序章 九話 「リクトとアノン」
一日の遅刻ですね。
申し訳ございません。
最近嬉しいこととうまくいかないことがありました。
凪白です。
前回のあらすじ
女の子に電話した。
あと、因縁の茶髪に遭遇した。
茶髪男と遭遇した日からちょうど一週間後。
僕は自室で、高校の制服に着替えていた。
椿宮高校の制服は男女ともにブレザー&カッターシャツ。
男子にはネクタイ、女子にはリボンがつくが、いろは学年ごとに違う。
僕らの学年は赤色で、一個下の後輩は緑、一個上の先輩は青だ。
そう、今日が二学期の始業式。
そして……例の噂が下火になるまでの、言い訳の日々が始まる。
早く終わるといいなあ……
そんなことを思いながら、僕は部屋を出て、マンションのエントランスに向かう。
そこにいた寺岡さんとリルに軽く頭を下げて、一ヶ月以上ぶりの学校への道を歩き出した。
やはりまだ残暑は厳しく、太陽は燦々と僕の首筋を焼く。
もともと色白で不健康そうな身体をしているので、少しは焼けたほうが良いのかもしれないけれど。
「おいっ!雪哉!」
しばらく歩いていると、後ろから思いっきり左肩を叩かれた。
一瞬考え、僕は右を向く。
「またつまんないイタズラを……」
「いーじゃんいーじゃん!」
手を伸ばして自分がいる側とは逆の肩を叩き、叩かれた人がその方向を向いえもそこには誰もいない。
などという小学生みたいなイタズラが夏休み明けのファーストコンタクトだったのは、僕のクラスメイトにして、数少ない……この学校では、たった一人の友人。
「……おはよう、陸翔」
「おう!おはよう雪哉!」
高嶺陸翔だ。
身長は180cm前後。
適度に筋肉が付いたたくましい身体つきで、顔には「これぞ爽やか系イケメン!」を体現したかのようなパーフェクトスマイルを浮かべている。
「焼けた」
「まあそりゃほぼ毎日部活だからなー」
サッカー部の陸翔は、生まれもっての才能と血の滲むような努力の合わせ技で、強豪校と言われるこの学校でキャプテン兼エースを務めるほどの実力を持つに至った。
「ギャラリー」
「あぁ、いたな。なんか知らないけど」
そしてこの男はサッカーに才能を全振りしたので、非常に鈍感なのである。
きっと自分がキャー陸翔様カッコいいー!とか本気で言われてるのにも気づいていないのでしょう。
僕とは違ってイケメンで社交性もあるんだから、彼女とか作ったら良いのに……あ。
「進展」
「ねねねねねねね、ねーよ!」
いや、どう見てもなんかあったよね?
この完璧イケメン君は、僕たちと同じクラスの女子に片想いナウなのだ。
夏休み前に花火大会に誘うとかなんとか言ってたのだが……。
うん、なんかあったっぽい。
それがプラスなのかマイナスなのかは、わからないけれど。
「そういえば、雪哉の方はどうなんだよ?」
「?」
「天原さん、助けたんだろ?」
どうやらこいつを締め上げる必要があるらしい。
要するに陸翔は、『女の子ナンパから助けたんだから恋愛的などうのこうのがあったんじゃねーのか』と聞きたいのだろう。
答えはもちろんNOである。
「Are you insane?」
「無駄に発音良いのやめてくれ。聞き取れん」
「I'm sorry, I forgot your listening score.」
「日本語だと単語なくせに英語だと饒舌だな」
「しゃらっぷ」
「いや一気に発音が死んだな!?」
などどいう馬鹿話をしている場合ではないっ!
「陸翔、天原さんに迷惑がかかる。あんまりそういうこと言わないで」
「お、おう、わかった」
この人はサッカー以外のことは人並みで、恋愛方面には異様に鈍感だが、おバカでは……ないことにしておこう。
だから、こういう言い方をすればしっかりわかってくれる。
「(というわけで)噂(を鎮めるために尽力していただきますよ)」
「うん、それはさすがにわからん」
なんでじゃ!?
◇ ◇ ◇
(美陽視点)
「あのーん、どうしよー……」
「どうしたの?美陽?」
場所は教室。
これから二学期が始まるというのに、私はのっけから机に突っ伏していた。
幸先の悪いスタートだけども……これにはもちろん理由がある。
「氷雨くんが冷たい」
「なに、美陽、氷雨くんのこと気にしてるの?」
「そういう……その、恋愛的な意味じゃないんだけどね」
私は、数少ない気安く話すことができる友人である海野藍音にそんなことを相談していた。
藍音は、その可愛らしい名前とは裏腹に、ばっさりと物を言える、眼鏡が似合う知的美人なのだ。
私には大人っぽさが欠片もないので、藍音が羨ましい。
「どうしたの?」
「ナンパから助けてくれたし、折角それで接点できたのに、なんだか距離をおかれてる気がして……」
そんな頼れる藍音に、私はそう相談する。
私は料理以外の家事は女中さんがやってくれていたこともあって、あまり出来ない。
なので、一人暮らしをはじめてからは、家事をしに来てもらって見学をしていた。
しかしそれも今日で終わりなので、家に帰っても誰もいない。
それがなんだか寂しくて……ということだと思う。
「まあ、氷雨くんだからねー。彼のことはよく知らないけど、今までの学校生活を見てると、あんまり人と関わりたがらないタイプだと思うし、彼は以前のままの関係が良いって思ってるんじゃない?」
「それは……そうなんだけど」
どうにも腑に落ちないのだ。
彼の人を遠ざけたがる一面と、お部屋にお邪魔したときの帰り際に見せたあの微笑みが、どうしても重ならない。
あの微笑みは、絶対に、愛想笑いなんかじゃなかったと思う。
言葉に出来ないこの違和感を、なんとか藍音に説明すると……
「……言いたいことは何となくわかった。私からちょっと探り入れてみるよ」
「ほ、ほんと?ありがとう!」
そう返してくれた。
顔が広く、多方面に顔が利く藍音なら、男子のネットワークも使って何とかしてくれるかもしれない。
完全に頼り切ってしまっているのは申し訳ないのだけれど……。
「あんまり大々的には調べない方がいいよね?」
「はい、それでお願いします。ほんとにありがとね」
私がなにかを言う前に気を利かせてくれた。
ほんとに良い友だちを持ったなあ……。
◇ ◇ ◇
『もしもし陸翔、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……今大丈夫?』
『おう、いいぜ、藍音』