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7/9

 部室で美山と話した日の夜。

 時計の秒針がたてる音を耳にしながら、わたしは自室のベッドに仰向けで倒れ込んでいた。

 わたしは考えていた。


 どうしてモヤモヤが消えないのか。

 それを考え続けていた。

 でも答えなんて出なかった。


 頭の中はずっとごちゃごちゃしていて、上手く考えられない。

 どう考えていいのかもわからない。

 ただただ時間が過ぎていく。


 横向きに寝返りをうつと、本棚が目に入った。

 無意識に何かを目で探していることに気がついた。

 わたしは何を探しているんだ?


 答えはすぐに見つかった。

【茜色に染まれ】というタイトルが目に留まっていた。

 明野海浜のデビュー作。


 わたしにはじめてとんでもない悔しさを、絶望をくれたラノベ。

 殺意のきっかけ。

 どうして、わたしはそれを探していたのだろうか。


 答えは見つからない。

 でも身体は動いていた。

 立ち上がって、その本を手に取った。


 気がつくと読んでいた。

 美山愛梨の、明野海浜の暴力的な才能が叩きつけられる。

 当時中学生だったとは思えないほどの才能。


 身体が震えた。

 居ても立っても居られなくなった。


「……書かなきゃ」


 意味のわからない衝動だった。

 でも心がうずいている。

 どうしても書かなきゃいけないと思った。



 8


 中学生の頃のわたしは、きっと自分には才能があると思っていた。

 ただ経験や技術が足りないだけで、努力を積み重ねてそれを手に入れればいいだけだと。

 思えば【本物の才能】というものを知らなかったのだ。


 今はその努力を積み重ねる期間で、まだ焦る必要はないと思っていたのだ。

 だからどんなに面白い小説を読んでも悔しいと思わなかった。

 相手は経験も技術もある。


 対して自分はまだまだ足りない。

 プロで活躍している作家より上手く書けないのは当然。

 逆に言えば経験さえ手に入ればそいつらにだって負けないと思っていた。


 でもそれは自分に対する言い訳にすぎなかった。

 それを明野海浜がぶち壊していった。

 自分と同じ中学生でありながらデビューを果たした天才。

 しかもデビュー作は処女作で、初めてとは思えないクオリティ。


 思えば彼女の本を手に取ったとき、もうすでにわたしの心には亀裂が走っていたのかもしれない。

 明野海浜の小説を読んだとき、今までわたしを守っていた言い訳が粉々にぶち壊されてしまった。

 面白かったのだ。


 今まで読んだどの作品よりも圧倒的に面白かった。

 本物の才能というものを知った。

 それは努力の積み重ねすらも一瞬で凌駕していくものなのだと知った。


 世の中には本当に鬼才と呼ばれるべき人間がいるのだと思い知った。

 経験なんてあっても勝てない相手がいる。

 そんな奴に自分を守っていたメッキを剥がされた。


 自分には才能がある?

 経験や技術が足りないだけ?

 それを努力を積み重ねて手に入れればいいだけ?

 悔しいと思わなかった?


 本当にそう思っていたのか?

 ……違う。

 そんなものはただ自分に言い聞かせていただけだ。


 現実から目をそらして、塗り固めていたメッキでしかない。

 自分の心を守るための。

 自分自身の弱い部分を覆い隠すための金メッキ。


 本当は自分に才能があるか不安だった。

 世の中の、面白い物語を書く奴らになんて勝てないんじゃないかと。

 そんな不安を覆い隠すように、わたしは自分にメッキを貼り付けた。


 自分にはちゃんと才能がある。

 プロより上手く書けないのは経験が足りてないだけ。

 そうやって自分の中の不安を隠していたのだ。


 そんなメッキを明野海浜はいとも簡単に引き剥がしていったのだ。

 それを自覚したとき、もういいんじゃないかと思った。


 本物の才能を持っている人間がいる。

 誰がどう見てもわたしとそいつは圧倒的に離れた場所に立っている。

 その差を埋めるビジョンは浮かばなかった。


 だったらもうわたしは書く必要がない。

 自然にそう思ったとき、心の中でビシリという音がした。

 それは心がへし折れた音。


 だけどまだかろうじて繋がっていたのだろう。

 その部分がわたしを我に返させた。

 そして恐怖した。


 大切な夢だったはずだった。

 それを自分で捨てようとした事実が、わたしを恐怖させたのだ。

 自覚した瞬間、ふつふつと怒りがこみ上げてきた。


 その怒りは憎しみへと変わっていった。

 わたしが欲しいものをすべて持っているくせに、わたしの大切な夢まで奪おうというのか。

 その憎しみがわたしの心を支配していき、やがて殺意が芽吹いた。


 きっとそれは逆恨みなのだろう。

 でも逆恨みだろうとその殺意は必要だった。

 へし折れた心を再び繋ぐ強い感情がなければ立つことなんてできなかった。


 憧れじゃだめだ。

 悔しさだけじゃ足りない。

 殺意こそが立ち上がるための燃料たり得る。


 だからわたしは決めたのだ。

 いつか絶対に明野海浜を殺してやる、と。



 9


「……わたしは明野海浜を殺さなきゃいけないんだ」


 書きながらつぶやく。


 わたしは明野海浜が大嫌いだ。

 わたしに足りないものをすべて持っているから。


 わたしは明野海浜を殺したい。

 わたしの大切な夢を奪おうとしたから。


 わたしは明野海浜に死んでほしくない。

 わたしの手で殺さなくちゃ意味がないから。


 そのためにわたしは明野海浜の作品を繰り返し読んできた。

 明野海浜だけを見てきた。

 ずっと、ずっと見てきた。


 だから今殺意を失うわけにはいかない。

 明野海浜が勝手に死んでしまったら、この殺意は叶えられることなく消えてしまう。

 そうしたらわたしの心は今度こそ折れてしまう。


 だからこの手で殺すのだ。

 でもただ殺すだけじゃだめだ。

 成長し続ける明野海浜を殺したときにこそ、わたしの殺意は叶うのだから。


 明野海浜は死なせない。

 明野海浜に書かせ続ける。

 わたしの殺意を叶えるために。


 ……そうか。

 書きながら気がついた。

 これは明野海浜に伝えるために書いているのだ、と。


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