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隠れオタクの覚醒  作者: 雲花エマ
29/32

十五

 雨が降りそうな休日の曇天の朝、やっと進路の決まった勇一の部屋の机の上にある携帯電話が鳴った。

 勇一はのそのそとその電話に手を伸ばし、電話に出た。

「もしもし?」

 その声を聞いた電話の相手は一言だけ言った。

「今からデートしない?」

 その声は男の声だった――。

 駅に着いた勇一を待っていたのは電話の相手だった。

「あの~」

 勇一は電話の相手に訊いた。

「それ、何ですか?」

 男はニヤリと笑った。

「これはね、君にというか君達に一刻も早く見つけてもらえるようにだよ!」

「は?」

 意味不明だ。

 男は普通の一般人と何ら変わらない服装をしていた。

 勇一がすぐにこの男を見つけることができたのは『カモ~ン! 石田勇一くん達!』と黒マジックの太いので書かれたダンボールの切れ端を持ってこの男がここに立っていたからだ。

「それってどういう意味ですか?」

「こういう意味だよ」

 その男が指差したその先にはみゆきちゃん、香織、鈴木、渡辺がいた。

(何で?)

 勇一はどうしてこの場にみゆきちゃん達がいるのか分からなかった。

「『何で?』みたいな感じ? そうでしょ。何で? だよね。何でかって言うと僕がみゆきちゃんのお兄ちゃんだからだよ!」

「! お兄さん?」

「そうそう、君の彼女のお兄さんの坂本達也さかもとたつや、よろしくね! あっ、お兄さんでもお兄ちゃんでも兄貴でも呼び捨てにしなければ下の名前で呼んで構わないよ。何歳に見える? 正解は二十歳。誕生日は十一月二十三日でオー型のいて座ね。」

 さらっと言ってしまった! という表情のみゆきちゃんとどうして、友人達がここにいるのか未だに分からない勇一の顔と同じ顔をしている香織と鈴木と渡辺を見ると、達也は『カモ~ン! ……』と書かれているダンボールの切れ端の裏を出した。そこには、こう書かれていた。

『たつやと皆で行くイン! マルマル』それを見た瞬間、勇一達は逃げようと行動に移った。が、しかし、達也の必殺技『達也の目的人物だけに効くエエボイス』に阻止された。

「ダメだよ、逃げちゃ。未来の弟くん達」

(弟! ってか、何このエエボイス!)

 みゆきちゃんも知らない必殺技だったらしい。

 兄の凄まじい声に困惑している。

「ふぅ~、疲れるんだよね~。この声出すの。めちゃくちゃ集中するから」

(そんなことしてまで出す声か!)

 達也の目的人物達は一斉にそう思った。

「じゃあ、行こうか? 君達」

 達也はダンボールの切れ端を持って歩き出した。

 達也の目的人物達はまた、あの『エエボイス』に何か言われたら抵抗できないと思い、仕方なく達也の後をゾロゾロとついて行くことにした。

 そして、達也を先頭にとある場所に向かったのであった。

 そんな様子を物陰から見ていた男がいた。

「馬鹿か、あいつ」

 達也の必殺技から逃れられなかった哀れな未成年達に背を向け、彼もまたとある場所に向かったのであった。

 達也がとあるマンションの一室の前で足を止めた。

「はい、到着~! さて、ここで問題です。ジャジャン!」

 達也は『たつやと皆で行く……』のダンボールを手に言った。

「ここの『イン! マルマル場』に入る言葉は何でしょうか?」

 誰も何も言わない。

「う~ん、困ったにゃ~。じゃー、正解は……」

(もう、正解発表ー?)

 達也の目的人物達はその正解発表の早さに驚いた。

「正解は……『たつやと皆で行くイン! 仕事場』でした~」

 微妙に『エエボイス』が混ざった声で言われてしまった。

 ここで鈴木が勇気を出して質問した。

「あの~、ここどこですか?」

 達也はポケットから鍵を出し、ドアに鍵を指して開けながら言った。

「ん? 言ってなかったっけ? 僕のお家兼仕事場だよ」

 達也の目的人物達は『微妙なエエボイス』に負けて達也のお家兼仕事場に入ることになった。

「はい! 今日は皆さんにやってもらいたいことがあります」

 達也はお家兼仕事場に入るなり、達也の目的人物達に整理されているとは分かりにくい仕事机から束になった紙を渡した。

 勇一はそれを受け取ってはいけいない! と心のどこかで思ったが達也の必殺技を聞いてから受け取るのが嫌だった。というよりもこれ以上達也の『エエボイス』を聞くのが耐えられないというのが現状だった。

 仕方なく受け取ったそれを見つめる達也の目的人物達。

 妹のみゆきちゃんはこれから何が行われるのか分かったようだった。

「お兄ちゃん? もしかして、また……?」

 みゆきちゃんは兄の部屋を見回した。

「アシスタントの人は?」

「いやー、今日だけ何故か風邪がひどくなったとかって言って来ないんだよねー」

 達也はそう言いながら仕事机から自分のやるべき仕事を並べた。

「ま、そう言う訳だから消しゴムかけ手伝ってよ! それが嫌な人にはベタ塗りという仕事もあるよ!」

「『あるよ!』ってお兄ちゃん!……お友達に頼めばいいじゃない」

 みゆきちゃんは何とか達也がやらせようとしていることを断ろうと頑張ってみた。

「それがさー、『ちょっと用事があるから無理』って言って電話切っちゃったんだよねー」

「あのね……お兄ちゃん、今のお兄ちゃんは全然切羽詰まったようには見えないし、聞こえないからじゃないの?」

「そんなことないよ。こう見えても結構切羽詰まってるんだよ。今、ここにいる皆には大変、申し訳ないなって思ってるよ」

「全然、そんな風には見えないんだけど」

「そんなこと言ってももう無理だぞ! マジで時間がないんだよ、お前、俺と血を分けた兄妹だろ? なら、他人様に迷惑かけるよりも身内にかけた方が良いに決まってる! だろ?」

 達也の熱弁を聞くうちにみゆきちゃんはそうなのかも……と思うようになってしまった。

 でも、自分は本当に身内だから良いとして勇一達は違う。

 達也の言う『他人様』だ。

「お兄ちゃん、私は……嫌だけど良いけど、勇一くん達はお兄ちゃんの言う『他人様』なんだよ? お兄ちゃんとは全然関係ないんだよ。それなのに……」

「ノンノン、勇一くんはみゆきの彼氏」

「だから?」

 それ以上はあまり言いたくない気持ちがいっぱいだった。

「つまり、勇一くんは僕の弟になるんだ。もう、身内だろ?」

(何を言ってるんだ! この男はー!)

 達也の勝手な解釈が出来上がっていた。

 こういった現象は今に始まったことではない。

 だが、そんな未来の話が現実になる確証などどこにもない。

 はっきり言って勇一くんと自分に対しての迷惑発言にしかならない。

 みゆきちゃんは勇一を見た。

 勇一はそんな会話を聞いていなかった。

 達也から渡された紙を見つめていた。

(これは!)

 鈴木も渡辺も勇一と同時に思った。

(これはエトセオールの小泉大輝のローテーション喫茶の原稿ではないかー!)

「いやー、助かったよー。勇一くん達が快く引き受けてくれて」

「いやー、知りませんでした。みゆきちゃんのお兄さんがあの『小泉大輝こいずみだいき』だったなんて」

 結局、みゆきちゃんは兄の手伝いをすることになってしまった。

 それというのも男三人が『是非、やらせて下さい!』と言ったからだ。

 香織も仕方なく手伝うことにした。

 男三人は楽しそうだ。眼がキラキラ輝いている。

 人は本当に好きなものには積極的に動くものだ。

 みゆきちゃんは兄のために、香織はみゆきちゃんのためにやっている。

 決して、心からやりたい! と思ってやっている訳ではない。

 それが男三人と唯一、違う所だ。

(もう! お兄ちゃんはー!)

 みゆきちゃんは心の中で兄への悪態つきながらガシガシ頑張った。

 夜八時、達也の家には誰もいなかった。

 思っていたよりも早く仕事が片付いた。みゆきちゃんがとても頑張っていたからだろうか。

(ぷぷっ……あいつ、おもしれー)

 家のドアが開く音がした。

 誰かが達也のいる部屋に入って来る気配がした。

「勝手に入って来ちゃダメって教えてもらわなかった?」

「それはもうたくさん教えてもらった。お前、アシスタントの奴、どうした?」

 達也の前に現れたのは朝、物陰から勇一達の様子を見ていた男だった。

「……今日は特別休暇にして、自分に足りないものを探すようにと言ってみたけど?」

 その男はいつも繰り返される達也の遊びに知らずに付き合わされていたことに苦笑いした。

「お前、妹の彼氏がそんなに気になったのか?」

「別にー。親父が気になるとかって言ってたし、やっと進路が決まったって言ってたから、ちょっと疲れを取ってもらいに来てもらっただけだよ」

 達也の表情を読み取ろうとその男は達也の顔を見た。

 だが、達也の顔からは何も読み取れない。

「何で、お前のような人間があんなかわいい絵を描けるんだか、不思議だな」

「何、川崎かわさきさんもあんなかわいい絵描こうと頑張ってた?」

 達也は少し興味を示した。

「バカか、お前。俺はお前みたいなの描けないの知ってるだろ?」

「そうだよねー。村崎永遠は今やギャグマンガ一筋だもんねー」

「俺の話はどうでもいいんだ。アシスタントの奴、とっても考えてたぞ」

「あー、やっぱ? ちょっと言い過ぎちゃったかも。でもさ、ああいうこと言わないとこの部屋から出てくんないんだもん」

「たった一人のアシスタントをもっと大事にしたらどうだ?」

「はいはい」

 きっとこいつにはまた、俺の声が届いていないなと思いながらも夜が明けるまで一生懸命諭し続けた男、村崎永遠むらさきとわ

 本名、川崎陽太かわさきようた。達也の学生時代、漫画家となった今でも先輩である人物であった。

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