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戦勇者

少し短めです。


 「クレア様!」


 「……う、メイドさん?」



 この前のカイトもこんな感じだったのだろうかと、治療室のベットの上で寝ていた私は呑気な事を考えていた。

 隣にいたのは王城でよく話していたメイドさん。王城での数少ない仲良しだ。

 

 (そういえば私、よくわかんない夢を見て──)


 刹那、あの夜の出来事がフラッシュバックする。

 ──こんなことしてる場合じゃない!


 「ねぇ! カイトはどうなったの!? あれから一体どれだけ時間が──くっ!」


 メイドに質問しようとベットから強引に起きようとしたら、体に激痛が走る。

 今まで感じたことがないほどの痛みだ。ドラゴン退治でもこれほどのものは食らっていない。


 「クレア様、今は安静してください! まだ1日もたっておりません、夜が明けただけですから傷が──」


 メイドに言われて体を見れば、確かにひどい有り様だ。所々包帯で巻かれていて、そのほとんどが血で染まっている。

 ただポーションみたいな回復道具や魔法は使ってくれたらしい。胸やそれ以外の箇所にあった大きな傷は無くなっている。


 (よく生きていられたわね私)


 怪我の深刻さから自分のしぶとさに驚きつつも、私の気になっている事は、カイト本人から彼への対応に変わっていった。


 「それで王様達は今何をしているの?」


 「……それは」


 「魔王になったカイトがすることなんて、言われなくても分かるわ。人類の征服や滅亡、世界を自分のものにするとか。とにかく私たち人間にとって最悪な事を起こそうとしてる。それを防ごうとするのは普通のことでしょ?」


 わざわざ説明するが、そんな事はメイドさんだって分かっているだろう。自分の言葉にメイドさんは驚きではなく、何か言いづらそうな顔で反応を示したんだから。

 そしてその理由も大体わかってる。


 「魔王討伐に私入れてないんでしょ」 


 「……はい」


 メイドさんは私の答えに少し遅れて答えた。


 そう指示したのは王様かしら。口ではいつも争ってるけど、城の中では誰でも分かるくらい私達は仲が良かったからね。

 私が親友を殺すのを防ぐ為にわざわざ外した、か……。


 「メイドさん、私行ってくるわ」


 「クレア様、一体!?」


 「討伐隊の編成は済んでるんでしょ? なら文句言ってくる。私だって、カイトにこれ以上人殺しなんてさせたくない……ッ」


 そう言ってまだベットから立ち上がろうとするが、激痛が走る。気合いでどうにかしようとしたが、これほど痛いとちょっと歩けそうにもない。

 

 (でも行かないと……! ここで入らなきゃ私は絶対後悔する!!)


 どうしても行きたい。心がそう強く思っても体がついていかない。

 だけどそこで、手を差し伸べてくれた人がいた。


 「………仕方ありません。その体では満足に動けないはずです。私もその頑固さに負けて、手を貸します」


 「え?」


 立ち上がろうとする事で精一杯な私に肩を貸してくれたのはメイドさんだった。

 メイドさんは傷を負っている自分に出来るだけ負担をかけないように工夫して肩を貸してくれる。正直とてもありがたい。


 「なんで? 王様の命令を無視することになるわよ」


 私を入れない指示を出したのは恐らく王様。

 そうなるとこの行動は、王様に対する反逆行為に入ってしまう。それだと決して軽くない罰を受けてしまうが。


 「私もカイト様に救われたんです」


 「……」


 不意に思い出したあの夢。

 カイトが言った僕も助けられたから人助けをしていきたいという言葉。


 「私は勇者様に植木を落としてしまいました。本当だったらそれで仕事のクビ、悪くて処刑だったんですが」


 落としたというのはおとといのことだ。私との一騎討ちをした後の夜に起きた出来事。

 勇者とは人類の救世主。だからその人に大怪我を負わせたという事は、故意のあるなし関係なく重罪になる。


 「勇者様がそれはやめてくれと王様やロイ大臣様にお願いしたお陰で厳重な罰は無しになりました。怪我をしたのは勇者様なのに、色々助けていただいたのは私の方で……」


 おとといの治療室で確か、私がでた後もロイ大臣様と二人で話し合っていた。その時に頼んだんだろう。


 「結局恩返しは無理でしたが、勇者様はクレア様を良く大切に思われていました。ならせめて、この恩をクレア様にお返ししようと……」


 メイドさんは恥ずかしそうにそう話した。


 あいつ、やっぱ色んなとこで人助けしてんのね。私の見えないところでも。

 メイドさんの話を聞いて、昨日の出来事はますますカイトの仕業じゃないと確信できるようになった。


 「ありがとうメイドさん。それで私を、王様がいるところに連れてってもらえる?」


 「ええ、もちろん」


 クレアからのお願いに、笑顔でメイドさんは返す。

 こうしてカイトに助けられたから二人は、治療室から出て行った。









 ⭐︎⭐︎⭐︎





 (皆沈んでおるな)


 場所は外の広場。そこには大勢の兵士たちが整列していた。皆防具や武器を装備しており、今から戦争に行くような姿をしている。


 ……そしてその大半が昨日の惨状に居合わせたものたちだ。


 魔王カイトが去り際に行ったあの言葉は、兵士達に強く刺さった。王様が話している今でも、暗い顔で下を向いている人さえいる。


 だからといって何もしないわけにはいかない。

 今この時でも、あの化け物は暴れているのかもしれないのだから。


 王は世界を破滅に導く者が近くにいながら気づけず、そしてロイ大臣という大切な人を犠牲にしてしまった事を悔やみながらも、魔王討伐隊の話を続ける。

 至急で勇者カイトが魔王であり、彼が暴れるかもしれない事は各村、各国へと伝達している。どの場所でも彼を倒そうと準備しているだろう。

 そしてここヴァルハラ王国でもそれは当然している。


 犠牲が出る前に自分たちで奴を捕らえ倒す、そう話し討伐隊を出そうとしたが──



 「お待ちください! ヴァルハラ国王!!!」



 兵士たちから見て後ろにある、広場への入り口の扉が勢いよく開かれた。王様も含め、広場にいる全員が何事かと入り口へ視線を向ける。


 「お主は……」


 そこから出てきたのは、隣の人に肩を貸しているメイドと。



 痛々しい姿のクレアだった。



 身体中に血で染まった包帯を巻いていて、側から見ていても立っていられないと思うほどに傷だらけだ。

 昨日のカイトの、あれだけの攻撃を受けて命があるだけでも奇跡なのに、彼女は支えられながらもこの場所に来た。


 「なぜ彼女をここに連れて──!」


 「私がここに連れてきて欲しいと彼女に命令しました。もし罰を与えるのなら、命令に従った彼女ではなく私を」


 「な……!」


 今でも倒れそうな彼女を連れてきたことに、王はメイドを叱ろうとしたが、クレアが強引に言葉を遮った。


 あの王に対してだ。


 王はこの場所において絶対的権力者。政治的な話し合いはともかく、こういう会話で真っ向から王の意見を否定するのは論外だ。

 それこそこれが許されるのはロイ大臣だけだろう。


 そんな暗黙の了解、常識をぶち破った彼女に、メイドさん以外のここにいる全員が驚く。

 だがそれをさせた本人である彼女は、そんな些細な事を気にせず、すぐに本題へ入る。


 「それよりヴァルハラ国王よ。なぜ魔王カイトの討伐隊に私を入れないのですか……」


 静かでありながら、奥底に強い情熱を感じさせる声に対して、国王は怯まずに返答をする。


 「当然であろう。魔王とはいえカイトはお主の親友。それを手にかけさせる───」





 「ふざけないでっっっ!!!!!」


 今度こそ王様は目を見開いて驚いた。

 言葉を遮るどころか怒鳴られたのだ。これこそ本当に処刑ものだが、誰も彼女を止めはしない。

 昨日のカイトの会話と、そして彼女が生み出した空気が謎に、周りが彼女に耳を傾けさせるようにしていたからだ。

 

 「ハァッ……ハァッ……」


 これまでにないほど怒鳴っただけで、息が切れ切れになった彼女は、時間をかけて息を整えて話に入る。


 「魔物たちが村に攻めた時、私は勇者カイトと共に立ち向かいました……そして両親は死んだ」


 それは知っている。昨日の夜にカイトが話していた。


 「父は村を守る為に一人で戦いましたが、母は違います。魔物に致命的な隙を見せてしまった私を庇って死んだんです」

 

 今は朝だというのにとても静かだ。

 鳥のさえずりも風の音さえも聞こえない。だから不思議と彼女の話は、広場にいる全員に聞こえる。


 「私が弱かったから母は死んだ。もっと強ければ父に加勢して救えたかもしれない。その時は本当に自分を恨みましたよ。自分で殺してしまいそうなくらい」


 その声からは憎しみが出ている。弱い自分を許せないような憎しみが。

 

 「でも父にも、死ぬ直前の母からも約束してるんです。弱き者を助けられる強くて立派な人間になれって。大事な人を亡くして辛かったカイトも言ったんです。こんな悲劇を二度と起こさせやしないって」


 そして彼女は王様を見て言った。


 「私はあの悲劇を繰り返したくない! カイトの覚悟を魔王の呪いのせいで壊したくない!」


 震えていた声がだんだん強くなる。


 「弱いから何も救えないなんて嫌! ……私は今度こそ──







 ──この手で救いたいんです!!!!!








 それは彼女の悲痛なる叫びだった。

 今まで何もできず助けられてばっかりの自分を恨んでいた。そして今度は戦いの場に立たされることすら許されずに、また悲劇が起こるかもしれない。



 そんなのは嫌だ。あんな悲しみを二度と起こさせてたまるか!!



 泣いているとも怒っているとも取れるその叫びは、王様の心へと確かに響いた。



 「……そうか、お主の思い。確かに聞き取ったぞ」


 「! それでは──」



 ──だが、これだけは質問しなければならぬ。



 長い沈黙を得て王は質問をする。


 「もしカイトが救えぬとしたら、お前はその手で親友を殺すことができるのか?」



 それはもしもの、最悪の場合だ。



 魔王の呪いが解けない。既にカイトという人格が壊れている。色々あるが彼を助けられない可能性だってある。

 もしそうなってしまったら、彼女は親愛なる彼を自ら殺さなければならない。



 世界を救う為に。



 「……」



 その質問にクレアは少し止まった。

 顔を少し下げて彼女は目を瞑り数秒。その時間はとても短いようで永遠に感じれるようだった。

 そして目を開いた彼女は隣のメイドに少し話し、メイドは頷いた後に支えるのをやめる。


 「……もしそうなってしまったら。私は父と母、そして我が親友の勇者カイトの願いの元、ヴァルハラ国王に誓います」





 ──魔王カイトをこの手で殺すことを。





 クレアは王様の前で跪き首を垂れた。


 それは騎士における誓いの儀式。今彼女が言った言葉必ずやり遂げる、覚悟の証だった。


 「……」


 王はその姿にまた沈黙する。

 その誓いの姿は、お世辞にも綺麗とはいえない。

 体はボロボロで包帯だらけであるし、跪く時だって負担が大きすぎて体が震えている。今にでも倒れてしまいそうな軟弱な姿。

 ぽたん、ぽたんと落ちている音は彼女の血なのか、涙なのか。

 

 だがその姿は気高く美しいと王は感じた。

 体が倒れそうになりながらも誓いの姿を見せた信念。たとえどんな犠牲があろうとも、悲劇を繰り返させない為に目的を遂行する覚悟。





 そのどれもが、彼女の心をより一層に表しているようだった。

 そしてこの空間を支配したのも彼女だ。心の強さを表すように、ここにいる全員がいつの間に彼女の気高き姿に見惚れていた。















 だがその時間も永遠ではない。


 「騎士クレア殿、私はあなたに謝罪しなければならない」







 一人の男がクレアに声をかけた。かけられた彼女はその男の顔を見る。そして目を見開いた。


 「あなたは……!」


 何せ声をかけてきたのは、クレアに悪口を言っていた─ドラゴン退治の前日にロイ大臣に注意されていた─兵士だったからだ。

 彼は腰を落として、クレアと同じ目線で見ている。


 「私はあなたを出身だけで蔑んでいました。ただの田舎者が、今まで必死に訓練していた私たちに叶うはずがないと……」


 彼の目はいつものような馬鹿にする目ではない。真剣な眼差しでクレアを見ていた。


 「勇者様達が魔物を倒し、村を救い始めてもその浅はかな考えは変わりませんでした」


 クレアがふと下を見ると彼の握っていた拳が震えている。さっきの私がしていたように、自分を許せないようだった。


 「しかし昨日の件で私はやっとわかったのです。どれだけ自分がバカで、何もできないという事を……」


 そして彼は私に向ける姿勢を変える。


 


 ──私と同じ誓いの姿へと。




 「今更許してくれなどとは言いません。ですが私も、兵士としての役目を果たさせてください。国と民を共に守る者として……」


 その言葉に今度はクレアが驚く番だった。今まで蔑んでいた彼の一変した姿に彼女は立つ。だか彼女の驚きはそれだけで終わらない。


 「俺も……同じです」

 「私もいい加減、過ちを認めなければ」

 

 整列していた兵士たちも次々と跪いていく。その誓いの姿をクレアに向けて。


 全ての兵士たちが一人に向けて誓いの姿を見せるその様は、まるで何かの誕生を表してるかのようだった。



 そう、勇者が誕生したかのように。



 「兵隊長よ! 例のものをここに持ってくるが良い!!」


 困惑するクレアをよそに、今まで静かだった王様が大声で命令する。

 それを受けた兵隊長は「ハッ!」と返事をして広場を出る。


 そのすぐ後に戻ってきたとき、彼の手には新しい剣があった。

 

 (あれは……!)


 見るだけでわかる。あれは並の剣では比較にならないほど凄い代物だと。

 それを持ってきた兵隊長は、いつの間にかクレアの目の前まで来ていた王様に、跪いて捧げた。


 「済まなかった……私はお主の覚悟を見誤っていたようだ」


 そしてその剣を、王様は私へ渡してくる。

 初めて近くでそれを見た私が思ったことは無駄がない。勇者の剣は有り余るエネルギーをその場で発していた、単純な強さを強調していた剣だった。


 だがこの剣は違う。見た目こそ普通の剣と変わらないが、在り方が根本的に違う。


 強烈的な力は感じないが、無駄を全て省いたような、ある意味芸術の領域まで至っているのを目の前の剣から感じ取れた。


 「これははるか昔。勇者の力を借りずに果てしない努力だけで、魔王と互角に戦った者が愛用した剣だ」




 その名も無心の剣。




 暴力的な力だけが戦いを支配するわけではない。

 技や工夫で戦いを支配することだってできる。それをこの剣は体現していた。

 

 無心の剣の説明を終えた王様は今までより一番大きい声で言った。


 「我がヴァルハラ国王は! お主の心と覚悟に敬意を表し『戦勇者』の称号を与える!!!」


 戦勇者。


 それは勇者の次に高い称号だ。

 勇者は光の力で人類を救うものを指す言葉に対して、戦勇者は戦いの覇者を指す言葉である。つまり戦いの力が地位に大きく影響するこの世界では、ある意味頂点の称号とも言える。

 そしてこれを授けるということは、今この城で最も強い者として認められたことでもあった。


 「……この剣、受け取ってくれるな?」


 「……はい」


 私の返答に笑顔で頷いたヴァルハラ国王は、また厳しい顔へ戻り、話を続ける。


 「改めて言うが、魔王が復活したこの世界は今! かつてない危機が迫っておる!!」


 沈んでいた兵士たちの顔も、クレアの気高き姿のおかげで士気が上がり、覚悟を決めた顔に変わってる。

 

 「戦勇者の悲劇を二度と起こさぬよう、今こそ! 出身や地位関係なく力を合わせ!」



 そして兵士から受け取った剣を空へと掲げて、皆に喝を入れた!!!








 ──世界を守ろうぞ!!!──








 「「「「うぉぉぉぉぉおおおおおーーーーー!!!!!」」」」


 クレアも、彼女に話しかけてきた兵士も、整列していた者も、全員が武器を掲げて全力で叫んだ。そこに今までの差別なんてものはない。



 この日、ヴァルハラ王城の人達が心一つになった。


 

 















 ヴァルハラ王国から全世界へと向けて衝撃的な伝達があった。


 ──勇者カイトこそが魔王だ。


 これを受けた人達は魔王から身を守る為に様々な対策を練ることになる。


 だが衝撃的なのはもう一つの伝達もだ。


 ──新たにクレアへ無心の剣を授け、彼女に『戦勇者』の称号を与える。


 これを受けて、ただの勇者の付き添い人だった彼女は世界的に認知されるようになる。


 魔王になった勇者の代わりである、人類の救世主だと。





 ……本来の世界では厄災として認知させられていた彼女が、この世界では勇者という言葉が入る称号を手に入れた。




 カイトが起こした行動は、確かにクレアをいい方向へと導いている。









 では、カイトは今何をやっているのだろうか?







 「うわぁ〜、サバイバル舐めてたぁ……」


 山の川のそばで、一切魚が釣れない釣竿を見て情け無い声を出していたのだった……。




 

 今回はほとんどクレアの回でしたが、次回からはきちんとカイトの回です。

 お楽しみに。

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