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狼の子と猫の子のアルフライラ  作者: 日崎アユム
第8夜 僕たちの価値

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第4話 終わりにして始まり

 その夜、空に大きな満月が輝いた。その光輝の美しさはまるで少年たちの活躍を祝し前途の多幸を祈念するかのようだ。


 アズィーズは露台バルコニーで一人夜風に吹かれていた。


 露台バルコニーの下には宮殿を囲む塀と塀に設置された松明の火が見える。その向こう側、円城の中の高級住宅街に燈る暮らしの火が見える。さらにその先、城壁の向こう側、市井の民が宿した市場の火が見える。ヒザーナの夜は一見明るく豊かだが、その足元には虐げられた人々の暗澹たる生がある。しかし虐げているのは悪逆の君主ではなく社会全体の空気だ。


「ま、社会全体の空気を変えられない君主は悪逆とみなしてもいいのかもしれないが」


 一人呟く。そして遠く街の火を眺める。


「アズィーズ様」


 アズィーズが振り向くと、部屋の中の暗い影から立ちのぼるようにジーライルが姿を現した。


「二人はおとなしく寝たかい?」

「ええ。二人とも安心したのかすぐ眠りに落ちたようです。今は熟睡していますよ。このまま朝まで穏やかに眠り続けてくれるといいのですが」


 ジーライルがアズィーズの隣に立つ。そして露台バルコニーの手すりに肘をのせる。


「やっと、ここまで来ましたね」


 その声には万感の思いが込められている。


「すまなかった。待たせているね」

「待ちましたよ。ええ待ちました。僕はアズィーズ様がウスマーンを倒して皇帝スルタンになる日を待ちわびていたんです」

「もう少し待ってくれ、ワルダ城のお姫様を救い出さなければならない。皇帝スルタンになるのは用事を済ませた上でヒザーナのこの宮殿に戻ってからだ」

「はいはい、もう少しですね。ここまで来たら最後まで待ちます、だーいじょうぶ、だーいじょうぶですよ」

「最後じゃない。最初だ」


 アズィーズは、断言した。


「私の時代は、私が皇帝スルタンの座についてから始まる。今までのことはすべて布石に過ぎない」


 ジーライルは、頷いた。


 アズィーズが、前を向く。


「あの子たちには可哀想なことをした。あやうく私の時代の犠牲にするところだった。私はもう苦しむ者をなくしたいと思っていたのにな。間一髪のところで助けられたが、あの二人の頑張りがなかったら今頃何がどうなっていたか分からない」

「そうですね。ウスマーンは面倒臭い敵でした」

「ウスマーンの件だけではない、ワルダ城の件も、だ。あの二人は一時いちどきに私がどうにもできなかったことを何もかも解決してくれた。何をしたら報いることができるのかずっと考えている」

「問題ないですよ、結果的に二人とも生きて元気で食べて寝てるんですから」


 苦笑して「それにあの子たちはワルダを助けてくれれば満足なんです」と続ける。


「ずっと。最初に砂漠で出会った時から。あの二人は、ずっと、そればかりで。一切ぶれていませんよ」


 アズィーズは「強いな」と呟いた。


「その忠義は何物にも代えがたい。『勇敢なる月カマル・アッシャジューア』にとっては何よりもの宝だ。『勇敢なる月カマル・アッシャジューア』は幸せ者だな」


 ジーライルが黙ると、アズィーズは「おおっと!」と言いながら手を伸ばし、ジーライルの後頭部を撫でた。


「私も幸せ者だよ! 私にはお前がいるじゃないか、ジーライル!」

「なんだ、お忘れかと思いましたよ」

「お前のことを思いながら言ったに決まっているだろう。私にとってのお前が『勇敢なる月カマル・アッシャジューア』にとってのギョクハンでありファルザードなんだ。世の中というのはうまくできている」

「僕は、あなた様にとって、何よりもの宝ですか」

「当たり前だ」


 アズィーズが断言すると、ジーライルは安心したのか、肩から力を抜いた。


「結局のところ、正直者が生き残るし、そうでない社会は是正されるべきなんだ」

「おっしゃるとおりで」

「そして是正する務めを神より授けられしはこの私アズィーズときた。いいね、最高の気分だ」

「はいはい、それもおっしゃるとおりですよ」


 二人とも、どちらからというのでもなく、露台バルコニーの手すりから上半身を起こす。


「百万金貨(ディナール)どころじゃ買えないさ。ギョクハンも、ファルザードも。お前もね」


 ジーライルが「本当にね」と相槌を打つ。


「ちなみに僕、いくらだったんです?」

「聞いて驚け、三百金貨(ディナール)だ」

「やっす! 僕めちゃくちゃ安いですね!? ジョルファ人だからですか? それとも僕自身が人気なさすぎ?」

「まあ、過去の話だ。今なら三百万金貨(ディナール)でも出すべきだと思うよ。金貨ディナールという単位でお前の価値をはかれるとも思わないが」

「せめて三百金貨(ディナール)分は働かないといけませんね」

「三百金貨(ディナール)分とは言わず、一生傍にいてほしい」


 顔を見合わせる。


「それ、『勇敢なる月カマル・アッシャジューア』にも言うんですか?」

「これから口説く予定の女性とはそもそも金の話をしない」

「賢明ですね! さすがアズィーズ様!」


 二人とも声を上げて笑った。


 月は円く輝いている。空が明るい。足元もよく見える。


「さて、我々も寝ようか。明日からは砂漠を行軍だぞ」

「えっ、待ってくださいよ。それ僕も行くんですか?」

「もちろん」

「ワルダまで?」

「もちろん」

「三千のナハル兵が囲んでいるところですよね?」

「もちろん!」

「……本気で支度します」

「よろしく頼む!」


 二人連れ立って部屋の中へ入っていく。


「案ずることはない。帰った時の祝賀会で何を食べたいかだけ考えていなさい。私に任せておけば全部丸く収まる!」

「とか何とか言っちゃって、またどこかに潜入しろとか言うんでしょー! 僕はもう騙されないんですからねー!」

「頼りにしているよ!」

「もう、しょうがないですね。――すべて、おおせのままに」




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