ヤンキーちゃんに呼び出される 1
翌朝、白瀬と仲良くなる作戦を考えながら、電車に揺られていた。
「……りょーくん、何でニヤニヤしてるの?」
「そんなの、駅についたら白瀬に会えるからに決まってるじゃないか」
「昨日ので凝りてなかったの!? 流石のわたしでも引くわ……」
引かれて結構、俺は楓のことなど眼中にない。
全ては白瀬、あの子の笑顔を見たいがための行動なのである。
駅に到着した電車から降りて、ルンルンと小走りで跨線橋を渡って、改札付近で白瀬がいないか周囲を見渡した。
しかしいくら待っても白瀬の姿が見えない。
おかしい、いつも同じくらいの電車で来るはずだ。
結局上下線ともすべての乗客が降りて、ホームには誰もいなくなったが、白瀬とは出会うことがなかった。
珍しい事もあるものだ。
ひょっとして次の電車で来るのだろうか。
時間的には次の次くらいの電車までが学校に間に合うダイヤなので、二本の到着を待てば白瀬に会えるはず。
俺は学校側の出入り口の前にて、白瀬を待つことにした。
「えー、りょーくんあの子のこと待つの?」
「当たり前だろ。一日一回一白瀬、白瀬と話さないと一日が始まらないんだよ」
「もう、わたし先に学校行くからね?」
「どうぞお先に」
楓が不貞腐れた様子で学校へ向かったのを後目に、俺はひたすら出入口のほうを見ながら電車の到着を待った。
一本目、うちの生徒の姿は数多く見られたが、白瀬の姿はなかった。
そして運命の二本目。
この便になると流石にうちの生徒の数は減るが、それでも駅で降りた乗客の中にはうちの制服を着た男女がちらほら見受けられる。
だが、この中に白瀬の姿はなかった。
「……あれ、倉野じゃん、お前いつもより遅い便で来たの?」
田村に声をかけられたが、最早そんなことはどうでもいい気分だった。
「聞いてくれ、田村!! 白瀬が……白瀬が来ないんだよ!!」
「は? ……え、お前、もしかして白瀬の事待ってたの?」
そう聞いてくる田村は半目で眉をひくひくさせていた。
「当たり前だろ!! 白瀬の顔を見ないと一日が始まらないんだよ!!」
「凄いなお前、もうストーカーだろ、捕まるぞ?」
「捕まらないように将来は同じ苗字になる計画なんだ!!」
「すげえな、まだ付き合ってもいないのに結婚する計画まで立ててるのか」
「当たり前だろ!!」
「普通にキモいわ」
そう言いながら、田村は大きなため息を吐いていた。
「休んだか、お前より早い電車で来たかのどっちかじゃねーの?」
「そ、そうか。だったら白瀬の教室まで行けばいいんだな?」
「もうそんな時間ないだろ、お前ホントにバカだな」
善は急げ、俺は学校へ向かい、白瀬の教室を目指した。
確か白瀬は一年三組だったはず。
俺ほどの完璧主義者にもなれば、白瀬がどこのクラスなのかは既に調査済みだ。
「ホントに来るとは……もうあと五分でホームルーム始まるぞ?」
「白瀬は……白瀬は……い、いない?」
教室を見渡しても、白瀬の姿が見えない。
ということは白瀬は学校を休んだのか。
「あの、せんぱい、ここで何をしているんですか?」
諦めかけていたその時、天使が俺に声をかけてくれた。
「おお白瀬、今朝はお前を見なかったからお兄さんちょっと心配しちゃったよ!!」
「はあ、それは申し訳がないです。毎朝せんぱいがダル絡みをしてきてうるさいので、今日は意図的にせんぱいと登校時間をずらさせていただきました」
今日も表情の変化は全く見られない白瀬から言い放たれる、とても残酷な現実に俺の思考は完全にストップしてしまった。
そんな、白瀬が、俺を避けているだなんて……。
「おーい倉野……ダメだこりゃ、完全に固まってる」
「あの、もうホームルーム始まるので、私そろそろ席に戻りますから」
そう冷たく言って白瀬は教室に入ろうとする。
「…………。」
一瞬、振り返って呆然としている俺の姿を見てきたが、白瀬は何も言うことなく教室に入っていった。
今まで一番傷つく対応である。
もしかして俺、白瀬に嫌われているんだろうか。
しかし昨日は興味がないと言っていたので、嫌われているわけではないはず。
「うう、今日も可愛かったぜ白瀬。俺は……俺は諦めないからな!!」
「なんでもいいけどもう行くべ、遅刻扱いにされるぞ?」
田村に宥められ、泣く泣く教室へ向かった。
俺たちが教室に入るのと同時くらいに担任も入ってきたため、本当にギリギリの到着であった。
そういえば今朝は猪熊の姿を見ることはなかった。
今日はいつものことだが、アイツはサボりのようだ。
昼休みになり、母さんが作った弁当を机に広げると、俺の机の周りに自然といつもの二人が集まってきた。
前の席の人は昼休みになるといつも居なくなる事をいいことに、田村は昼休みの間はずっと前の席を占拠して、俺と昼飯を食うのが日常風景となっている。
さらに後ろの席の楓は、椅子を俺の机の横に持ってきて弁当を食べていた。
「ねえりょーくん、あの後って猪熊さんから何かされたりしなかった?」
弁当のウインナーを摘まもうとした瞬間、楓から猪熊のことを聞かれた。
「いや、別に、大した事はなかったけど……」
「その様子だとなんかあったらしいな」
「りょーくん大丈夫!? 怪我とかしてない!?」
「怪我は全くないよ」
怪我で思い出したけど、今日は猪熊は学校を休んでいる。
頭から出血していたが、アイツの怪我は大丈夫だったんだろうか。
「ま、まありょーくんなら大丈夫だよね。空手すっごく強いもんね」
「昨日は俺の空手でもどうしようもない相手だとか言ってなかったっけ?」
「ほら、株で大損する人がいるように、わたしだって間違う事はあるんですよ」
楓さん、そんなドヤ顔で言い訳しなくてもいいのに。
「まあこれで猪熊より倉野のほうが強いってことはわかったな」
「俺、何も言ってないんだけど……」
勝手に話を盛り上げられてしまっているが、事実だから否定のしようもない。
「にしても今日は猪熊のヤツ来ないな、お前派手にやっつけたんだな」
「だから俺は何もしてないって」
「またまたぁ~、豊陵最強の男がご謙遜なんかしちゃって」
楓が俺の背中をポンと叩きながら、すごいドヤ顔で煽ってくる。
「変な肩書つけるなよ、猪熊に聞かれたらどうするんだよ」
「だってアイツ今日は学校休んで━━」
田村が言いかけた瞬間、教室のドアが乱暴に開けられた。
嫌な予感がすると思ってドアの方を見ると、嫌な予感は的中してしまった。
「おい、猪熊だぜ?」
「重役出勤だな」
「見てよ、頭に包帯巻いるわ」
「やだぁー、喧嘩したのかしら?」
「怖いねえ」
ざわめくクラスメイト達。
猪熊は昨日の傷を保護するためか、額に包帯を巻いていた。
「りょーくん……流石にちょっと見損なったよ」
「お前なあ、いくら相手が猪熊でも、あそこまでやる必要はなかったんじゃ?」
「いやだから俺じゃないし、勝手に話を進めるな」
何故か二人から濡れ衣を着せられそうになってしまったため、全力で拒否しながら猪熊の動向を追うと、猪熊は俺のことを睨んできた。
ずかずかと足を進めて、俺に近づいてくる猪熊。
これには田村と楓も完全に怖気づいてしまい、クラスメイトたちは猪熊が俺に因縁をつけたとざわめき始めた。
やばい、面倒なことになりそうだ。
「おい、お前」
猪熊から声をかけられる。
とても威圧的な言い方と声のトーンで、穏やかな雰囲気ではない。
「な、なんでしょう?」
「放課後、ツラ貸せ。玄関で待ってるから、逃げたらブッ殺すから」
それだけ言って猪熊は自分の席に戻って、昨日と同様、両足を机の上に乗せるという行儀の悪い座り方をした。
「おいおいおいおい、昨日の猪熊がリターンマッチを挑んできてぞ!?」
「りょーくんやっぱり何かやったんだね……どうするの、殺されちゃうよ?」
「どうするって言われてもなあ……」
あの言い方だと、昨日のリベンジマッチを挑むつもりなのだろう。
しかし昨日の宣言通り、本当に挑んでくるとは。
この鼬ごっこは猪熊が納得のいく決着がつくまで、永遠に続きそうな気がするので頭痛がしてきた。
とにかく逃げたら逃げたで、あの狂暴な猪熊のことだ。万が一にでも楓や田村を狙われるのはまずいし、俺がいない時に二人を狙われたら流石に庇いきれない。
やっぱり、覚悟を決めて猪熊の挑戦を受けるべきか。
悶々としながら午後の授業をこなして、遂に約束の放課後が訪れる。
帰りのホームルームが終わると、猪熊は無言で立ち上がって、一瞬だけ俺の方を睨んでから教室を後にした。
あの目は絶対に逃げるな、というメッセージで間違いないだろう。
「お、おい倉野……本当に行くのか?」
「大丈夫? 先生呼んだ方がいい?」
「いや、二人は余計な事をしないで欲しい。俺一人で大丈夫だから」
この件に二人を巻き込むわけにはいかない。
心配そうな顔を浮かべている二人に手を出さないように指示をしてから、猪熊が待ち受ける玄関へと向かった。
階段を降りて二年一組の下駄箱があるエリアに移動すると、仁王立ちをした猪熊が俺を待っていた。
不用意に近寄らず、一定の間合いを保って俺も猪熊を見据える。
「よく逃げなかったな、とりあえず褒めてあげる」
「猪熊さん、いったい何の用? 昨日の続きならお断わりしたいんだけど……」
そう言うと、猪熊が腕を下ろして俺に向かって歩き始めた。
一応、いつでも攻撃を躱したり、防げるように身構える。
「……おい」
俺の間近で猪熊は歩みを止めて、俺のことを呼びながら睨んできた。
相変わらず目つきが悪い。
制空権内、手を出せば確実に届く距離。
突きか、蹴りか、頭突きか、あるいはそれ以外の技か、最大限に警戒する。
「お前……好きな柄とかあんのか?」
質問の意図が理解できなかった。
「テメー、人の話聞いてんのか?」
「……へ? あー、うん、聞いてるけど……えっと、どういうこと?」
「お前好きな柄とかあんのかって聞いてんだよ」
「が、柄?」
なんの話をされているのかさっぱりわからない。
「だ~か~ら、無地とかチェック柄とか水玉とか色々あるだろ!!」
中々意図を理解できない俺に痺れを切らしたのか、猪熊はイライラした様子で怒鳴ってきた。
「……え、もしかして模様の話してる?」
「最初からその話をしてるんだろ!! いいから好きな柄教えろよ!!」
なんか頬が赤い気がするけど、何故なんだ。
ていうか好きな柄って全く意味がわからないんだけど、ここは素直に答えたほうがいいのか。
「何が好きって、ダマスクとかは結構好きだけど?」
「お前、中二病かよ……」
好きな柄を聞かれたから答えたたけなのに、なんで呆れられているんだろう。
「まあいいけど、とりあえずついてこい」
「え? ついてこいって、どっか行くの?」
「いいから来やがれ!!」
猪熊は怒り気味にそう叫びながら、俺の手を強引に引っ張った。
「おい、ちょっと!?」
突然殴られるとか、そういう様子はないものの、猪熊に手を引かれて連行される俺はどこに連れて行かれるのだろうか。
正直、予想がつかない。