか……なんと、彼と同じように変身することができたのである!
それからというもの、弱かった私の身体は嘘のように健康体になったどころか、むしろ超人とすら呼べるほど強靭な肉体に生まれ変わったのだった。
どうやら私の身体は生まれつきオーラのようなもの……私は魔力と呼んでるんだけど、その魔力を発することができるようで、魔力を垂れ流しながらも補給する方法がわからなかった私は、その影響で身体が弱かったらしい。
だけど神衣には魔力自動回復の効果が付与してあったみたいで、そのおかげで私は魔力欠乏症から免れたというわけだ。
神衣は使い手のイメージによって形状が変化する。なので変えようと思えば変えられるはずなんだけど……小さな頃からずっとこの魔法少女っぽい格好をしていたせいか、もうすっかり慣れてしまっていて、今更変えるのもなんだかなぁ……って感じなんだよね。
私はクラスの女子の中でも一番胸が大きいから、この衣装だとちょっと目立ってしまうのがたまにきずだけど……。まあ、まだ小学6年生なので、少しくらい子供っぽい格好をしていてもセーフ……のはずだ。この問題は中学生になってから考えることにしよう。
「おっと、こんなことしてる場合じゃなかった。急がなきゃ」
早く爆発現場へ行かなければ。まだ火も消えてないみたいだし、せめて消化だけでも手伝わないと……。
ステッキを振って、姿が背景と同化するようにカモフラージュの魔法をかけると、窓をガラリと開けて窓枠に足をかける。
そして勢いよく空へと飛び上がった私は、ビルや家々の屋根を足場にしながら夜の闇を駆け抜けていったのだった。




