貴方が『会いたい』と言ったんだ
ベンチに座ったままの悠に対し、アンリは斜め前に立ったまま、立ち去る朱里を見守っていた。
彼女の影が小指ほどに見える、おそらくこちらの声は聞こえないくらいに離れた頃、アンリは口火を切った。
「門倉は、従姉である朱里が好きで、俺から救いたくて、世界を渡ったのか?」
「あーちゃんが心配だったからに決まってます。方法は僕にもわからない。ずっと心配して、先輩とあーちゃんの事を調べていたら、気が付けばここにいた」
「勝手に付いてくるのは、呼び出すのに比べたら、罪が無いという訳か?」
「僕はあーちゃんの従弟だ。心配する立場にあっておかしくない。そもそも知り合いですらなかった会長と同列にしないでください。頭のネジが一本どころか、随分たくさん飛んでるんじゃないですか?」
「辛辣だね。まあ、確かに俺は色々おかしい。分かってる。アンリに同調していなければ、怨念となって、彼女を取り殺していたかも知れない。自覚すらなく」
「その分だと呼び寄せたことも、無意識と言う訳ですか」
「勿論。意識して出来る事だとしても、結果は同じだろうけどね」
「御目出度い頭ですね」
「朱里はあまり重く考えていなかった。だから俺もそれに乗っかる、つもりだった」
「責任逃れです」
「そうだね。でも彼女に重圧を与えたくない」
「どの口が、そんな事言えるんですか」
「……彼女を元に戻す方法はある。その時が来たら朱里に、その意思を問い希望通りにする。約束する」
「僕が信じると思いますか?」
「俺の言うことは、勿論信じられないだろう。だからお前に、彼女とお前を戻す方法を今、教えておく。『その時』になって俺がいよいよ頭がおかしくなって約束を違えたならば、お前自身が返還を実行すればいい」
「『その時』とは?」
「16歳の誕生日だ」
「僕たちが元の世界に帰ることって可能なんですか?」
「たぶんちょうど1年後、16歳になる時、扉は開く。自分の時に調べた。その日に強く願うだけで良い。それを忘れないように」
「でも、先輩は戻れないですよね?」
「ああ」
「だから、あーちゃんをこの世界に留めるつもり?」
「お前が現れるまでは、そうするつもりだった。でも、色々思い出して、朱里が帰りたい。と結論を出したら、返すよ」
「へー、随分と物分かりが良くなって、どういう風の吹き回しですか?」
「自分が、蓮が死ぬ瞬間、何故朱里に惹かれたか、思い出したんだ」
「その話は知りませんね」
「誰にも言ってないし、朱里も思い出していない」
「それをお聞かせくださるんですか?」
「本当は、勿体なくて、お前になんか話したくない。けれど、話さなければ、俺の気持ちは伝わらないから」
「思わせぶりですね。で、何故、あーちゃんには言わないんですか?」
「彼女が思い出さない事を説明しても意味がないから。でも、お前には俺の心情を説明する義務が、たぶんある」
「朱里と蓮には、その更なる前世に縁があった」
唐突な始まりに悠は驚きを隠せない。
「え? それが北条先輩があーちゃんに、一目惚れした原因なんですか?」
「理解力が良くて助かるよ。そう、俺、北条蓮が、朱里に一目惚れしたのは、その前世での縁が呼んだからだった。でも、蓮として死ぬ瞬間にそのことを、その存在を思い出した。だから、ただの初恋でなく、もう一度会いたいと思って生まれ変わったはずが、その相手と言葉も交わせず、死んでしまうのか、という未練、それが俺が朱里に執着した理由。でも朱里にその記憶は今のところない、だからもう、それで縛るのは本意ではない」
「絶対に逃さない。という執念なのかと、思っていたんですけど。僕があーちゃんを、連れて帰って良いんですね?」
「……良くは、ない。けれど、無理強いして、こちらに留めることも出来ない。蓮の前世も俺が先に死んだ。そして、彼女が『もういちど会いたい』と言ったんだ。俺が死んでなお。ずっと、彼女は泣き続けた。それを見て俺は、もう一度彼女に会わなければ、と思ったから生まれ変わったんだと思う。だから、その生まれ変わりの存在である、朱里に執着した」
「何それ、あーちゃんの前世が先輩の事好きだったってこと?」
「それも、微妙に違うんだ。だけど、この縁に巻き込んだ事は、申し訳なく思う。だから、朱里が帰りたいと言ったら、それを助けて欲しい」




