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ヤンキーちゃんと休日を過ごす 3

 水族館を出た俺たちは、バスで岬の(ふもと)まで移動した。

 昼食は何にするか全くのノープランであったが、バスの車窓から回転寿司のお店が見えてしまったのが運の()き。

 亜也加は降車(こうしゃ)ボタンを押して、俺の(すそ)を引っ張ってバスから降りた。


「ちょ、お前、まさか本当に寿司食う気なのか!?」


「なんだよ、悪い? なんか唐突にサーモン食いたくなったんだよ」


 絶対さっきの水族館の影響だろう。

 しかし寿司を満腹になるまで食べるとなると、どう考えても千円以上は間違いなくするわけで、俺は結構な量を食べるので、下手したら俺一人で二千円コースかもしれない。

 それは流石にかなり痛い出費である。


「……俺、マジで金足りるかな」


「大丈夫だって、万が一足りなかったら足りない分出してやるから」


 このセリフを聞く限りは俺より亜也加のほうが男っぽく感じられるが、実際に俺は金欠なことと、亜也加が食べたいならその気持ちは尊重すべきだろうと思ったので、亜也加の厚意(こうい)に甘えつつ寿司屋に入店した。

 聞き覚えのない回転寿司であったが、少なくとも地元の有名どころの回転寿司よりは安く、百円回転寿司よりは高いといった印象である。 

 とりあえず、入ってしまったものは仕方がない。

 今日は寿司を満喫するとしよう。


「とりあえず何食おうかな……おっ、マグロ回ってんじゃん」


 マグロを取ろうとした瞬間だった。


「べらぼうめい!!」


 何故か亜也加が江戸言葉で怒鳴ってきた。


「え、なんですか?」


「テメー、寿司は淡白な白身魚から食べるって相場が決まってんだよ。赤身から食うバカがどこにいるんだよ!!」


 ええ、亜也加ってそういうテーブルマナーというか、寿司のネタを食べる順番を気にするタイプだったのか。

 ていうか流石にそれは家族とかと回転寿司に行っても、誰も守っている人がいないような気がする。

 恐らく亜也加は筋金入りの寿司好きなのだろうが、まさかここまでとは。


「お、おう、そうなのか……じゃあヒラメから」


「当たり前だろ。油の乗ったネタを先に食べちゃうと、白身魚は風味が殺されちゃうからな。だから最初に味わうんだよ」


 亜也加ってこんなに多弁だったっけと思いつつ、亜也加と共にとったヒラメを口にする。

 確かに、淡白な味だからこそ、何の影響も受けていない最初に食べるヒラメは美味いと感じた。

 やはり亜也加はかなりの通なのかもしれない。

 そう思いながら、サバが回ってきたので手に取ろうとすると。


「べらぼうめい!!」


 また江戸言葉で怒鳴られた。


「今度はなんだよ」


「なんだよじゃねーんだよ、バカかテメーは!! そういう酢の乗った光物はマグロとか赤身の後で食わなきゃ、その後でマグロとか食っても味が半減だろ!!」


 どんだけこだわりが強いんだよと思いつつも、亜也加の言う事は一理あると思ったので、俺は素直にサバを取るのを諦め、その次に回ってきたマグロを取ることにした。

 亜也加に逆らって好き放題に食べたら、亜也加から拳骨(げんこつ)が飛んできそうだ。 


「そういえばお前、寿司は手で食うんだな」


 ふと亜也加の食事風景を見て、思った事を伝えた。

 亜也加は親指と人差し指と中指で寿司を摘まんで、ネタ側に醤油をつけてから口に(ふく)んでいた。


「あ? わりーかよ?」


「いや、悪くはないんだけど、ていうか俺は(はし)で食ってるけど、これについては何も言わないんだな」


 てっきり寿司は本来、手で食べるものだと今までの調子で怒られるのかと思ったが、亜也加は箸の有無(うむ)に関しては怒鳴ることはなかった。

 俺から質問を受けた亜也加は、サーモンを飲み込んでから喋り始める。


「それはどっちも正しいからな、そこは文句言うところじゃねーんだよ」


「そうなの?」


「綺麗に、美しく食べれてればどっちでもいいんだ」


「へえ、そうなんだ」


 なんだろう、普通に寿司食べに来ただけだよね。

 寿司ってこんなに難しい食べ物だったっけ。


「亜也加って随分と寿司に詳しいんだな」


「あ? まあ親父(おやじ)が板前だからな」


「まじかよ」


「まじだ、八百五十円からランチもやってるからテメーん()も食いに来いよな」


「宣伝かよ!?」


「当たり前だろ、客がこねーとアタシの小遣いも増えないんだよ」


「現金なヤツだ……」


 しかし、今まで謎に包まれていた亜也加の家庭環境が明らかになったな。

 家が寿司屋だったというのは意外だけど。


「てか、家が寿司屋なら寿司なんて珍しくないんじゃないのか?」


「ンなことねーよ。寿司屋だからって寿司食わねえし。てか滅多に食わねえよ」


 そうなのか、意外だ。

 まあ自動車販売店に務めているから車好きとは限らないし、駄菓子屋で働いているから毎日豆腐を食べるとは限らないだろうし、そういうことなんだろう。

 その証拠に、寿司を頬張る亜也加はどこか(しあわ)せそうだった。


「まあでも納得したよ」


「なにがだよ?」


「親が忙しいって言ってた理由。そりゃ、飲食店経営じゃ休日は休めないよな」


「だろ? だから家族でどっか行ったとか、そういう記憶はねーんだ」


「お母さんも忙しいのか?」


「離婚してロシアに帰った」


「えっ、そうなのか……悪い」


「別に謝んなくていい。浮気癖ひどくて親父から振ったらしいし」


 だから水族館にも行ったことがなかったのか。

 ようやく最初に言っていた言葉の意味が理解できた。


「ていうかお前、ハーフだったんだな」


「あ? そうだよ、なんか悪い?」


「何も悪いとか言ってないんだけどな、だから肌とか白いのか」


「……まあな」


 何か引っかかるような返答だったが、これ以上亜也加のプライベートに首を突っ込むような質問をしても失礼なので、俺はそれ以上を聞こうとはしなかった。


「お前は、お前の親はどういうヤツなんだよ」


 亜也加が他人に興味を示すだなんて、珍しいこともあるものだと思った。


「どういうって、父さんは普通の人だよ。仕事柄滅多に帰ってこないけど。母さんは若作りだよな、いい年して何世代も前のスポーツカー乗り回してるんだぜ?」


 だいたいうちの母親は仕事以外では、若作りの為にメイクやスポーツに(いそ)しむか、趣味の車を(いじ)っているかのどっちかである。

 そのクルマは独特な乾いたがする爆音のスポーツカーで、いい年して恥ずかしいのでそろそろやめて欲しいと息子の俺は思っている。

 しかし俺の親の話を、亜也加はどこか興味深そうに聞き入っていた。


「ふーん、なに乗ってんの?」


「え、なにって、俺はクルマとか詳しくないからな……RX7(アールエクッスセブン)だっけ?」


 そう答えると、亜也加は両手をついて身を乗り出してきた。


「FC!? FD!? まさかSAじゃないよな!?」


「な、なんだよ急に。知らねえよ、確かFCとか言ってたような……?」


 俺が生まれる前から乗っているらしいが、正直詳しい事は知らない。

 しかし車種を教えると、亜也加は顎に手を当てて考え込む様子で着席した。


「お前の母親、いい趣味してるな……」


 何故か亜也加は俺の母さんの趣味に感激している様子だった。


「もしかして車好きなのか?」


「まあな、単車(たんしゃ)は転がしてるから」


「……ちなみに免許は持ってるんですよね?」


「テメーはアタシを何だと思ってんだよ。去年ちゃんと取ってるから」


 亜也加は半ギレで財布から運転免許を取り出して見せてきた。

 盗んだバイクを無免許で乗り回すタイプなのかと思っていたので、これには流石に驚いた。

 俺の想像よりも意外とマトモな人間だった。


「ふーん、じゃあやっぱ十八歳になったら速攻で免許取るの?」


「当たり前だろ、アタシはS13のシルビアか180sx(ワンエイティ)に乗りたいんだ」


 やばい、どんなクルマなのかさっぱりわからない。


「お前はクルマ興味ないの?」


「ない、なんなら免許取る気もない、取っても多分身分証にしかならない」


「なんだよつまんねーヤツだな。ドライブデートとかしたくねーのかよ」


「別に。自転車漕ぐのさえ面倒くさいし、極力運転したいとは思わないね」


「いかにもな現代人だな、お前」


「お前も現代人だろうが」


 なんで亜也加が()ねているのかわからないが、まあ車好きと興味ない者の価値観は別物だと思うので、このあたりの価値に関しては亜也加とは相容(あいい)れないだろう。

 とはいえ趣味の話なので、別に否定するつもりはない。


「……そんなに気になるなら、今度うちの母さん紹介してやろうか?」


「はあ!? な、なんだよ、なんでアタシをテメーの親に紹介するんだよ!! まさか口説いてんのか!?」


 せっかく母さんのクルマを見せてやろうと思ったのに、何故か亜也加は顔を真っ赤にしながら憤慨(ふんがい)してきた。

 多分、というか間違いなく勘違いしている。


「今の話の流れでどうしてそうなる。クルマの話だよ、興味あるんだろ?」


「くっ、ナチュラルに口説いてくるんだよな……やっぱお前すけこましだな」


「いい加減その話から離れようね?」


 口説いているつもりは一切なかっただけに、流石にこれは心外(しんがい)すぎる。


「まあ別にわざわざ引き合わせる理由はないから、お前次第なんだけどね」


「……来週」


「はい?」


「来週、そのFC見せてくれるんなら見せて欲しいんだけど」


 やれやれ、やっと素直になったな。

 相変わらず頼み事をする時に目は合わせてくれないけど。


「まあ来週はうちの母さん、土曜は休みだったと思うから」


「わかった……あ、おい」


 亜也加はふと思い出したようにスマホを取り出し、ラインを(ひら)いてQRコードを表示した。


「……どうした?」


「どうしたじゃねーよ。見りゃわかるんだろーが、ライン教えろよ」


 そうか、そういえば我が家の場所を教えるにしても、口頭(こうとう)で説明するより位置情報を送ってあげたほうが早いのか。

 亜也加に自宅の住所が割れてしまうのか。

 まあ、別に悪用されたりはしないだろう。


「ほらよ、いま追加したから」


 亜也加のQRコードを読み取って、亜也加のアカウントを追加する。

 どんなアカウント名かと思えば、ひらがなで”いのくまあやか”というアカウント名だったので意外と可愛らしい。

 アイコンは自分の単車(たんしゃ)だろうか、よくわからないけどバイクだった。


「倉野遼祐……お前、そういう名前だったんだ」


「ちょっと待て、お前この前の河川敷の時、俺のフルネーム叫んでたよね?」


「ああ、悪い、なんか忘れてた」


「……ひどくね?」


 俺ってその程度の存在感だったのね。


「まあしょうがないからアンタの事は遼祐って呼んでやる」


「はいはい、好きに呼んでくれ……」


「……遼祐」


 俺の名前を呼んで、亜也加は無言で俺を見つめてきた。


「な、なんだよ?」


「なんでもねえよ」


 そう言って亜也加はホタテを手に取り、豪快に口に含んだ。


「遼祐、遼祐」


「な、なんだよ……」


「あ、赤くなった。お前でも照れることあるんだな」


「お前絶対遊んでるだろ」


 何がしたいんだか、その後も亜也加はたびたび俺の名前を呼んでは俺の反応をからかってきた。

 しかし俺をからかう亜也加の姿は、今までで一番楽しそうだった。

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