表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/18

ヤンキーちゃんをわからせる 3

「覚悟しろよ、倉野遼祐……!! おらぁぁぁぁーーっっ!!」


 猪熊が大声をあげながら突撃してくる。

 戦いは避けられないらしい。

 仕方ない、攻撃を適当に受け流してやり過ごしつつ、逃走の機会を(はか)るか。


「おらっ!! この!! 野郎!! テメー!!」


 猪熊は殴る、蹴る、掴みかかろうとするを繰り返すが、その全てを俺はフットワークだけで(かわ)しながら、どうしても()けようがない打撃は受け流した。


「いたっ……!?」


 受けるたび、猪熊は苦悶の表情を浮かべる。

 空手の受けは攻撃をも()ねるため、いくら手加減をしているとはいえ、鍛えた俺の受けは結構痛いはずである。

 それでも猪熊の攻撃は止まない。

 すごい勢いで殴打を繰り返すが、全て見えるし、避けられるし、避けられなくても全て受け流す事ができる。

 強いことは強い。

 多分、道場の女子と同等か、それ以上に力はあるかもしれない。

 でもやっぱり素人だ、動きに無駄が多い。

 それに、(りき)んでいることが打撃を(くも)らせている。

 ()しいと思いながら、猪熊の打撃を全て受け流した。


「はぁ、はぁ、はぁ……ふざけんな、なんで反撃してこねえんだよ!!」


 息を切らしながら、猪熊は怒った様子で大声をあげた。


「いや、だから俺、女の子に手を挙げる趣味ないんだって」


「アタシを女だからってナメてんのかよ……ふざけんなよオラ!!」


 怒りに任せての、猪熊にしては珍しいテレフォンパンチだった。

 それをあえて初日のように、平手で受け止める。


「ちっ、この野郎!!」


 もう片方の手で猪熊は殴ろうとしてきたが、それも平手で受け止めた。

 相撲でいうところ手四つの体勢となり、猪熊は必死に力を入れてくる。


「ぐぐぐっ……くそぉ!!」


 猪熊は歯を食いしばって、(くや)しそうに(あお)い瞳に涙を浮かべていた。


「無理だよ、力でも技でも勝てない。もうやめにしない?」


「ンだとコラ、アタシはまだ負けてねえんだよ!!」


 全く、どうすれば猪熊は諦めてくれるのだろうか。

 これ以上、不毛(ふもう)な争いをしたくないし、第一先ほどの喧嘩で随分と目立ってしまっているはずだから、警察とか学校の教師が来たら面倒くさい。

 そうだ、そもそも俺は喧嘩をしに来たわけじゃない。

 あくまで平和的に解決しようと、この場に来たんだ。

 だったら腕っぷしではなく、言葉で応戦するべきではないのか。

 幸い、猪熊は意地になって力比べに必死になっているので、会話を(こころ)みるならチャンスは今しかない。

 力を入れすぎて、ちょっと顔が赤くなってきた猪熊を、俺は一直線に見た。


「勝つとか負けるとか、そういう面倒な事は一度取り払わない?」


「なんだと? 何言ってんだテメーはよ」


「いや、そのままの意味だよ。別に俺、喧嘩したいわけじゃないし」


腑抜(ふぬけ)けた事いってんじゃねーよ、アタシをコケにしといてよ」


「俺がいつ猪熊さんをコケにした? どっちかっていうと君を助けようと……」


「うるせえ!! それが気に入らねーんだよ!! 助けなんかいらねーんだよ!!」


 めちゃくちゃプライド高いな、この子。

 それにしても間近で見ると意外と華奢(きゃしゃ)だし、可愛い顔をしている。

 体つきは白瀬や楓に比べたらちょっと貧相だけど、すらっとしていてこれはこれでプロポーションはいいのかもしれない。

 色白で、肌も綺麗で、それゆえに流血(りゅうけつ)がめちゃくちゃ気になる。


「なっ、ちょ、おい!!」


 猪熊から手を放して、俺は自分のポケットを(あさ)った。

 力比べをやめた俺に、猪熊はまた鋭い目つきで怒鳴ってくる。


「……ほら、これ」


 そう言いながら、俺はハンカチを差し出す。


「な、なんのつもりだよ?」


「いいから、まずはその頭の血を止血(しけつ)しようよ。これ、未使用だから」


 ハンカチは常に二枚常備していて、このハンカチは今日未使用のものだ。


「なっ、こんなのかすり傷だし、いらねーんだよこんなの」


「かすり傷なわけないだろ、木刀で殴られてるんだから」


「な、なんのつもりなんだよ!!」


「猪熊さんは可愛いんだから、もう少し自分を大事にしたほうがいいって話だよ」


「なっ、かわ……っっ」


 動揺した様子で、猪熊は後ずさりする。

 普段、恐れられている猪熊だから、可愛いとか言われ慣れていないはずだと思ったが、どうやら本当にその通りだったみたいだ。

 俺は後ずさりする猪熊に近づいて、ハンカチを頭に押し当てた。


「いたっっ」


 珍しく、というか初めて声が可愛いと思ったかもしれない。

 今の悲鳴は可愛かった。


「ほら、出血を抑えて、あとよく洗って消毒して、家帰って安静にしなよ」


 そう言うと、猪熊は今までとは正反対に、素直にハンカチを受け取った。


「……何のつもりだよ」


 受け取ったハンカチで頭の傷を押さえながら、むすっとした様子で聞いてきた。

 その顔を見て、ふと思った。

 猪熊が笑うと、どんな顔なんだろう。


「猪熊さん、いつも機嫌悪そうだよね」


「あ? それがなんだよ、テメーには関係ねえだろ」


「せっかく可愛い顔してるんだから、もっと笑ったほうがいいと思うんだよ」


「なっ、お、おまえ、もしかして口説(くど)いてんのか!?」


 ふと思った事を伝えたら、猪熊は顔を真っ赤にして後退りした。


「いや別に、口説いてるつもりはないよ」


「ウソつけ!! 口説いてないんだったら……け、喧嘩売ってんのか!?」


 どうしてそうなる……。

 慌ただしく俺を指差している猪熊を見て、自然と笑いがこぼれた。


「そうじゃなくて、猪熊さんも別にしたくて喧嘩してるわけじゃないでしょ?」


 もしかして本心を突かれたのか、猪熊は急に無言になった。


「俺だって喧嘩したくないし、しないにこしたことないじゃん。せっかく可愛い顔してるのに勿体(もったい)ないし、笑ってたほうがみんな受け入れてくれると思うぜ?」


 そう言うと猪熊は俯いて、わなわなと震え始めた。

 気のせいか、ピアスをつけた耳が赤くなっているような気がする。


「あーもう!! ホントなんなんだお前、さっきからヘンなことばっか言って!!」


 ようやく顔を見上げたと思ったら大声を出し始めるし、顔は真っ赤だった。


「おおお、覚えてろ!! 勝った気なってんじゃねーぞ、次はぜったいお前のこと倒すからな!!」


 猪熊は捨て台詞じみたことを言って、そそくさと俺の前から立ち去った。

 よくわからないけど、あまり猪熊を痛めつけることなく、退(しりぞ)いてもらうことに成功したようだ。

 だけど次もあるって言っていたよな。

 ということはコレしばらく続くんだろうか、勘弁して欲しい。


「あの猪熊を口説くなんて……テメー、実力といい、只者じゃねえな」


 背後から声が聞こえたと思ったら、伝華瑠斗の総長がまだその場にいた。

 そういえば帰った様子もなかったし、猪熊とのやりとりを見ていたのか。


「いや、口説いたつもりはないんですけど……」


「しかし強いな、アンタ。どうだ、オレの代わりに伝華瑠斗のアタマ張らんか?」


 伝華瑠斗の総長は先ほどまでの卑劣に満ちた()みではなく、すっきりとした顔で俺を勧誘してきた。


「お生憎様、俺は一般人なので、暴走族の総長なんて(つと)まりませんよ」


「そうか、(わり)ぃ話じゃねーと思うんだけどな」


「いえ、俺みたいなナヨナヨした外見のヤツより、貴方のほうがよっぽど迫力ありますから」


 そういうと伝華瑠斗の総長の口元が(ゆる)んだ。


「やれやれ、アンタの空手があれば()()()にも勝てそうなんだけどな」


「え、どういうことですか?」


 突然、神妙な面持ちを浮かべた伝華瑠斗の総長は、そのまま喋り続ける。


「この街は広い。色んなヤツがいるが、()()()は間違いなく最強の不良だろう」


「アイツって?」


「まあ、いるんだよ……メチャクチャなヤツがよ。亜也加も強いが、アイツに勝てるとは思えねえ。亜也加があのまま調子に乗り続けていたら、いずれはアイツとぶつかる。だからその前にオレらで潰しておこうと思ったんだがよ」


 ひょっとして、この総長は思っていたほどの悪人ではないのかもしれない。

 総長の言葉が猪熊の身を案じているように聞こえて、率直にそう思った。


「おっと、喋りすぎたな。まあアレだ、アンタ亜也加の仲間ならアイツを見張っといてくれや……おいテメーらいつまで寝てやがる!! 行くぞ!!」


 総長の怒号で、伸びていた伝華瑠斗の構成員が続々と目を覚ます。


「……あの、一つ聞いてもいいですか?」


 どうしても気になる事があったので、俺は総長を呼び止めた。


「なんだ?」


「猪熊さんとはどういう関係なんですか?」


「あ? 大した関係じゃねーよ、小中と同じだっただけの腐れ縁さ」


 それだけ言って、総長は他の構成員たちと共に河川敷から立ち去った。

 猪熊を見張っといて欲しい、確かに総長はそう言った。

 出来ることならこれ以上は関わり合いたくないのだが、どうしても総長の言っていたことが引っかかる。

 確かに世の中は広い。

 俺が道場の先生や諸先輩方に(かな)わないのと同様に、強い人間はそこらじゅうにゴロゴロ居ることだろう。

 そして総長の言うその強者とは、かなりえげつない人物なのだろう。

 そんな詳細不明な人物のことを気にしても仕方がないのだが、一応は頭の片隅(かたすみ)にでも総長の言葉を記憶しておくことにしよう。

 だけど猪熊を見張ると言っても、別に猪熊と友達ってわけでもないし、そこまでする義理もないよな。

 そんなことより白瀬とお近づきになりたい。

 俺は猪熊のことよりも、白瀬のことを考えながら帰路についた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ