序章 三話 「“ど”がつくほどの陰キャです」
こんにちは。
書き貯めのストックが減るばかりだったことに気が付いた凪白です。
前回のあらすじ
美少女を家まで送ってくことになった。
優しい人。それが、雪哉への美陽の印象だった。
実は、今日初めて言葉を交わしたわけではない。会話とは言えないものではあったが、今までに数度、話したことがある。
初めて個人として認識したのは、一年生の五月のこと。雪哉自身は覚えていないが、二人は同じ図書委員だったのだ。
当時から他人を寄せ付けないような雰囲気があり、事務的な会話を単語で行うのみだった雪哉。
しかし、几帳面な性格が出て仕事は全て丁寧であり、また行動の一つ一つに他人への気遣いが見てとれることから、美陽は好感を持っていた。
もっとも、当時はクラスも違ったこともあり名前を知った程度で関係は終わっていたが。
そのまま学校行事などを経て美陽は人気者になっていき、対照的に雪哉は陰キャ道を極めていったため、距離は広がり(もともと距離は遠かったが)、美陽も雪哉のことを忘れていった。
そんな美陽が雪哉のことを思い出したのは、またもや図書室での、五月のことだ。
放課後に中間テスト前の勉強会を図書室で開催した美陽とその友人三名は、だんだん勉強から脱線して少々声が大きくなったため、雪哉に注意されたのである。
「あの、声」
「はぁ?声?」
「声が大きい。周囲の人に迷惑を掛けて評判を下げる前に、声量を下げるべき」
「なに偉そうに指図してんのよ」
「注意しないと僕も先生に注意されるから」
「それはアンタの都合でしょ」
「うん、でも、僕は“も”って言った」
「だからなんだって言うのよ」
「あなた方も少なからず叱責を受けるということ。図書委員の風見先生は色々と面倒だから静かにしておいたほうが賢いと思うけど」
「…分かったわよ」
以上がその時の、雪哉と友人の内の一人との会話である。
流石の雪哉も事前に言うべきことを用意していたため、単語ではなく文で会話できていた。
素っ気ないことにはかわりないが。
「ご、ごめんなさい!うるさくして!」
「声、大きい」
「はっ!」
焦った美陽が大きな声で謝罪してしまったのはご愛嬌である。
その後、割と頻繁に図書室で顔を見ているので、美陽は雪哉自身の想像よりも雪哉のことを知っていた。
「……さん、……はらさん、天原さん?」
「ふぁっ!」
物思いに耽っていた美陽は、雪哉が呼ぶ声に気づくのに時間がかかり、我に返ったときには顔が思ったより近くにあってびっくりする
「神沢駅に着いた。早く降りないと、帰れなくなる」
「あ!ごめんなさい!」
美陽は慌てて立ち上がると、雪哉の後を追って電車を降りた。そのまま改札を通って駅を出る。
「あれ、そういえば氷雨くんはどこに住んでるの?」
しばらく歩いたところで、ふと疑問に思った美陽が雪哉に質問を投げ掛ける。
「岩川駅から徒歩三分の、『彼岸荘』っていう名前のマンション」
「えーっと…一人暮らし?」
「うん。よく妹が来るけど」
「へぇー。妹さんがいるんだ」
「うん」
なぜだか無性に嬉しくなって、笑顔になる美陽。
いつも学校ではほとんど無口で話すときもほぼ単語だけ、という雪哉が、自分との会話ではしっかり文で話してくれているのが嬉しかったのかもしれない。
「私も大学には一人暮らしになるだろうし、今から練習として家から近いマンションに住もうかな、とは思ってるんだけどね」
「良いところが見つからない?」
「そうそう!セキュリティが微妙だったり、お風呂がなかったりして、私は良いんだけどお父さんが許してくれないの」
日頃から料理をしているため、自炊に関しては問題ないだろう、と言われている美陽だが、如何せん経験がないため、一度どこかで一人暮らしの実践訓練ができれば、とよく言われている。
しかし、計画がなかなか上手くいかないため、一人暮らしをしているという雪哉に相談することにした。
「なら彼岸荘は良いと思う。セキュリティしっかりしてるし、大家さんいい人だし。幾つかマンション持ってるから、好きなところ選べるよ。
もし今日電話して明日に急に行っても、来週には住めるようになると思う」
「え、ほんと?なら今日帰ったらお父さんに言ってみるね。それだったらお父さんもOKしてくれるかも」
「娘思いの良いお父さん」
「そうかな?」
「うん」
問題解決の目処がたち、美陽は自然と微笑を浮かべた。そうこうしているうちに、二人は少々大きな家が立ち並ぶ住宅街を歩いていた。
美陽は、その中でも特に大きな家、いやもはや屋敷とも言える建物の前で止まる。
「着いたよ」
「え…ここ、天原さんの家?」
「うん、そうだよ?」
守衛つきの立派な門。綺麗に整備された広大な庭園、そして、繊細な装飾が施された、とても大きな邸宅……
そう、美陽はいわゆる、『良いところのお嬢様』である。父親が割と大きな会社の社長をしており、かなりの資産を所有しているのだ。
「美陽お嬢様、お帰りなさいませ。そちらの男性は…?」
「ただいま、篠原さん。この人はクラスメイトの氷雨雪哉くん。ナンパされてた私を助けてくれたの」
「な、ナンパ、ですか!?すぐに旦那様をお呼びします!」
「あ、だ、大丈夫だから!お父さん仕事中だろうし、私はなんの問題もないし」
「左様で御座いますか…」
守衛の篠原という男が帰って来た美陽に声をかけ、雪哉について尋ねる。その間、雪哉はいつもの無表情で突っ立っていた。
「何はともあれ、ご無事で何よりです。氷雨様、お嬢様をお救いくださり、有難うございます」
「当然のことをしたまでですので」
人の良い笑みを浮かべてお礼を言う篠原に対しても、雪哉はやはり感情が読み取りにくい声音で謙遜する。
気を悪くした風もなく、篠原は美陽へと向き直った。
「お嬢様やお嬢様の恩人を立たせたままにするわけにもいきませんので、お屋敷のほうへどうぞ」
「客間に通せばいいかな?」
「ええ、女中の方には私から…」
などと、恩人である雪哉を歓待するための準備について話し出す美陽と篠原だが、そんな二人を遠巻きに見ている男子が一人。雪哉である。
(……これこのままだと夕食とかに招待されちゃう流れだよね?
一応予定とか聞かれるんだろうけど、さっき美陽さんに『この後予定はない』って言っちゃったから断りにくいし……。
このまま帰ろうかな)
などと思考した雪哉は、学校で鍛え上げた気配消しスキルを活用し、駅へと歩き出した。
それに気づかなかった二人は、準備を終えて振り返った先に雪哉がいないことに、大いに驚くことになる。
次回のー♪更新はー♪日曜日でーす♪
謎のハイテンション凪白でした。