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狼の子と猫の子のアルフライラ  作者: 日崎アユム
第7夜 自由を押し付けるな

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第2話 正義と悪 1

 ギョクハンは腰に双刀を携えた。


 本拠地を叩く以上手加減はいらない。今度は必ずしも生け捕りにする必要はない。加えて、万が一取り逃がした時、攻撃されるのは一緒にいるファルザードだ。ファルザードを守るためには一人残らず倒さなければならない。


 そうは思っているが、やはりあまり気乗りはしなかった。


 自分たちは何をさせられているのか。何のために何と戦うのか。そこにどんな意味があるのか。


 今までよく考えずに戦ってきたことを後悔した。戦う理由をハサンと先輩奴隷軍人(マムルーク)たちに託していた。考えることなくただ敵兵を倒すことに力を注いでいた。


 これからは、よく考えなければならない。


 ただ、今最優先にすべきはザイナブを救うこと、そのために皇帝スルタンと会うことだ。そしてその最短距離の道のりの上にいるのはアズィーズなのだ。正しいことをしていると信じるしかない。


 足元がおぼつかない戦いの恐ろしさを知る。


 ギョクハンとファルザードは、円城から遠く離れたある街区、郊外の閑静な住宅街にある屋敷を眺めていた。自分たちで探し出した怒風組の事務所だ。組長の邸宅でもあるという。


「自分はいい家に住んでるっていう、この、何とも言えない感じ」


 別の屋敷の陰に隠れつつ、ファルザードが呟く。

 彼の言うとおりだ。邸宅は立派な三階建てで、大きな風採塔バードギールが二本あり、壁の周りには堀というほどでもない小さな人工の水路が流れていた。貧者には施すと言っているが、いくらかはふところに入れているようである。


「ここまで堂々としてると役所も軍隊も逆に手を出しにくそうだな……」

「少なくともひとにナメられることはなさそうだよね……」


 門の前には二人の若い侠客アイヤールが立っていて外を睨んでいる。一般人は近寄りがたいだろう。ギョクハンもこの屋敷の中には何人こういう人間がいるのかと思うとたじろいでしまう。自分一人なら何とかなると思うが、ファルザードはどうしたものか。


「とりあえず……、門番の二人を倒してくる。もしかしたらまだ何人か出てくるかもしれない、合図するまでお前はそこで待ってろ」


 ファルザードは素直に「はい」と言ってさらに奥へ引っ込んだ。


 陰から出る。刀の柄に手を掛ける。

 一気に斬り伏せる――ギョクハンはそう覚悟していたが、


「おい、どうした。この家に何か用事か」


 片方が話し掛けてきた。


 しばし悩んだ。


 言葉が通じる。話が通じるということだ。


 刀の柄に手を掛けたまま、ギョクハンは「ああ」と答えた。


「組長に用事がある」


 二人が顔を見合わせた。


「戦いたくない。話し合いで済むんなら俺はそうしたい」


 片方に「ずいぶん思い詰めてるみてぇだな」と言われた。


「ひょっとして、あれか。お前がうちのことを嗅ぎ回ってるっていう二人連れのボウヤの片割れか。アブー・アリー邸ではツレを捕まえたっていう――」


 ギョクハンたちの行動も知られているようだった。少し苦々しく思ったが、特別隠れていたわけでもないので仕方がない。それにも素直に「そうだ」と答えた。


「待ってろ。組長に話を通してやる。会ってくださるかどうかは知らんが、こどもを殺すのは趣味じゃねぇからな」


 唇の端を持ち上げてにやりと笑う。


「俺たちは強い奴が好きだ。まだまだこれから育つ若人が、よ。ぜひとも仲間になってくれ」


 ギョクハンは何も答えなかった。


 片方が屋敷の中に引っ込んだ。


 さほど長くは待たされなかった。しばらくして数人の構成員がぞろぞろと出てきて、「入っていいぞ」と言ってきた。


「組長がお会いになるそうだ」


 うち一人に「今日は相棒はどうした、一人か」と問われた。ギョクハンは一瞬どうしようか悩んだ。


 後ろの方へ目くばせした。


 ファルザードはすぐ出てきた。小走りで寄ってきて、ギョクハンのすぐ隣に立った。澄ました顔をしている。


「なんだ、女の子だったのか。かわいこちゃん」

「なんかもう、それでいいです」


 それから「ついて来い」と言われた。二人はおとなしく従って曲がりくねった玄関の通路を抜け噴水の湧き上がる中庭を通過した。




 一階の奥、広い応接間に通された。分厚い緞帳が垂れ込め、香が焚かれ、壁際には東洋趣味の螺鈿の箪笥と青磁の壺が並べられている。それでいて戸の両脇には屈強な構成員の男が並んでいる。


 ギョクハンからすると異様な空気だった。圧倒されてしまう。

 一方ファルザードは平然としている。ハサンの部屋もこんな雰囲気だったのかもしれない。


 部屋の奥まったところに金箔の貼られた座椅子と黒漆を塗られた肘掛けが置かれていた。そして、その肘掛けにもたれるような恰好で組長が待っていた。


 ギョクハンは驚いた。


 組長はカリーム人ではなかった。首の後ろで一本の三つ編みにされた黒い直毛、毛皮の縁取りの帽子、ひげを剃っている剥き出しの顎――トゥラン人だ。

 年の頃は四十歳前後だろうか。体躯は若干の脂肪をまといつつもその下にはまだ鍛え上げられた筋肉が潜んでいるのが分かる。左目に眼帯をしている。眼帯の下から耳の方まで刃物の傷跡がある。どうやら左目は斬られて潰れたらしい。右手には硝子の酒杯を持っている。酒杯の中の紅い葡萄酒が揺れている。


「よく来たな」


 構成員が二人のために緞帳を掻き分け、高いところでまとめた。二人はくぐり抜けるようにして内側へ入っていった。


「俺はケレベクだ」


 名前の響きもトゥラン風だ。


「お前ら、名は」

「ギョクハン」

「ファルザードです」

「『空の王(ギョクハン)』に『光り輝く息子(ファルザード)』か。二人ともいい名だ。お前らの親御さんはお前らのことを愛してた」


 重低音がよく響く。


 アシュラフ語が分かるということはかなりの教養があるということだ。カリーム語の発音も滑らかで違和感がない。当然トゥラン語も分かるだろう。少なくとも三言語を解する。何らかの官職についていてもおかしくない教養人だ。


 葡萄酒を一気に飲み干してから、螺鈿の卓の上に置いた。


「まあ、座れ」


 ギョクハンもファルザードも言われるがままその場に腰を下ろした。毛足の長いアシュラフ絨毯が心地よい。


「年はいくつだ」

「十五」

「十四です」

「よくやるガキだ。いや、その若さだからこそ怖いもの知らずなのか。いずれにせよ大物になるぞ。将来が楽しみだ」


 右目がこちらを見据えている。射抜かれた気持ちになる。


「何しに来た。誰かのおつかいか」


 言葉に詰まったギョクハンを押し退けるようにして、ファルザードが口を開いた。


「ある高貴なお方に頼まれてここまで来ました。そのお方が言うには、ヒザーナの治安が悪いのは怒風組の影響なのだそうです。僕にはあなたが考えなしで向こう見ずの犯罪者であるようには思えません。解散とまでは言いませんが、規模を縮小して、方向性を転換していただけないでしょうか」





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