表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/24

その人は sideアンリ

アンリ視点です。ちょっと長めです。

初めて見た時、何故か視線を外すことが出来なかった。こみ上げてきた、今まで生きてきて感じたことのない、表現のしがたい感情をなんと言えば良いのか。陽の感情か陰の感情かの判断すら出来ない。頭に霞がかかった様な、知らないのに、知っている、ただ強い衝動であった事だけは覚えている。


そして次に、毎朝同じ通学電車でよく一緒になると認識し、変わった子だと思った。

顔立ちは整っている。清潔感はあるが髪も化粧も余計な手を入れていない素のままで派手さは無かった。

制服も極めて地味にかっちりと着こなし、あえて女の子らしさを強調していない。


彼女が中学入学したての一年生と知ってその清楚な少女らしさに納得した。

彼女が着ていたのは近隣の校則が厳しいと評判の中高一貫教育の女子校の制服だった。


それにしても一緒に居る彼女の同級生に比べても野暮ったい微妙なスカート丈(再会した後に知った校則『記載の膝が隠れる長さ』だそうだ)、きっちりと編み込んだ黒いゴムで留めた二つの分けの三つ編み、さらさらと下したぱっつり揃えられた前髪、年頃の洒落っ気らしきものが皆無だ。


だが、そう知ってから改めて見ると飾りたてるものが皆無なのに整った顔立ちとスラリとした細身が彼女をつい先日まで小学生だったとは見えないほど大人びて見せるのだと気がついた。

控えめにしていて目立たないのだが、逆にその年頃の少女たちの中での異質感が蓮の目には際立って見えた。


彼女を観察、分析するうちに、電車に乗るたびに同乗していないか確認してしまう程に蓮は彼女のことが気になった。


目に入る。気になる。探してしまう。目で追う。動悸がする。何だこれ。俺は変だ。これは恋なのか? だが、それだけではないのだ。彼女を見つけると、何か、どこか懐かしい気持ちが呼び起こされる。


日々の気持ちの変化から蓮が自分の恋心らしきものに気がつくまで半年だった。その後の半年は胸が軋む思いを抱えながら朱里を見つめ続けた。目が合ったのはたった一度だった。その時彼女の瞳はどんな感情も映さなかった。


そして3月、蓮は15歳の誕生日に姫君修行学園と王子学院のあるこの世界に存在していた。

アンリ・シャルパンティエという自分とは縁も紫もない別人として。金髪碧眼のまさに物語に出てくるような王子の姿で。


蓮が通っていたのは男子校だったが偏差値も高く近隣に女子校が多かったため、事あるごとに出会いの機会も多く、人気の生徒には近隣校にファンクラブが存在した。生徒会長で見目も良かった蓮は御多分に漏れず近隣各校にファンクラブがあった。

朱里の通う学校にもあったが当然彼女はそういったことに全く関心がなさそうだったので知らないだろう。


しかし、違う世界の王子学院の人気生徒の騒がれ具合は近隣女子校のファンクラブの比ではなかった。

隣の姫君たちのファンクラブの熱の入れようもだが、

世間に知れ渡る御伽噺の主役に選ばれた主役たちは、宛ら昔の銀幕のスターの如し扱いだ。


アンリに蓮としての意識が芽生えたとき既に次代のいばら姫の王子に選ばれることは内定していた。

それは世間からも認識されており、無駄に美しい容姿と相まってスター扱いされていたが、

煌びやかな世界に浮かれることも、突然の環境の変化に驚くことよりもなにより

一年蓮の心と捕らえた朱里が居ない喪失感が心を埋め尽くしていた。


だからこそ、それから二年近くが過ぎた頃に姫君修行学園に藤崎朱里の姿を認めた時、その原因は深く考えず、その現実にだけ目を向け、この世界に感謝した。


こっそり観察してみれば彼女は驚くほどに以前のままだった。

容姿も名前も言動も。自分は全く違う人物としてここに居るのにどういうことなのか。

どちらがイレギュラーなのか。

そもそもこの世界へ別の世界から途中参加すること事態、周囲への観察でイレギュラーだとは感じていた。


解明されない事項は多すぎたが、蓮にとって重要なのは朱里が今この世界に存在することだった。

そして自らを彼女の傍に置くこと。そのための手段は選ばない。使えるものは何を利用してもだ。


幸いにして次代のいばら姫はまだ候補者の選出段階であった。

自分の相手役いばら姫に選ばれることは即ち、将来自分の、アンリの伴侶になることを意味する。

どんな手を使ってでも朱里をいばら姫にする。アンリはそう決意して父である学院長の部屋を訪れた。


王子学院はこの世界の主だった王侯貴族の子息を預かる全寮制の学校である。

この学院のための国とも言える小さな王国ラグランの王が学院長を務める。

この世界は基本的には平和であり戦争を起こす国はなかったが、多くの高貴な子息を預かるこの小さな国は他国から絶対不可侵であった。

隣接する姫君修行学園もまた同様にそのためだけの小さな隣国シュリテンにあり高貴な姫君たちが通う。


校区境つまり国境に跨り建っている大きな劇場は全世界から様々な人が観劇に訪れる。

この観劇・観光産業と学費が小さな二国の外貨収入の多くを占める。


未来の国王や女王、王妃たちはここで世間にお披露目することになる。

そして主役に選ばれることはその伴侶が定められるのと同意だった。よって配役には政治が絡む。

学院、学園に入る前から配役が定められている高貴な者たちも居る。その王子や姫は必ず入学時に就任式を行う。


アンリの父シャルルはこの国の王であり学院長だ。

この国の王太子は必ず在学中にいばら姫の王子を務める。


三大人気演目である、白雪姫、シンデレラ姫、いばら姫のうちで任期が最も短い。

白雪姫は7年、シンデレラが2年半、いばら姫は1年と少しだ。


アンリは訪れた学院長室で宣言した。

「父上、姫君修行学園で次代のいばら姫の選考が進行中と伺っておりましたが、即刻中止願います」

「どうした?」

「学園に番が居るのです。その姫以外とは婚姻できません。悲劇がおきます」

「……分かった。その姫の名は?」

「藤崎朱里」


「各国の元首に通達の上、姫君修行学園の学園長に即刻伝え、本人に速やかに任命するよう依頼しておく」

「ありがとうございました」

「いや悲劇を事前に食い止められて良かった。2代続きでこの国の王子は運命をギリギリに掴んだな」父は笑った。


この世界には番という概念があり、生涯番に出会えない人も多いがその場合妥協して伴侶を選ぶことになる。

番同士がに出会うと磁力の様に強力に惹かれあい、互いを求め何者も引き裂くことは出来ない。

学院と学園から配役が選出される際、番が居る王子、姫が選ばれれば自動的に相手役も決まる。

生徒でないものが選出者の番の場合は自動的に入学の措置が取られる。


伴侶を選んだ後に番に出会ってしまった人間は悲劇である。離婚が禁忌であるこの世界では番を選択すれば社会的に抹殺される。

しかし出会ってしまったが最後他人の力でも当人同士の意思でも離れていることに耐えるのは不可能である。絶対的な理だ。


アンリは以前の世界で蓮として朱里を見つけたときに恋をし、再びここで見つけた時に更なる運命的なものを感じた。

だが、これは己の勝手な片恋であり自己満足の確率の方が高いということは理解していた。朱里は前もここでも自分を知らない。

朱里が一目で自分へ惹きつけられる可能性はゼロではないが自分たちの以前の世界に番という理は存在しない。


それでも、どんなことをしてでも朱里を自分の傍に、自分を朱里の傍に置きたかった。

朱里の入学の経緯が不明なのも都合が良かった。

自分の番だから天涯孤独であるのに姫君修行学園に入学の措置が取られたのだと捏造できる。



アンリの父と母は番だ。出会ったのは母が学園に入学した13、父が17の時だったそうだ。

父はいばら姫の王子就任間近、いばら姫は別の15歳の姫に内定していた。

今回よりももっとギリギリの事態だった。いばら姫は15で就任となるが王子の歳は指定がない。


父と母は出会い番だと互いに認識しその事実を祖父に伝え

就任間近だったいばら姫の王子は別の王子が務める事になった。


その次の代のいばら姫に15歳になった母が就任し父は王子役となり二人は無事婚約を果たした。

母は父と婚姻するに相応しい身分の姫君であったが、番はそのように常に都合が良いものでもない。

番であるということは、曲げようがない理なので、身分すらも凌駕する。

王子の番が物乞い娘であったとしても、出会ってしまえば引き裂くことは出来ない。

身分の法則を捻じ曲げてでも共に生きることになる。


それほど強い理を自らが体験している父が否定するはずがないという確信があった。

それゆえ、朱里の容姿は母と違い、全くいばら姫向きではなかったが、そこは問題にならないであろうとも思っていた。

しかし事情を知らない他の王子や姫から朱里が糾弾されたり否定されるであろう事は予測できた。

アンリはそれに備えることを怠らなかった。


朱里がいばら姫に決まり自分の伴侶となれば、この訳のわからない世界で生きることもそのためだったと納得できる。


もしも元の世界へ戻れた時にはこの記憶を頼りに朱里の傍に再び立てる様に働きかけることができる。

まるで蓮と朱里を出会わせるためのお膳立てのように思え、有頂天だった。


そして自分が好きな女を前に素直になれない性格だなどとは朱里を目の前にするまで全く気がつかなかった。

その性格ゆえに朱里に凄まじく執着し好いているということは本人には全く伝わっていなかった。

毎夜寝るまでの間、朱里が語る日本での女子校生活を懐かしい気持ちで聞き朱里への想いを募らせた。


しかし朱里はそれを純粋なる好奇心だと認識していた。

そのためアンリ王子が美しい顔に幸せそうな微笑を浮かべるのを見て満足したのだと思うと

アラビアンナイト的に「続きはまた明日」と告げるのだった。


他の者が周りに居る時は牽制と自慢したい気持ちで朱里への恋心を駄々漏れに撒き散らし、それを恥ずかしいと思う気持ちすら

持ち合わせないアンリだったが、二人きりになると途端に素直になれない自分に戻ってしまい、一挙手一投足がぎこちなくギクシャクしてしまう。

物言いもどことなくぶっきらぼうになり時には意地の悪い言葉を投げかけてしまう。


2年前までの日本での学校行事の交流で出会ったり、こちらの世界でも自分のファンだという女子生徒相手にこんな事態になったことはなかったので

朱里がいかに自分にとって特別であるかということを思い知る。


いままで自分がモテるのだと思っていたけれど、どうも思わない女にモテても何の意味もないし肝心な朱里の心をつかめないのでは本当にヘタレでしかない。他の男に目を付けられる前にさっさと許婚にしたまでは良いがそこから進展なしの状態に痺れを切らしていた。


一ヶ月で手を出す宣言したものの朱里にドン引きされこれ以上嫌われたくなくて強く出られなくなった。

心の底から思っている通りに優しく甘い言葉を囁くことは出来ても朱里は演技だと信じ込んでいる。

かといって素直になれない状態で朱里への思いを語ろうとすると思っても居ないことを口走ってしまい、どんどん誤解が広がる。


お役目の就任式劇でキスシーンがある。

公衆の面前で朱里が自分のものであると、自分が朱里のものと宣言できるのは嬉しいが、それより前に本当のキスがしたい。


正真正銘朱里と自分が番で出会った瞬間にお互いに強烈に惹かれあうなんて理だったら良かったのに。両親が羨ましい。

斯く言う自分だって朱里が好きだと気がつくまでに半年かかったのだ。よくよく考えてみればもっと前から好きだったが、

人を好きになったのが始めてでそれがそうとなかなか気付けなかった。


朱里はアンリを認識してまだ数日。無茶を言っているのは百も承知だ。幸い朱里は恋をしたことがないと言っていた。

朱里がアンリと恋に落ちるように。自分の本当の気持ちを正しく朱里に伝えなくてはならない。これが現状の使命だ。

焦りは禁物だ。朱里の一番近くに居て最も有利で他の誰をも近づけない権利まで持っているのだから。


電車で朱里を探し見つめ恋焦がれて何も出来なかった時とは違う。絶対に逃がさない。

決意したアンリはその夜切り出した。


「朱里、今夜は就任劇のための予行演習をしよう」

「アンリはキスしたことある?」

少し顔を赤らめ伺うように首を傾ける朱里が見たことのない可愛さで、心臓が飛び跳ねた。

「ない」

「そっか一緒だね、良かった」

「え?」

「アンリ人気者だから一杯経験あるのかと思った」


「……好きな相手としかしたくない」

ぼそりとつぶやいた本音は朱里の耳には届かない。

「だって初めて会った日に一ヶ月しか待ってくれないって言うし。そういうの一杯してると思うじゃない」

「……それはもっと待つ。あの時はどうかしてたんだ。朱里が良いと言うまで待つよ」

「本当? 良かった」


朱里は安心した顔になり、まっすぐにアンリを見た。

「しかし、どんなに待っても婚約は待てないからな?」

「うー。お披露目が終わったら本当にすぐ婚約しなくちゃいけないの?」

「そうだ。それから約1年後に婚姻だ」


「16歳で結婚か。私の人生設計狂いすぎだよ」

「朱里の人生設計聞きたいな」

「そう? では今夜のお話はそれにしましょうか」

「いいね。でもその前に……」

アンリはベッドから起き上がり少し離れたところまで歩いた。


『私は怖くない。美しいいばら姫に会いに行く』

普段より良く通る発声で、そう言って朱里が横たわるベッドへ歩を進め、その脇に立ってから跪き朱里の手を握った。


そして口付けようとして寸前の所で止めた。間近だったアンリの気配が唇に触れぬまま遠ざかった事を感じた朱里は躊躇いがちにゆっくりと目を開け台詞を口にした。

『あなたでしたの、王子様』そして普段見せない気高い悠然したと頬笑みを見せ、続けた。

『ずいぶんお待ちしましたわ』


この後の二人の会話は自由に行われるとされている。

あらかじめ決めた内容の芝居でも構わないし、即興劇でも、真実二人の会話でも惚気でもなんでもいいのである。長いも短いも自由だ。

歴代のつわものの中には只管に思いのまま愛の言葉を囁き合った王子と姫も居るそうだ。


芝居の稽古はここまでと表情を緩めたアンリを見て朱里も芝居を終わらせた。

ベッドの縁に二人並んで腰掛け当日についての話を続けた。

「お決まりの台詞の後は、何を話しましょうかね」

「私は舞台で朱里に真実を話そうと思っている」


「いきなりぶつけ本番ですか? 突発的な出来事に弱いので出来れば事前に練習したいのですが……」

「観たものは作り話だと思うだろう」

「また人の話スルーですか」

「舞台の上の一度きりだからこそ、そこで話したい」


「わかりました」

「ありがとう」

「……キスするのかと思いました」頬を染めた朱里がつぶやいた。

「当日はするよ」

「……はい」朱里は俯く。


「でも私はいばら姫にでなく、今、朱里にキスしたい。しても、いい?」

弾かれたように俯いた朱里が顔を上げた。アンリの美しい顔は強張り、頬と耳が赤い。

そのまま無言でアンリを見つめていた朱里は真っ赤になり、こくりと首肯した。


「朱里、可愛い。私は朱里が好きだ」

朱里は瞳が零れ落ちそうなほど目を大きく見開いた。

そして赤い頬にアンリが右手を添えると朱里は目を閉じた。その唇は微かに震えていた。

「怖い?」アンリの問いに目を閉じたままの朱里はふるふると首を振る。


アンリの中に守りたいという暖かな気持ちとめちゃくちゃにしてしまいたいという嗜虐的な気持ちが

同時にせり上がり自分の強い感情に空恐ろしさを感じごくりと唾を飲み込んだ。その気配に朱里はびくりと震えた。

アンリは今にも叫びだしてしまいそうになる自分を抑え、掠める様に震える唇に一瞬だけ自分の唇で触れた。

頬から手を離すとゆっくりと開かれた瞳は潤んでいた。それを見て、また気持ちが振り子の様に強く揺れる。


自分を抑えるために歯を食いしばる。それから一つ深呼吸して朱里に語る。

「朱里、君が私を初めて見たのは学院長室だね」

朱里は口が利けなくなってしまったかのように無言で頷いた。

「私はそれよりもずっと前から朱里を知っていて恋焦がれて居た」

「……3ヶ月、前?」

「その話を就任劇の時にするから、その時に思ったことを教えて」

「……はい」


「さあ、朱里の人生設計を聞かなくては」

読んでくれてる人ががいるのでしょうか?

PVの見方がわからず、誰もよんでくれない小説を更新してるのかな?

と思いながらも更新してます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ