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招かれざる刺客



二学期の目玉行事の一つである体育大会は、異常な程の盛り上がりを見せた。美都があれだけ嫌がっていた借り物競走がその発端とも言える。やるからには、と意気込んだ結果に繋がったと言っても良いだろう。

そして悪夢のような中間考査を終えたある日のこと。美都たちは全校集会のために体育館へ移動していた。

「ねぇあの二人何かあったの?」

春香がおもむろに美都に訊ねる。彼女が指す二人とは四季と水唯のことだ。その疑問は最近良く二人で話している姿を見かけることから来ているのだろう。当然といえば当然だ。数日前から同じ家で暮らしているのだから自然と距離は縮まる。だがそれを説明することも出来ないので熟考の末こう答えた。

「ほら四季って庇護欲が強いからさ」

早速覚えた言葉を使ってみたものの春香からは「はぁ?」といった反応を示された。以前四季が自分に対して言ったことではあるが恐らく誰に対しても当てはまるのではないかと思う。彼はあれでいて世話焼きだ。生活能力が低い水唯を見ると放っておけないはずだ、と薄々考えていたが予想が的中した。同居を言い出した自分よりも遥かに気にかけている。良い傾向だ。なんせ水唯にとっては身近な同年代──今まで四季が歳上だと言うことを知らなかったよう──なのだ。互いに相談もしやすくなるだろう。

「まぁ仲良くなるのは悪いことじゃないけど。ちょっと意外だったなー」

「意外? 何が?」

春香が使う単語の意図が読み取れず小首をかしげる。自分としては以前から二人に似たような思考を感じていたので意外性は無い。むしろウマが合うのではないかと考えていたところだった。

「いやーだってさ、言うなればライバルでしょ?」

「? 勉強の?」

「違うよ。美都をめぐっての」

「は……、えっ⁉︎」

唐突にそう言われ驚きで声が大きくなる。ハッとして慌てて口を押さえた。顔を赤らめながら美都はその会話をしていた春香をじとっとした目で見つめた。

「……気付いてたの?」

「そりゃ美都にしか懐いてなかったし」

思い切り肯定され頭を抱えた。なぜ自分は水唯の好意に気づけなかったのかとほとほと呆れてしまう。否、彼に申し訳ない。知らなかったからこそこれまで普通に付き合えてきたのだが。何も言えず顔を伏せていると追及の矢が飛んできた。

「あ、もしや()われた?」

「…………はい」

「やっぱねー。昨日の敵は今日の友ってやつね」

こうなると春香が鋭いのか自分が鈍感なのかわからなくなってくるが恐らく後者なのだろう。彼女は自分で言ったことに納得している。文字通りなので何も言い返すことが出来ない。因みに上記の件は事が広まる前に──無論広めるつもりはないのだが念の為──凛には報告済みだ。もちろん同居のことも。案の定「どういうこと⁉︎」と蒼い顔のまま問い詰められたが。

「しかし絵になるよねあの二人」

「確かに……」

四季と水唯が並んで話していると、何か輝いているオーラが見えそうだった。二人揃って端麗な顔立ちをしており容姿も圧倒的に目を惹く。いつも近くにいるため忘れがちだがどちらも女子生徒からの人気は高いはずだ。そうなってくると益々考えてしまう。

「なんか隣に並びにくいなぁ……」

「今さら何言ってんの。大丈夫だって、四季とのことは周知の事なんだし」

うっ、と声を詰まらせる。つい先日行われた体育大会のことだ。同じ競技に出たことにより実況者が気を利かせたつもりでサラッとマイクに乗せてしまった。今までは同学年だけの認知だったがこれでいよいよ全校生徒に知られることになったのだ。体育大会が終わって数日は、また初期の頃のような気持ちになったのは言うまでもない。四季は何事もなくケロッとしていたが。問題は水唯だ。

「明らかに視線を集めてるね」

そうなのだ。それこそ水唯は今まで人前に出ることはなかった。転校当初に話題になって以来彼の寡黙な性格も相まって忘れられがちだったが、「近年稀に見る美少年」と言うレッテルが貼られていたのだ。下の学年の生徒たちは完全に寝耳に水だったようで、体育大会以来水唯は後輩たちの注目の的だ。本人もそれには気づいているらしく「居心地が悪い」と苦言を零しているのを耳にしたこともある。

そんな他愛無い会話をしていると体育館には見る見る全校生徒が集まってきた。生徒たちはクラス毎に整列し教師が仕切るまで各々友人同士で話を続けている。中間考査が終わったことによる開放感もあるはずだ。そしてスピーカーから生徒会役員の声が体育館中に響いた。

『──今から全校集会を始めます』

形式的に集会が進められる。校長からの中間考査の労いの言葉、来月ある文化祭の話、その他諸々連絡事項。粛々と、特に取り留めのない内容ばかりだ。程なく終わるだろうと思っていた時、これまでと違う流れで保健教諭である内山からとある話が始まった。

『来週からスクールカウンセラーが配属されます。試験的なものですが、何か人に言えない悩みや不安がある生徒はぜひ利用してみてください』

スクールカウンセラーと言う聞き馴染みのない言葉に一瞬首を傾げたが、内山の説明で概要をすぐに把握する事が出来た。生徒の心のケアのため外部から人員を取り入れるということらしい。

『カウンセリング室は保健室と反対側に設置されるので、人目に付くこともありません。それではここでカウンセラーの先生をご紹介します』

どうぞ、とマイクを外した内山の声が響く。誘導された人物は控えめに壇上へ上がると軽く会釈をした。美都からの位置だとはっきりとは見えなかったが、前方の男子生徒の反応を見るに若い女性なのだということが窺える。そしてその人物にマイクが渡った。

『──皆さん初めまして。しばらくこの第一中のカウンセリングを担当させて頂く、新見香織です』

「……────!」

高く柔らかく響いてきた声に息を呑んだのは水唯だった。他の生徒がその若い容姿に目を奪われている中、彼は一人身体を硬直させる。目を見開いたのちハッとして前に整列している美都と四季を交互に見た。しかし二人は周囲の喧騒に飲まれたまま気付くことはない。水唯は下げたままの手を握りしめる。

『どんな些細なことでも構いませんので、気軽に相談に来てくださいね』

ニコリ、と彼女が微笑むと誰からともなく拍手が沸き起こった。カウンセラーという職種が珍しいのか、はたまたそれが可愛らしい女性だからなのかは不明だが挨拶の時点で生徒たちの心を掴んだようだ。周囲に合わせるように美都も拍手をする。女性がその賛辞に応じるように恐縮気味に壇上から全体を見渡す。そしてあるところで目線が止まった。

「……?」

美都はその違和感に首を傾げる。彼女の目線は明らかにこちらを向いていたからだ。じっと何かを見据えるようにしている。

(──っ、……何だろう)

わけもわからず、心音がいつもと違う速さになる。特に何かが起きたわけでもない。それなのにこの妙な雰囲気が気にかかる。四季の方を振り向きたくとも周囲の反応がそれを良しとしない。グッと堪えたまま眉間にしわを寄せるとようやく空気が緩和された。彼女がゆっくり会釈をして壇上を降りていく。

『これからの季節、体調を崩す子が多くなります。勉強も大切ですが適度な運動と睡眠を忘れないよう心掛けてください』

内山から体調管理の徹底をするように、とお触れが出て集会は締め括られる。

あの距離からでは表情が良くわからなかった。何を見ていたのかは不明だが、あの見定めるような視線が頭から離れない。だが宿り魔が出たわけではない。ただ自分が違和感に思っただけだ。後で四季に確認してみようと周りに悟られないよう深呼吸した。





「美都」

体育館から教室へ移動する途中、水唯から呼び止められる。振り返ると彼の隣には四季がいた。

「話がある。緊急だ」

「? どうしたの?」

そう言う水唯の表情は強張っていた。緊急として呼び止めるくらいなのだから当たり前なのかもしれない。ちょうど四季に先ほどのことを確認しておきたかったので春香たちに先に行くよう伝えると、三人は教室へ戻る生徒の波から抜ける。2階のホールの端まで歩き、水唯の動向を見守った。

「さっきの集会の話──スクールカウンセラーの紹介があっただろう?」

「! わたしもそれを聞きたかったの。何か妙な雰囲気を感じて……それがどうかしたの?」

正に話に出そうとしていた内容を水唯から挙げられ不意に口を挟んだ。彼からその話題を持ちかけたと言うことは何か心当たりがあるのかもしれない。どうかしたのか、という問いの答えを探すように水唯は一旦口を噤む。苦い顔をしたままグッと手を握り締めている。

「──あの人に、近づいちゃダメだ」

突然の警告に驚いて目を見開く。力強く水唯がそう言うからにはやはり何かしら理由があるのだろう。

「知り合いか?」

「……あぁ。まさかこういう形をとってくるなんて思わなかった」

あくまで四季は表面上の関係性を訊いただけだ。しかし水唯にとっての知り合いと言うことは、かつて彼が動いていた側の人間ということに等しい。水唯自身も驚いているように感じる。眉間にしわを寄せ難しい顔を覗かせた。

「君は一度対峙している。暗かったから顔までは判別出来なかっただろうが」

「! あの時の──!」

水唯からそう言われたことでようやく合点がいった。先程感じた違和感は既視感に近いものだったのだ。暗闇の中聞いた声に身体が覚えていたのだろう。改めて思い出してみると確かに声色が彼女そのものだった。

「あの人……強い、よね?」

「強い、というよりは──手強いという言い方が正しい。彼女は──」

「待て」

突如として四季が口を挟んだ。一人だけ視線を外し、廊下の奥の方を見つめている。すると再び静かに口を開いた。

「──来るぞ」

鋭い声でそう言うと二人の視線を誘導する。四季の言葉通り、今話題に挙がっていた人物が軽やかにこちらに歩いてくる姿が見て取れた。すぐに美都を隠すように二人が前に立つ。しかし水唯がおもむろに四季に指示を出した。

「四季、絶対に美都から手を離すな」

「──わかった」

少しだけ緊張したようにも感じる声で水唯が呟く。その指示に従うように、四季はすぐに美都の手を取った。いつもと違う水唯の雰囲気に一抹の不安を覚える。背後から彼を見上げると、やはりその顔は強張っていた。こんな状態の水唯を前面に立たせて良いのだろうかと考えていると、間も無く握られている四季の手の力が強くなる。該当の人物が近付いてきたのだ。

「──勢揃いでお出迎えね」

甲高い声が耳に届く。背の高い二人の後ろから少しだけ顔を覗かせるとその人物と目が合った。まだ年若く、柔らかい雰囲気を纏った女性だ。本当にこの人が敵なのかと俄かには信じ難い。だが水唯の表情が物語っている。ここまで警戒心を色濃く出しているのは初めてだ。

「学校生活、楽しんでるみたいね?」

「……っ──」

「あら、皮肉じゃないわよ? 守りたいものも見つかったみたいで良かったじゃない」

ふふっ、と女性が笑みを零す。水唯は何も答えずただ奥歯を噛み締めるだけだった。皮肉ではないと言いながら皮肉めいたことを口にする様に、胸に靄が広がる。水唯が元々自分と同じ立場であったことを遠回しに苛んでいるのだ。

「月代さん」

不意に名前を呼ばれる。脳内に響き渡るその高い声に肩を竦めた。

「初めまして。新見香織です。あなたとは仲良くしたいんだけど……」

簡潔に自己紹介をした後、美都の前を阻む二人の少年を見遣る。

「残念ながら難しそうね。この状況だと」

言葉とは裏腹に、新見は愉しそうに微笑む。その様子に美都は息を呑んだ。まるで彼女の感情が見えない。目の前に立っていながら掴み所がないのだ。口角は上がっていながら目は笑っていない。

「──なぜあなたが……」

水唯がポツリと疑問を零す。彼がこれ程驚いていると言うことは彼自身も予想だにしていなかったのだろう。警戒しながらも困惑しているようだ。

「もちろん興味があるからよ。その子に」

問いかけに応じながら新見は再び美都へ視線を移した。

「守護者でありながら所有者だなんて、そんな面白いことないでしょう? その理由、知りたくならない?」

「……!」

「もちろんそれ以外にもあるわよ。私ね──あなたのことが知りたいの」

新見は包み隠すことなく、己の”興味”の対象として美都へ話しかけた。彼女の言葉に美都は目を見開く。新見は鍵の奪取よりも己の知識欲を優先しているのか、と。そして彼女が先に口にしたことに思わず身体が反応してしまった。それは所有者と判明した時から疑問に思っていたことだったからだ。知り得る方法があると言うのだろうか、と考えを巡らせていた時前方から四季が口を開いた。

「耳を貸すなよ」

「あら怖い。あなただって気になってるんじゃないかしら?」

恐らくその問いに該当するのは四季だけではない。鍵に関わる誰もが気になっていることだと言っても良い。だから四季も否定が出来ずに固唾を吞んでいるのだ。だがその間も水唯からの指示通り手を離すことはしなかった。その様子を見ると新見は呆れたように口に笑みを浮かべる。

「強情ね。まぁいいわ。ねぇ月代さん、そんなに難しいことじゃないわ」

最大限の警戒をしながらも耳を傾けざるを得ないのは、少なからず心に引っかかっているからだ。知れるものなら確かに知りたい。それでも彼女が醸し出す雰囲気がそこに繋がるとは到底思えないのも事実だ。だから緊張して次の言葉を待った。

「カウンセリングさせて欲しいの。あなたのあらゆることから一つずつ紐解いていってあげる。そうすればその疑問に近付けるはずよ」

「あらゆること……?」

新見はクスリと顎に手を当てる。

「そう。あなたの興味、関心、過去、考え──あらゆることよ。あなたの心を……覗かせて?」

「……──!」

瞬間、背筋に悪寒が走った。目の前に立ちはだかる少年二人も、新見のその台詞に目を見張る。その声色にも瞳にも光が宿っていない。得体の知れない空虚さがただ恐ろしかった。こんなにもただの人間に怖気付くことがあるのかと思うほど、彼女という存在にただ畏怖を感じる。

そんなことはさせまいと言ったように四季が新見を睨みつけた。するとそこに第三者の声が介入する。

「あんたたち、何してんの。HR始めるよ」

「──! 羽鳥先生……」

緊張して身体を強張らせていたところに、羽鳥の姿が見えたことでその場の空気が和らいだ。ホッと胸を撫で下ろす。

「すみません、新見先生。お話の途中でしたか?」

「いえ。少しこの学校について聞いていただけですから」

これまでと打って変わって、何事もなかったかのようにニコリと羽鳥に微笑んだ。そして会釈をすると三人の横を通り過ぎる。その際美都にだけ聞こえるように小声で囁いた。

「──カウンセリング室で待ってるわね」

「っ! 行きません……!」

ハッとして新見へ言い返す。すると彼女はフッと美都を横目で見遣りカウンセリング室がある方へ歩いて行った。思わず二人の方へ身を寄せる。心臓が早鐘を打っている。それは恐らく新見が発した言葉が原因だ。胸の前で空いている手を握り締めた。

「月代」

羽鳥に名前を呼ばれて呆けていた思考を呼び戻す。脅威が離れたことにより、四季もようやく美都の手を離した。そのまま羽鳥の元へ駆け寄る。

「大丈夫? 蒼い顔してるけど」

「あ──……大丈夫、です」

今はただ羽鳥が来てくれたことがありがたかった。あのまま新見の話を聞き続けていたらと思うと背筋が凍る思いだ。事情を知らない羽鳥をこれ以上心配させるわけにはいかないと彼女の隣を歩きながら必死に呼吸を正す。それでも乱れた鼓動を即座に戻すことは難しい。後ろを歩く少年二人も様子を気にしてくれているようだ。

(……──大丈夫)

新見に近付かなければ良いだけだ。グッと喉を引き絞る。自分には必要ない。カウンセリングなんてものは必要ないのだ。だから今後彼女と関わることも無いだろう。

「っ──……」

それでも頭から離れないのは。ある単語が脳内を駆け巡っているからか。

思い出したくないこと。忘れていたいこと。それを他人に知られたくない。

────例え傍にいる人間であっても。



まだあどけなさを残す15歳の少女。至って普通の娘だ。守護者であり《闇の鍵》の所有者なのだという稀有な存在だとは到底思えない程に。

新見香織はカウンセリング室へ向かいながら先程対面した少女のことを思い出していた。

(──可愛い子)

少年二人に守られながらも、彼女自身確固たる意志を持ち合わせている。以前水唯を庇っている姿からも見て取れたが恐らく守られるだけなのは性に合わないはずだ。何よりも守護者という使命感と所有者という責任感を強く持っている。それでいてあの危うさだ。自分の言葉に動揺している姿が思い出される。

────そこを利用させてもらおうかしら。

あの小さな身体でどこまで出来るのか。そしてまだ見ぬ彼女の本当の力。

「……どれだけ楽しませてくれるのかしらね?」

新見はポツリとひとりごちる。その口元には、不敵な笑みが浮かんでいた。






やっと、という思いで7編終了です。次はいよいよシリーズの中で書きたかった部分です。核心へどう持っていくか、いろいろ考えながらゆっくり書いていきたいと思います。

ここまでお付き合い頂きありがとうございました。また次編で。

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