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ヤンキーちゃんと休日を過ごす 2

 時の流れというものは案外早いもので、あっという間に日曜日の朝を迎えた。

 ファッションセンスに(とぼ)しい俺は、とりあえず手持ちの中で一番マシであろう赤いニット、白い、黒いスラックスと、無難(ぶなん)な服装で待ち合わせ場所に向かう。

 考えてみたら、これってデートなのだろうか。

 そう思うと緊張するものはあるけど、相手はあの亜也加。

 多分、違う、そう思い込んだら恥をかくのは俺のほうだ。

 待ち合わせの十五分前には指定された場所に到着するが、既に白いモニュメントの前には亜也加の姿があった。

 スマホを弄っていた亜也加だったが、俺の存在に気付くとスマホをポケットにしまった。

 そんな亜也加に手を()げながら近づいた。


「よう、早かったな」


「そっちこそ、ちゃんと逃げずに来たことは褒めてあげる」


 何故か上から目線の亜也加は、灰色の(たけ)の長いパーカーに、デニムパンツというシンプルな服装だった。

 亜也加が制服以外でスカートを()く姿は想像できないため、ある意味予想通り。


「で、今日はどこに行くんだ?」


「とりあえず時間ねーし、急ぐから」


「あ、おい、ちょっと待て!!」


 一人でそそくさと歩き始める亜也加の後を追う。

 亜也加が向かったのはJR線の券売機で、何故かそこで隣町までの区間の乗車券を買わされ、電車に乗ることになった。

 昨日から行き先を教えてもらっていないため、本当に何処に向かっているのかそろそろ不安になってきた。

 片道六百円以上。

 高校生には痛い出費である。


「ねえ、そろそろ何処に行くか教えてくれる?」


「あ? 水族館に決まってんだろ」


 行き先をキレ気味に伝えられて、ようやく電車に乗った意味が理解できた。

 確かに隣町には大きな水族館があって、そこではトドなどの大型海獣が展示されていたり、イルカのショーが人気を(はく)していたりする。


「……なんで水族館?」


「あ? んなもん一人で行きにくいからに決まってんだろ」


「あ、はい……でも市内にも水族館ってなかったっけ?」


「あそこは規模が小さいだろ。アタシはイルカのショーが見たいんだよ」


「そうですか……」


 亜也加が水族館に行きたい理由を聞いて、妙に納得してしまう。

 確かに家族や友達、恋人など、複数人で行くイメージが強いので、水族館に一人で行くというのは勇気が必要だろう。

 どうみても亜也加に友達はいないだろうから、俺を利用したというわけか。

 特に会話をするというわけでもなく、電車は終着駅に到着。

 そこから水族館へはバスに乗り換え、このバス運賃も俺らが住む市内よりも初乗り運賃が高いため、何気に痛い出費であった。

 海沿いにある水族館に到着すると、亜也加の目が(かが)いて見えた。


「なんか、やけに嬉しそうだな」


「仕方ねーだろ、来たの初めてなんだよ」


「マジで? 家族で来たこともないのか?」


「うち親忙しいし、殆ど家にいないから……そんなこと聞いてどうすんの?」


「いや、ただ気になっただけだよ」


 ひょっとして亜也加は、俺が想像している以上に寂しい人生を送ってきたんじゃないのだろうか。

 そう思うと亜也加が妙に張り切っている理由も(うなず)ける。

 受付でチケットを購入すると、屋内展示から既にたくさんの魚が見えた。

 巨大な水槽の中を悠々と泳ぐ、この地域に生息する魚類(ぎょるい)たちの姿は、小学生の頃以来、久しぶりに見るとなかなか迫力があった。

 その中には(さけ)など、普段スーパーに陳列している馴染み深い魚もいた。


「……美味(うま)そうだな」


 亜也加は水槽内を泳いでいる鮭を興味深そうに見ながら、一言呟いた。


「おい、お前から殺気感じたのか鮭逃げたぞ」


「あ? だって鮭だぞ? サーモンだぞ? 後で寿司食いに行かね?」


「そんな金ねーよ……いや、気持ちはわからんでもないけど、もうちょっとオブラートに(つつ)もうな」


 それから屋内展示を回るが、ホッケやサバが泳いでいるのを見るたびに。


「……ウミトンか、根室花咲か、どこ行くか迷うな」


 何をしに水族館に来たのか、亜也加は普段スーパーで陳列しているような馴染み深い魚たちを、捕食者のように()えた目で追っていた。

 有名な寿司屋の名前をいくつも口にしているあたり、こいつ寿司好きなのか。


「お前なぁ、水族館はスーパーじゃないんだぞ?」


「あ? テメーまさか水族館で美味そう言う人にケチつけるタイプの人間かよ?」


「いや、そういうわけじゃ……」


「いいんだよ。テメー青森の水族館の解説文ネットで見た事ねーのかよ。展示されてる魚が美味そうに見えるのはよ、健康に飼育されている証拠なんだよ。飼育員にとっちゃ誉め言葉なんだよ。テメーだって魚食うだろ、あ?」


 なんで俺、亜也加からこんな真面目に説教を受けているんだろう。

 言いたいことはわかる、わかるけど、流石に怒られる理由が理不尽すぎる。


「そういえわけで一通り見たら昼飯は寿司だからな」


「ホントに寿司屋行くのかよ!?」


「大丈夫だって、金が足りなかったら出してやるからよ」


「そのお金の出どころ、前に聞いた不健全な出どころっすよね」


「なんか文句あんのかよ?」


「いや、もう好きにしてくれ……」


 せっかく水族館に来てご満悦な亜也加の気分を、俺が口を挟んで(そこ)ねてしまうのは面倒くさい事態を(まね)きかねない。

 不健全といっても、喧嘩した不良から巻き上げた金だというし、別に一般人から巻き上げた金じゃないなら別にいいかと、俺はもはや諦めていた。

 屋内展示を一通り見た後、イルカのショーの整理券を(もら)い、俺と亜也加は最前列でイルカのショーを見ることにした。

 ていうか、亜也加が最前列でショーを見たがったのだ。

 目の前には水飛沫(みずしぶき)が飛んでくる事がありますという警告文があった。


「おい、これ、ここにいたら濡れるんじゃないのか?」


「なにいってんだよ、水かかるくらい間近なほうが迫力あるじゃん」


 まあ、それもそうか。

 特に透けるような服は着ていないので、ラッキースケベ的な展開はなさそうだ。

 ていうか、確実にないな。

 そう思うと俺は心の中で舌打ちをした。

 エロい展開は無いのかよ。


「みなさん、こんにちはー!!」


 飼育員の元気な挨拶により、イルカのショーが始まった。

 飼育員の合図に(したが)い、イルカたちは泳いだり、芸を見せたり、愛嬌(あいきょう)ある姿を観客たちに披露し、観客席はイルカたちが動くたびに()き上がった。

 一頭(いっとう)のイルカがジャンプしながら水中に(もぐ)ると、俺たちの目の前で飛び出してきて、空中で何回転から回りながら水中に飛び込んだ。

 水飛沫が結構な勢いで顔面にかかる。


「冷たっ、結構飛んでくるんだな……」


 呟きながら亜也加のほうを見ると、亜也加は笑顔でショーを楽しんでいた。

 元々吊り上がった目なのだろうが、それでも普段仏頂面な亜也加からは想像ができないほど、眩しいくらいの笑顔だった。

 初めて見る亜也加の笑顔。

 そんな亜也加の横顔に吸い込まれるように、俺は亜也加を凝視(ぎょうし)した。

 だけどショーに夢中な亜也加は俺の視線には気づかなかった。

 ふと我に返って亜也加から目を逸らし、プールのほうへ目を向けた。


「なんだ、お前笑えるんじゃん」


 飼育員の声、イルカたちが泳ぐ物音、観客たちの声。

 大きな環境音の中で、亜也加には聞き取れない程度の声量で()り言をつぶやく。

 やがて二十分に及ぶイルカのショーが終わり、飼育員たちが深くお辞儀をした。


「終わったぁ、ほらアンタ外行くよ……どうした?」


 亜也加の顔を見続けていると、亜也加は怪訝(けげん)そうな表情で聞いてきた。


「いや、いいものを見せてもらったなと思って」


「ああ、イルカか。まぁ、こんなもんなんだなーって感じだな」


 腕を組みながら語る亜也加は、顔は笑っていないが満足そうな雰囲気であった。

 あれだけ笑っていたんだから、実際のところは大満足なのだろう。

 外にはトドなどの大型海獣が展示されていて、有料で(えさ)を購入してトドにあげることができる。

 他のお客さんがトドに餌をあげている様子を、亜也加はじっと見つめていた。


「亜也加も餌あげてくればいいじゃん」


 そう言うと亜也加はビクッとしながら、俺を睨んできた。

 少し顔が赤くなっているような気がした。


「せっかく念願の水族館に来たんだから、楽しんでいけばいいだろ」


「……ん」


 亜也加は腕を組んで、俺を睨みながら顔をあげた。

 それは俺にも来いって言っているのか。


「……はいはい、俺もやるよ」


 亜也加に催促(さいそく)されて俺も餌を購入し、実際に海岸沿いの岩場(いわば)に作られたトドの展示エリアに移動する。

 野太い声を出しながら、トドはおねだりをしていた。

 亜也加は少し緊張して面持ちで、餌をトドに向かって投げつける。

 トドたちはその餌に(むら)がり、美味しそうに餌に食いついた。


「……っ」


 亜也加は興味津々と言った雰囲気で、餌を頬張(ほおば)るトドを観察していた。

 巨大な生物だが、確かに遠目に餌を食べている姿は可愛げがある。


「ほら、テメーも餌やれよ」


「はいはい」


 俺はお前の舎弟(しゃてい)かと言いたくなったが、亜也加に催促された俺もトドに向かって餌を投げつけた。

 それにしても今日は来てよかったかもしれない。

 今日来なければ、亜也加の笑顔なんか見ることはできなかっただろう。

 特に亜也加と何かを話したとか、そういうわけではないのだが、亜也加の笑顔が見られただけでも役得(やくとく)だと思った。

 そして同時に、学校でもその顔が出来れば、今までの恐れられているイメージを払拭(ふっしょく)できて、例えば田村とか楓なら亜也加とは仲良くやってくれるのではないかと思った。

 こうして上機嫌な亜也加を見ていると、尚更そう思う。

 普段か今みたいに笑っていればいいのに。

 そう思いながら、水族館の中を一通り回った。

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