序章 五話 「のんびりしたいのに」
夏季休業が休業してない凪白です。
じ、か、ん、が、な、い!
前話あらすじ
LI○Eカオス。
天原さんを悪質ナンパ男から助けた翌日。
僕は彼岸荘の一室で、一匹の猫とのんびりしていた。
「ほーら、リル。小魚だぞー」
「みゃー!」
畳敷きの部屋にうつ伏せに寝転がって上体を持ち上げた姿勢の僕は、その猫━━リルに、小魚をあげている。
リルは嬉しそうに、僕の手から小魚をとり、一生懸命食べている。
その姿が本当に可愛らしくて、僕は思わず微笑んでしまった。
このリルは、彼岸荘の大家である寺岡さんが拾ってきた、珍しい三毛の雄の捨て猫だ。
雨の日、急に電話で呼ばれたかと思えば、可愛いだろー、と自慢されたのも今では懐かしい。
当時はまだ子猫であったが、今はギリギリ子猫とは言えない程の大きさにまで成長している。
いずれにせよ、この可愛さはどれだけ成長しようと変わらないと思う。
そんなことを考えていると、僕は障子の向こうでなにやら扉の開く音と、微かな話し声を耳にした。
「お客さんかな……。そういえば、寺岡さん、『用事があるからリルのこと見といてくれ』って言ってたし……」
僕がいるこの部屋は、マンションの大家さんである寺岡さんの居住スペースの一室。
僕がここでリルと戯れていれば、お客さんとの会話を邪魔してしまうかもしれない。
そう考えた僕は、自分の部屋へとリルを抱えて移動することにした。
……にしても、お客さんは一体誰なのだろうか?
新規入居者が来るのは大抵春だし、周辺の方とのトラブルというのも、なんだか腑に落ちない。
「……まあ、いっか。僕には関係ないし」
そう呟くと、僕は、応接室とは反対側へと出ていった。
◇ ◇ ◇
場所は移り、彼岸荘、管理者区域の応接室。
そこでは、二人の男性が向かい合って何事かを話し合っていた。
「……と、いうことで、必要な書類の記入は完了ですね」
片方の、甚平を羽織った男性は置いてあった書類の束をトントンと机で揃えた。
「急な話で非常に申し訳ありませんでした。寺岡先生」
もう一方、明らかに会社員が着るようなものではない高級そうなスーツに身を包む男性は、オールバックに整えた頭を下げた。
「いえいえ、お気になさらず。しがない小説家でしかない私に頭を下げないでくださいよ。
なにより先生呼びなんて……」
寺岡先生と呼ばれた男性は、そう口にするが……。
「しがないとは……寺岡先生は、芥川賞まで受賞した天才作家と名高い、稀代の小説家ではありませんか」
スーツの男性にそう言われてしまう。
━━━━しかし。
「そう言われましても、そちらは日本を代表する巨大企業の社長ですしね……。
ねえ、天原氏」
◇ ◇ ◇
マンションの自分の部屋に、リルを抱えて戻った僕は、日曜恒例のお菓子作りを始めることにした。
今日作るのは、ラズベリーのタルト。
生地のほうは既に昨日、タルト台へと形は整えてあるので、あとは具と飴細工を載せるだけだ。
作る行程で、記念とのちのちの参考に色々な写真を撮っておく。
……飴細工、夏だからと思ってイルカにしたけど別にこんなに豪華じゃなくてもよかったかもしれない。
ともかく、イルカの飴細工を載せたラズベリータルトは、ものの一時間ほどで完成した。
ちなみに、リルは大人しくキッチンの前に座って待っていた。
しかし、時間は16:00と少し遅く、今食べると晩御飯に響くと思われるので、僕は食べるのは後に回すことにした。
そしてリルを膝の上に載せて座ったのは、リビングの隅に置かれたパソコンの前。
僕の趣味のひとつであるインターネットゲームをするためだ。
僕が最近プレイしているのは、『Verdens undergang』というMMORPG。
北欧神話を題材としているこのゲームは、その圧倒的なまでの作り込みと、ゲームとしての面白さで大ヒットしているゲームだ。
僕も数ヶ月前、何の気なしに初めてドはまりしてまった。
結構やりこんではいるので、一応最前線のトップクランのメンバーではある。
発売して一年程経っているもののどんどんアップデートされているし、最終目標もまだ全然、クリアされる気配もないため、プレイヤーたちは皆のめりこんでいる。
……自分で言うことじゃないけど、よく僕トップクランにいるよね。
数ヶ月間何してたんだろう。
そんなことを思いながらも、僕の指は平常運転でキーボードをたったか叩き続けている。
僕は、自分のキャラクターを、AGI(速度)特化のステ構成で、装備補正はATK(物理攻撃)に全振り、スキルもピーキーなものばかりというえげつないビルドにしている。
クランメンバーには大分引かれるビルドではある。
ネームは『スノー・ボルグ』だ。
僕が操作するスノーは、画面の中で巨大な機械の敵の全方位攻撃ミサイルを前進しながら回避する。
そのまま物理攻撃系のアクティブスキルを併用した、短剣での連撃で、機械の脳でもあるメインコンピュータが収められた部分━━弱点を攻撃する。
結果、僕はこのボス級の敵のHPを削り切ることができた。
……一応こいつ、パーティー×4とかで挑む敵らしいんだけどね。
やっぱりこいつみたいな特化型のキャラは嵌まれば強いなー、と思わされる。
クランのチャットのほうに討伐報告をして、基地の保管庫にドロップアイテムの一部を納品する。
僕が所属しているクランの良いところの一つが、このノルマの低さだ。
今の時期はともかく、普通に学校がある間は、他のクランではプレイ時間を取るために睡眠を削る必要もある。
今月のノルマを終えた僕は、ゲームからログアウトした。
こんどは、筋トレに移行する。
腕立て伏せでは、リルに背中にのって協力してもらうことで負荷を上げることができた。
リル良い子。
ほんと良い子。
「よーし、今日のノルマ終わりっと。」
僕はそう呟くと、冷蔵庫から麦茶の入ったポットを取り出し、コップに注ぐ。
ごくごくと飲み干すと、少しだけ火照った身体が冷えていく気がした。
ちょうどその時、筋トレの前にセットしておいたお風呂がわいたことを伝える電子音が鳴った。
「かんぺき。リル、お風呂入ろうか」
「みゃー!」
そうして僕は、リルと一緒にお風呂にはいることにした。
リルを洗うのは今回が初めてではない。
というか、しょっちゅう洗ってあげているとも言えるほどの頻度だ。
なので、僕の部屋のバスルームには猫用シャンプーが常備されていたりする。
わしゃわしゃと泡を立て、リルの身体を洗ってやると、リルは気持ち良さそうに目を細めた。
そういえば、よく猫は水が嫌いだと言うけれど、リルがお風呂に入るのを嫌がるのは見たことがない。
ちょっと不思議ではある。
リルを洗ったあと、僕は自分の身体を洗い、バスルームを出た。
タオルを使って自分とリルの身体をきれいに拭いていく。
あらかた拭き終わったところで、僕は服を着て、ドライヤーでリルの毛を乾かし始めた。
さすがに洗い立てで、三色の毛はさらさらだった。
「みゃー」
そうしてリルを乾かし終わり、こんどは自分の髪の毛を乾かそうとしたときだった。
ピーンポーン、と、僕の部屋のインターホンが鳴った。
「お客さん……誰だろ?」
濡れ髪のまま人前には出たくないが、お客さんを待たせるわけにもいかない。
そう判断した僕は、まっすぐ玄関へと向かい、「はーい」と言いながらドアを開けた。
「どちらさまです……か……へ?」
そこにいたのは、果たして━━━━
━━━テレビで何度か見たことがある、高級スーツに身を包んだ背の高い男性。
日本を代表する巨大企業、『天原重工』の社長だった。
「っ!?」
しかし、僕は更なる驚きに見舞われることになる。
それは即ち、社長の後ろに立っていた人物。
「あ、天原さん!?」