奇妙な三角関係
朱里はアンリの番の話を思い返して、悩んでいた。アンリが蓮を受け入れたように、自分がアンリの番を受け入れることができていたら、等しく、思いあうことができたのではないかと。過去には戻れないので、詮無きことと理解しつつ。
アンリは「蓮とアンリの別々の個別意思は存在しない」と言っていたが、朱里にはその感覚が理解できないのだ。
自分が好ましく思っているのは、この世界で知ったアンリであるのに、アンリが本来求めているのはその番であり、そんな自分に執着するのは蓮。ここには二人しかいないのに、全員が片思いの不毛な三角関係のようだ。
部屋に戻ってアンリと顔を合わせのが気まずくて、その時間を少しでも遅らせようと、裏庭のベンチで一人考え込んでいた。
そんな悩みはアンリ本人にも他人に話せる訳もなく、一人で抱えた気持ちの重さに気づいてしまうのは悠だった。
「あーちゃん!」
「はーちゃん! どうしてここに?」
「あーちゃんの居そうなところは、把握してるよ」
「そっか。すごいね、はーちゃん流石」
そのまま悠は、するりと、朱里の隣に座る。
「先輩のこと気になってる?」
「……私が、気になってるのって、アンリなのかなって。でも私を気にしてるのは蓮でしょ?」
「僕が『北条先輩に流されちゃ、ダメだよ』って言ったから考えてみたの?」
「そもそもの蓮のこと知らないから、結局こちらの世界でしか、話したことないし。連の気持ちが重いのに、少し好きかもって思ってるのはアンリなんじゃないか?って。激重な感情に対して、こんなふわっとした気持ちで良いのか、とか」
「でも、アンリと北条先輩ってあんまり変わらない感じだよ。見た目以外」
「そうなの?」
「外面と要領が良いけど、自分の興味のあること以外は、心底どうでもよさそうなとことか」
「外面がアンリで、意地悪なのが蓮なのかと思ってた」
「そう思ってたなら、あーちゃんが好きなのって外面じゃない北条先輩の方なんじゃないの? まーでも、たぶん違うよ。お披露目で北条会長だって知ってから、学院内で、潜伏しつつ調べてたけど、まんま」
「一緒に生徒会の仕事してた、はーちゃんが言うなら、そうなのかな」
「うん、だからアンリが好きなら、北条先輩が好きと同義なんじゃない? 顔が好きなら北条先輩にとっては複雑かもしれないけど」
「うーん。あのキラキラしい、西洋人フェイスは、ちょっと実は苦手なんだけどね。恐れ多くて」
「それはそれで、アンリとして複雑かもね」
「ねー、あーちゃん、この前は『元の世界に帰りたい』って言ってたよね、今はどう?」
「……わからない」
アンリの番を亡くした話を聞いたとき、この人を置いて元の世界に自分が帰ったら、彼には何が起こるのだろう。そう考えて、口からこぼれた言葉だった。
「蓮にアンリに、どうしてだか理由はわからないけれど、必要だって言われると、自分だけ帰ると、どうなるのか怖い」
「なんで北条会長があーちゃん見初めたのかは知らないけど。お披露目の通りなら単なるひとめぼれ? あーちゃん、やっぱり絆されてるね。ほとんど見ず知らずのストーカーに価値観の違う異世界へ呼びつけられてるのに、けなげに残っちゃうの?」
「私、前の世界で、普通に暮らしていて、不幸でなかったけれど、なんとなく、学校に通ってなんとなく生きてた。私が居なくなったら悲しむ両親だと思うけど、でも、人への思い入れが自分自身希薄だった。受け身で、一番重いのがはーちゃんだった」
「うん。僕のあーちゃんへの執着は、北条先輩に負けないと思うよ」
「そうだね。従姉のために異世界まで、助けに来てくれちゃうくらだからね!」
「あー。……うん、まあそうだね。……自分の気持ちや意志があまり強くないと、強い気持ちに引っ張られるよ」
「うん。強すぎて、まさに、今、それで困ってる」
「連れてこられたのは自分の意志じゃないけそ、帰りたいか、決めるのは自分の意志だよ」
「そうだね、アンリの蓮のせいで残る。って決めるのは違うね」
「僕は、帰る手法を捜索中。そもそも帰れるのか、不明だからね。その間、一杯考えて」
「うん。ありがとう」
「帰れなくても、この世界で、逃げる方法はあるからね。じゃあ」
去り際に悠がつぶやいた言葉は、朱里の耳には届かなかった。
「僕は、三角関係にすら入れてもらえないか……」