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なんだかんだ要は慣れです

さて、顔合わせの日から当然のごとくアンリの部屋のベッドで寝ることになった朱里は往生際悪く抵抗した。が、徒労に終わり、キングサイズを超える大きさのベッドの端と端に寝る事で妥協し、そして3日で慣れた。


アンリの外面と部屋での二面性にも慣れた。正確に言えば外面には鳥肌が立つので慣れていないかもしれない。


演劇とは観るものだった朱里にとって、自分が演技できるのだろうかという心配も、茨姫のお披露目台本は、あって無きが如しという事で気が楽になった。ある一点を除いて。


決意したように、アンリはその夜切り出した。

「朱里、今夜は就任劇のための予行演習をしよう」

「アンリはキスしたことある?」


そう、短い台本にはキスシーンがあるのだ。これはフリでは済まないのだろうか? 初めてのキスが演技で、というのはハードルが高い。


「ない」

「そっか一緒だね、良かった」

「え?」

「アンリ人気者だから一杯経験あるのかと思った」


「……」

ぼそりと何かつぶやいたアンリの声は朱里の耳まで届かなかった。


「だって初めて会った日に一ヶ月しか待ってくれないって言うし。そういうの一杯してると思うじゃない」

「……それはもっと待つ。あの時は俺どうかしてたんだ。朱里が良いと言うまで待つよ」

「本当? 良かった」

朱里はほっとして、まっすぐにアンリを見た。


「しかし、どんなに待っても婚約は待てないからな?」

「うー。お披露目が終わったら本当にすぐ婚約しなくちゃいけないの?」

「そうだ。それから約1年後に婚姻だ」

「16歳で結婚か。私の人生設計狂いすぎだよ」


「朱里の人生設計聞きたいな」部屋でのアンリが珍しく甘い声でつぶやく。

「そう? では今夜のお話はそれにしましょうか」

「いいね。でもその前に……」

アンリはベッドから起き上がり少し離れたところまで歩いた。


『私は怖くない。美しいいばら姫に会いに行く』

普段より良く通る発声でアンリはそう言った。朱里が横たわるベッドの脇まで歩を進める気配を感じる。立ち止まると衣擦れの後、朱里の手が握られた。

アンリは口付けようとして寸前の所で止めた。間近だったアンリの気配が唇に触れぬまま遠ざかった事を感じた朱里は

不思議に思いながらもゆっくりと目を開け台詞を口にした。

『あなたでしたの、王子様』そして頬笑み、続けた。

『ずいぶんお待ちしましたわ』


この後の二人の会話は自由に行われるとされている。

あらかじめ決めた内容の芝居でも構わないし、即興劇でも、真実二人の会話でも惚気でもなんでもいいのである。長いも短いも自由だ。

歴代のつわものの中には只管に思いのまま愛の言葉を囁き合った王子と姫も居るそうだ。


朱里は芝居の稽古はここまでと表情を緩めたアンリを見て自身も芝居を終わらせた。

ベッドの縁に二人並んで腰掛け当日についての話を続けた。

「お決まりの台詞の後は、何を話しましょうかね」

「私は舞台で朱里に真実を話そうと思っている」

「いきなりぶつけ本番ですか? 突発的な出来事に弱いので出来れば事前に練習したいのですが……」

「観たものは作り話だと思うだろう」

「また人の話スルーですか」

「舞台の上の一度きりだからこそ、そこで話したい」

「わかりました」

「ありがとう」


「……キスするのかと思いました」

「当日はするよ」

「……はい」朱里は俯く。


「でも私はいばら姫にでなく、今、朱里にキスしたい。しても、いい?」

俯いていた朱里が弾かれたように顔を上げた。アンリの美しい顔は強張り、頬と耳が赤い。

そのまま無言でアンリを見つめていた朱里は真っ赤になり、こくりと首肯した。


「朱里、可愛い。私は朱里が好きだ」

朱里は瞳が零れ落ちそうなほど目を大きく見開いた。

そして赤い頬にアンリが右手を添えると朱里は目を閉じた。その唇は微かに震えていた。


「怖い?」アンリの問いに目を閉じたままの朱里はふるふると首を振る。

アンリがごくりと唾を飲む音が聞こえた。その気配に朱里はびくりと震えた。

朱里の震える唇にアンリのそれが掠める様に一瞬だけ触れた。


頬から離れていくぬくもりにゆっくり目を開く。そこに映った人はやけに苦しそうな表情をしていた。


アンリは一つ深呼吸してから、表情を緩め、朱里に問いかけた。

「朱里、君が私を初めて見たのは学院長室だね」

朱里は無言で頷いた。

「私はそれよりもずっと前から朱里を知っていた。そして恋焦がれて居た」

「……3ヶ月、前?」

「その話を就任劇の時にするから、その時に思ったことを教えて」

「……はい」


「さあ、今宵は朱里の人生設計を聞かなくては」

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