紫煙外伝‐頂を目指す者達‐
本作はいずれ書く『紫煙伝‐救世主島の悪霊‐』とリンクした話です。
ちなみに一応八月中旬の話ではありますが、紫煙伝クライマックスで起きた事件のせいで異常気象が起きて、富士山に積もっている雪が例年より多めです(ぇ
坂道を、階段を越え。
さらには岩場を進み続け、せっかく温まってきたアタシの体を……澄んだ、夜の冷たい風が冷やす。
体を震わせるどころか、ガチガチと歯を鳴らしそうになる。
アタシはそれを我慢して、そして同時に、なぜこの場所――少々雪が積もってる富士山の八合目を、ようやく過ぎた場所に自分がいるのかを……ふと考えた。
歩き続けたせいで、足が重い。
空気が薄くて、呼吸がしづらい。
それに、辺りは暗く、明かりはヘッドライトくらいしかない。
周囲の人達は、ヘッドライトを点灯しているけれど、それでも暗くて……あまり見えなくて……不安になる。
良い事なんて、一つもないのに。
それでもなぜ……アタシは今、富士山に登っているのか。
ワケが、分からなくなる。
すると、同時に……自分で決めた事だろ、という心の声がする。
――そうだ、アタシはその声に従って登っているんだ。
でも、なぜそう決めたのか……苦しくて、苦しくて……よく、思い出せなくて。
でも、次の瞬間だった。
アタシの前を登っていた男――霧彦が、岩場を進まんと前に伸ばしていたアタシの右手を掴み「大丈夫か、璃奈?」と言ってくれた事で、アタシの頭の中はクリアになり……全てを思い出す。
ああ、そうだ。
アタシはあいつに……カノアに次に会う時までに。世界中、どこを一緒に回っても大丈夫なように。そして、もう誰の命もこぼさないようにするためにも……清雲高校での事件を生き残ったみんなと一緒に、強くなろうと決めて此処にいるんだ。
※
清雲高校を中心とした事件をキッカケに……世界は変わった。
個人が認識できる範囲の世界じゃない。
文字通り、惑星規模で……世界は変わった。
最終戦争が起きて、地球が死の星になった……みたいな変化じゃない。
惑星規模で見れば、一部、ぶっ壊れた物もあるらしいけど……世界の終わりへのカウントダウンが始まった、という意味合いでの世界規模の変化だ。
ちなみに、この終わりから逃れる事はできない。
寧ろ、この終わりをどうにかしちまったら……この惑星そのものが、本当の意味での終わりを迎えるそうだ。アタシの幼馴染の霧彦と、アタシの戦友で……師匠でもあるカノアが言うには。
ちなみに、その事実は。
事件の当事者の一人であるアタシでも、到底信じられないモノだった。
でも、カノアが目覚めさせてくれた、アタシの隠れていた才能『霊媒能力』が、直感的に……その事実をアタシに伝えてくる。
そして当たり前だけど、その事を察知したのは……アタシだけではないワケで。
カノアを始めとする真の霊媒師は、その危機を察知するなり……表立って、世界規模で活動し始めた。
古代の霊媒師によって、世界中に封印されてたけれど。
清雲高校で起きた事件を経て、封印が解けた悪霊を除霊するだけに留まらず……たとえ世界が終わりを迎えても、より多くの人類を救えるよう……ハタから見れば怪しい事この上ない、セミナー的な事とかしてるようだ。
一応言っておくけど、カノアはそんなセミナーは主催していない。
あいつは、どっちかって言うと悪霊共の除霊……いや、除霊というよりは浄霊のために、そして自分達の同胞を救うために世界各地を回ってる。
できればアタシも連れてってほしかった……そんな旅にあいつは出ている。
けどアタシは、戦力としては大丈夫って言ってたけど……とにかくアタシは一緒に行けなくて。
それで、あいつと一緒に世界を回れるだけの能力を手に入れるために……アタシは清雲高校で起きた事件……霊媒師業界で『清雲事変』と名付けられたらしい事件の時に、一緒に戦ってくれたみんなと勉強したり、聖地――地脈や霊脈、龍脈とか呼ばれてる、地球そのものの霊的エネルギーが集まる場を修行で巡っている。
※
今回の富士登山も、その一環だ。
霧彦によると、どうも聖地巡礼は、自分の中の霊力と地球の霊力を同調させて、より強い霊力と、霊媒能力を得る修行らしい。真の霊媒師ならば、最低でも月一でしている修行だそうな。
まだまだオカルトに疎いアタシには、その情報の真偽は分かんないけど、霧彦が言うならそうなんだろ。
そして富士山には、登山用のルートがいくつかあるようだけど、今回アタシ達が通ってるのは、真の霊媒師や、真の霊媒師にならんとする者が主に通る道――吉田口登山道。修行にはもってこいの、麓から登る上級者向けルートだ。
麓の北口本宮冨士浅間神社に入口があるそこは……もはや別世界。
精霊や妖精がいても不思議じゃないほど、自然豊かな森の中の道。優しい木漏れ日が照らすその道は、最初は舗装された登山道だったけど、途中から土や石のみな登山道になって……さらに神秘性が増した。
都会ばかり見てきたアタシにとって、それはとても新鮮な光景だった。
ついでに言えば、そこで深呼吸をしただけで、まるで力が湧いてくるかのような感覚がした。もしや、この辺の霊脈とかがアタシに力を貸してくれたとかそういうのかと思ったりしたけど……清雲事変の後、この世界で起きている事を考えると、あまり喜べなかった。
それからアタシ達は、道を進み続け……山小屋を越えて、灯籠と鳥居と、富士山の使いだとかいう猿の石像に出迎えられ、鈴原天照大神社や、富士御室浅間神社、御座石などがある……神域に入る。
途端に、空気がピリピリしているような感覚を覚えた。
昔の、霊媒能力がなかった頃のアタシならば感じなかった感覚。周囲に充満する地球由来の霊力の濃度が、変わったからこそ感じる感覚だ。
「なんだか、圧力……みたいなモノが変わりましたね」
そう言うのは、事件を経て特殊能力に目覚めた木下千桜だ。
アタシとは違う能力に目覚めたっぽいけど……それでも特殊能力者だという事に変わりないから、分かるんだろう。
「……見張られてる感じだな」
そう言うのは、須藤政宗……清雲高校では番長的な存在だった不良だ。
須藤も須藤で、あの事件を経て、本人ですら予想外な能力に目覚めたらしい。
「俺達を見定めているんだろう。この大自然が」
アタシの幼馴染の霧彦が、真剣な眼差しで言う。
「さぁ早く行こう。さっき『クマ注意』の看板もあった事だし」
※
途中で『たばこ屋』って名前の山小屋を見つけて。不完全なる煙草と因縁があるアタシ達は、思わず失笑したりしたものの……さらに進み続けた。
雲切不動神社と富士守稲荷神社を越え、経ヶ岳へ。
ここからはさらに、足にくる道のりだ。
というか、とっくに富士山の五合目……メキシコシティ空港がある場所の高さも通過してる。足にくるのも納得かもしれない。
ちなみに、普通であれば酸素欠乏症になるかもしれない高さだけど、麓から少しずつ登ったおかげか、苦しくない。
「璃奈も成長したよな」
突然、前を歩く霧彦が言う。
「熊野古道では途中でバテてた璃奈が」
「う、ウッセー霧彦」
反射的に文句を返す。
でも事実なので恥ずかしくなり……熊野古道での反省を生かして、恥ずかしさを隠すためにも、その場で……吉田口登山道の森の中でもやったように、周囲の霊力を取り込む。
また立ち上がれるだけの力が、湧き上がる。
清雲高校で起きた事件の後じゃ、大自然に対して申し訳ない気持ちになるけど、代わりに大自然に感謝を捧げる。
同時に、これ以上……悪い連中にこの惑星を荒らさせたりしないから、と誓いを立てた。
※
日蓮大聖人ゆかりの地を越え、森林限界を越え。
別ルートと合流し、ついに山小屋が並ぶ七合目へ。
そこから、さらに急な階段や岩場や砂利道を進む。
けど途中で、体力が少ない者から登頂を棄権し、彼らに付き添う者も棄権し……予約をしていた山小屋に辿り着けたのは、アタシと霧彦だけだった。
※
寒い山小屋の中で、アタシは霧彦と寄り添って眠る。
ハタから聞くと卑猥な感じだけど……他の登山客も一緒に眠るためそういう場面は一切ない。
でも、意識はしちまう。
清雲高校での事件を経て、アタシらは心を通わせたから。
最初は戸惑ったけど、でも霧彦の目は真剣で。
その真剣さを、アタシは無視できず……アタシ達は付き合う事になった。
でも、霧彦はアタシのペースに合わせてくれて。
だからアタシ達は、まだ清い関係のままで……まぁいいけどさ。
でもよ……手を繋いだり、抱き締める以上の事が、時々はないと、さすがに……不安に、なるぞ?
※
翌日……というか、午前一時。
目を覚ますと、隣に霧彦はいなかった。
慌てて捜す。
そして外に出た時……見つけた。
近付いた瞬間、放っていた光を消した霧彦を。
清雲高校での事件を機に、至ってしまった彼を。
すると霧彦は、駆け付けたアタシに気付いたようで「カノアくんがバハマで、俺でさえ会うのを遠慮したい大悪魔と対決した」と告げた。
「そいつは、なんとか除霊できた……でも、気持ちの良い終わりじゃなかった」
「……霧彦」
その声からは、悔しい気持ちが滲み出てた。
できる事なら、すぐに駆け付けたいのだろう……同類として。
でもその気持ちを抑え、アタシの修行のために……霧彦は「大丈夫だ、璃奈」と笑顔で告げた。
「ビリーさんにその事を……一応、マイフォンで連絡したし……それに、せっかく起きた事だし。そろそろ御来光を見に行こうか」
※
そして話は、冒頭に戻る。
霧彦に助けられ、また前を向き……登山道をひたすら進む。
暗い道を、同じ場所――頂を目指す者達が装着したヘッドライトを頼りに進む。
カノアよりもアタシを選ばせた事に、ちょっと嬉しさと、罪悪感を。
そしてアタシを選ばせてしまうほど弱い自分に怒りを覚えつつも……アタシは前にひたすら進む。
せめて、アタシを選んだ事は無駄じゃないと……霧彦に思ってもらえるように。
空が少し明るくなった。
もうすぐ夜明けだ。御来光に間に合わない。
でも、まさにその時……アタシの目に、十合目の鳥居が飛び込んできた。
「ついに、頂上だ」
肩で息をしながら、霧彦は言う。
「璃奈、一緒に入ろう」
「……あ、ああ」
改めて、霧彦と並び立つ。
そして歩調を合わせ……一緒に、十合目の鳥居を通過した。
頂上にある、久須志神社の鳥居を。
と同時に、アタシは後ろを振り返る。
すると、ちょうどその時……太陽が顔を出し始めた。
夜明けだ。
アタシ達は……間に合ったんだ。
途中で、棄権したみんなには……悪いと思うけど。
でも、富士山頂から見えたその、新たなる夜明けは……心の中が、洗われて……今まで悩んでいた、いろいろな事が、消えるような……そんな、清らかなモノで。
そして同時に、アタシは、新たなる道を示してくれたカノアの事を思い出して。
心の中の汚いモノを、出すかのように。
そしてカノアへの感謝と、申し訳なさのせいで。
思わず、両目からたくさんの涙が出てきてしまって……せっかくの御来光が……よく、見えなくて。
「璃奈」
そんな時に、霧彦はまた話しかけて。
「俺は必ず、世界を救う」
御来光ではなく、左手で涙を拭うアタシを見ながら。
そして、アタシの右手を強く握り締めながら宣言する。
「またみんなで、この景色を見られるように。
でも、俺一人じゃ……もしかすると途中で、折れるかもしれない。
だからこれからも……卒業後は、もしかすると任務とかで、離れる事があるかもしれないけれど、それらを乗り越えたら…………俺と、ずっと一緒にいてほしい」
「ッッッッ!?!?!?////////////」
ちょ、おい待て……まさか…………ここでプロポーズか!?
思わず、涙が引っ込んでしまうほど、それは衝撃的な出来事だった。
途中、遠回し感があるから分かりづらいけど、御来光を背景にしながらという、ロマンチックなシチュエーションで言うくらいだ。おそらく、プロポーズだろう。
でもって世界はカノア曰く、まるで戦場のようにコロコロ状況が変わりつつあるらしいから……そんな、遠回し感がある言い方になるのも不自然じゃないワケで。
下手をしたら、アタシ達のどちらかが……先に死ぬ可能性も……あるワケで。
「…………わ、分かったよ」
だからアタシは……その事を踏まえて、答えた。
「お、お互い……生きている限り……ず、ずっ……ずっと一緒に……いてやるよ」
恥ずかし過ぎて、霧彦の顔を直視できず……思わず目が泳いだりしつつも。
そして、さっきまで御来光を見ていたからなのか……顔どころか、頭の中までも熱くて……うまく、言葉を選べなくて。それでも、なんとか返事を口にして……。
「ありがとう、璃奈」
そしてアタシは……霧彦に、久しぶりに抱き締められた。
さらに、顔が熱くなる。たぶん、太陽に負けないくらい……顔が赤くなっているかもしれない……けど、嫌じゃない。
霧彦は……カノアと同じく、その太陽みたいに温かいから。
たとえ、死が二人を分かつとも。
最後の瞬間まで、共に在らん事を此処に誓う――。