何故この世界に自分が居るのか? sideアンリ
再度、アンリです。
どうして、呑気に運命的な出会いだったんだと、
世間で脚色された『当代いばら姫と王子』の物語通りに進んでいるだなんて、思っていたのか。
アンリとして蓮とは異なった姿かたちで、この世界に意識が現れた事をそう深くも考えずに。
同じ姿のままの朱里へ疑問も感じずに。
蓮であり、アンリである思考は、蓮があちらの世界に、もはや存在しないであろうことを、朱里に伝えるのを良しと考えなかった。
薄っすらとした推測ではあるが、朱里がこちらへ引き寄せられた原因が、自分にあると知られること、そもそもの蓮の執拗な片思いを知られることになる可能性が高かったから。
悠の出現により、曖昧だった記憶が少し蘇った。
思い出せないことも多いけれど、一つ、とても苦しい、はっきりしたアンリの記憶が蘇った。
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アンリにはそもそも番が居た。会ったことはなかったが、この世界に確かに番が存在するという感覚があった。番同士は出会った瞬間、互いにそうであると直感で分かるのだが、強固な絆の番同士は、出会う前から、その存在がこの世にある事を感じ取る。
物心ついた時から、アンリの番は北国と呼ばれる方位に、存在していた。
学院に入学してからも、隣の学園に存在を感じることはなかった。
北方から常に感じ取れる、自分の半身の存在に業を煮やし、アンリは夏の長期休暇に、北へ旅しようと決意していた。その矢先、第三学年の初夏に、番の気配が、火花のような強い意識を、一瞬伝えた後に、ぷつりと途絶えたのだ。
アンリは、この世界各国のものを取り揃えている学院の図書室で、北方関連の日刊の印刷物を、余すところ無く調べた。番が高貴な人物とは限らないと考え、どんな些細な情報も逃すまいという意気込みで読み始めたものの、あっさりと北の小国の12歳の第3皇女が、番の気配の消えた日に、突然死したという事実を知る。
その皇女の訃報の姿写しを見たアンリは、かの姫が自分の番であったと確信し、絶望した。
出会ってすら居ないのに、その気配を感じるだけで、あんなにも強く惹きつけられ、幸せを感じる存在を無くし、もう一生得ることは出来ないのだという事実に、打ちのめされた。
アンリがそれを知った日は、彼女の葬儀は既に執り行われた後だった。
亡骸に縋ることすら、出来なかった。自分が彼女の気配を、あれほどに強く感じていたのだから
、彼女もまた自分の存在を感じていただろう。果敢無くなる瞬間、彼女は何を思ったのだろう。
アンリは、番の存在を感じて居たこと、そしてそれを失ったことを誰にも告げなかった。
ただただ、当然ずっと『ある』と思って、そのうち出会うと確信していた存在を失ってしまったことで、自分の内は空虚感だけとなり、アンリは外側だけなんとか取り繕って生きていた。それ以降、色々な記憶が曖昧になり、機械的に日常生活を送っているだけの人生となった。
優等生として、学院長の息子として、この国の王子として相応しくあれと、完璧に取り繕った外壁で覆われた、その心の内を占める感情は『生きていても仕方が無い』だった。
アンリが15歳の誕生日を迎えたその日、強い想いが、突然自分の中に流れ込んできた。
『自分自身を失いたくない』
『彼女の想いを自分のものにしたい』
『シニタクナイ』
番の気配を失った日、ここまでの具体的な思考は流れ込んでこなかったが、想いの色が強さが、途絶える直前の彼女に似ていた。そしてそれは、アンリ自身の色とも瓜二つの想いだった。
『失いたくない』そう同調した瞬間、自分の中に『蓮』という人物の想いが融合された。
失った番の存在を内包したアンリと、朱里への強い想いだけで、生き延びたいと渇望する蓮は、彼らの想いをひっくるめ、渾然一体となった。
蓮は自分の肉体の消滅による、強く想う相手との別離を受け入れられず、強い思念だけがあわや怨念化する瀬戸際であった。それを自分と同じ日に生まれた、良く似た魂の色を持つ、全く異なる世界のアンリに同調し、融合されることで救済されたのだ。
だが、蓮の愛する少女はこの世界の人間ではなかった。
アンリに融合した蓮は、愛する存在を切望した。
そして二年後、その想いから彼女自身をこの世界に呼び寄せてしまった。
この世界で15歳の誕生日は、特別な意味がある。満15歳を以て成人とみなされるのだ。
蓮の融合したアンリは、蓮の愛する少女朱里を、初めてその碧い瞳に映したとき、息が止まりそうになった。番であった皇女とは、似ても似つかぬ容姿だが、アンリの心を逸らせる強い想いが、番の存在を感じていた時と、全く同じものだったのだ。
番は一対。片割れを失ったら、代りは存在しない。
だが、蓮と融合したことで、アンリは無くした番を、再び得られたのだと信じたかった。
蓮の執着心は、アンリの番への本能的な結びつきによる同調感と、濃度、色合いが相似形であったためだ。
その一方で、蓮の記憶が、これは番なんてものではなく『ただの俺の執念だ』と告げていた。
アンリにとっては、朱里が番か、そうでないかは、もはや問題ではなかった。
朱里がこの世界に存在することが、アンリの『生きている意味』となったのだから。
今日の分ではないですが、悠の場面を書くのが楽しいので、脱線しそうです。