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狼の子と猫の子のアルフライラ  作者: 日崎アユム
第7夜 自由を押し付けるな

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第1話 情報の仕入れ

「おばあちゃん、ありがとう」


 ファルザードがそう言いながら老女の手に一金貨(ディナール)を握らせた。途端、老女は顔をくしゃくしゃにして半泣きで声を震わせ始めた。


「いやね、なんだかいろいろ話をしちゃったけど。怒風組もみんながみんな侠客アイヤールだってことに誇りを持っているわけじゃないから、本当に気をつけなさい。変なのに捕まったら、あんたみたいに可愛い子、どこに売り飛ばされるか分かったもんじゃないよ。アシュラフ人ならちょっと頑張るだけで官僚なり何なり職にありつけるんだから、悪いこと言わないからもうおうちに帰りなさい」

「うん、うん。大丈夫だよ。ありがとう」


 立ち上がりながら「元気でね」と言う。老女は路地に座り込んだまま「坊やこそね」と言って手を振った。


 ギョクハンとファルザードは二人連れ立って大通りの方に出た。


「これで確定だね」

「ああ」


 結局のところ、昨夜アブー・アリー邸で捕らえた怒風組の構成員たちは口を割らなかった。あのあとすぐに役所へ引き渡したが、役人たちは彼らが何をしても情報を吐かず困り果てているようである。


 ギョクハンは複雑な思いだ。たとえ拷問にかけられても仲間を思って口を開かない姿勢は気高く美しく思えた。


 だが昨夜のファルザードやアブー・アリーの私兵の隊長が間違っているとも思わない。特にファルザードの言うことは道理で、いくら怒風組が広域で活動する侠客アイヤール集団であるといっても公的権力でない以上限界はあるだろうし、貴族からなら奪ってもいいというわけではない。特にアブー・アリーは非合法なことはしていないのだ。


 何が正義なのかすっかり分からなくなってしまった。


 皇帝スルタンが現状何もしていないのは、事実だ。


 何はともあれアズィーズの依頼はこなさなくてはならない。ザイナブが待っているのである。


 結局、ファルザードの提案で二人は貧民窟を練り歩くことになった。怒風組を支持する人々ならその本拠地を知っているのではないかと考えたのだ。


 貧民窟は治安が悪く土地勘がない人間は寄りつかないが、そこで暮らしているのも確かに人間である。人間相手ならギョクハンは負けない。


 結果ははたしてファルザードの読みどおりだった。


 貧民窟の路上生活者たちに情報料として金貨ディナールを握らせたら、さまざまな話を聞くことができた。真偽が定かではない噂もあったが、数をこなして重なる部分を注意深くあぶり出していくと怒風組の事務所がある街区が見えてくる。


「本当にお金に困ってるってさ、こういうことだよね」


 歩きつつ、ファルザードが言う。


「喋るだけでお金が貰えるなら、って思っちゃう。自分が喋ったことで誰かを陥れるかもしれない、っていうのに気づかない。怒風組って、彼らからしたら恩人で、大好きな存在であるはずなのにさ。こんな簡単にあかの他人に話しちゃうんだな」

「ああ……、そうだな。みんな、想像以上に口軽かったな」

「そういうのを考えつくのってさ、心のゆとりだったり、教養だったり、忠誠心だったりする。お金だけじゃどうにもならない部分だけど、お金があればある程度解決する話だったりもする」


 補足するように「今回喋った人たちが悪いわけでもないと思うんだけどね」と呟く。


「ま、僕は用事が済んだらワルダに帰るからヒザーナのことはどうでもいいんだけどさ」

「って言っても、ヒザーナもワルダも帝国の一部だからな。こういう――何て言うんだ、空気? こんなのがワルダにもうつったら困る」

「そう、それなんだよね。だからザイナブ様は僕たちの頑張りが帝国全体の平和につながるって言ったのかもしれないなぁと思ったり思わなかったりやっぱりザイナブ様と僕の暮らしが穏やかなら何だっていい気もしなくもなかったりでもザイナブ様がワルダを継承したらワルダがこんなふうになるのは嫌だなって思ったり思わなかったり……」


 ファルザードも少し混乱しているようである。ギョクハンは、どっちだ、と思ったがあえて突っ込まなかった。


皇帝スルタンってどんな奴なんだろ。会って殴りたくなるような人だったらどうしよう」

「お前がひとを殴りたくなるってよっぽどだな。その場合俺が止めるから大丈夫だ、と、思うけど。俺が皇帝スルタンを殴りたくなったら、お前が止め――止めて、くれるか?」

「が、がんばる」


 そして、腕組みをする。


「それにしても、ジーライルって何なんだろうね」


 ギョクハンはまたたいた。


「何だ突然」

「いや、僕らがたかだか半日歩き回っただけで分かることをジーライルが把握していないわけがないと思うんだよね。ここが本拠地って言ってたし、商売をするのにこういう情報は必要でしょ。しかもアズィーズ様の密偵もやってるんでしょう?」


 言われてから気づいた。


「もっと言えば、ジーライルだけじゃなくて、アズィーズ様が何なんだろう」


 立ち止まって、顔を見合わせる。


「これは本当に試験で、自分たちにはできることを僕らができるかどうか試しているんだろうか。それとも自分たちにはできないことを僕らにやらせようとしている……?」


 ファルザードが薄紅色の唇を尖らせる。


「できない場合、何ができないんだろう。情報を集めることが? 情報を集められても実行することが? ワルダから来たよそ者の僕らにやらせるより地元民のあの二人がやった方が早いだろうに、いったい何が引っ掛かっているの……?」


 考えたこともなかった。ギョクハンはただ目の前のことを解決するのにせいいっぱいで、アズィーズとジーライルのことまで頭が回っていなかったのだ。


「あの二人が怪しいってことか。怒風組とつながってるかも、とか?」

「逆かもよ。あの二人、面が割れてるのかもしれないよ。怒風組か、もしくは、この辺の貧民窟の人たちに――あるいは両方に。ワルダから来た僕たちは知らないだけで、ヒザーナでは有名人なのかもしれない。だから身動きが取れないのかな、と思った」


 ファルザードが「ジーライル、怒風組の犯行声明の写しを持ってきたんだよね」と言う。聞いてからはっとする。


「なんでジーライルが持ってるの? アブー・アリー氏と裏でつながってるの? アブー・アリー氏が非合法なことはしていないとなると、ジーライルやアズィーズ様も非合法なことをせずに宮廷の高官であるアブー・アリー氏と接触できるのかな」


 それから、「それにね」と呟く。


「あともう一個気になることが」

「何だよ」

「怒風組の団員たちは円城の中に現れた。でも円城には東西南北の四つの門からしか出入りできない、どの門も帝国軍の兵士が守ってて怪しい人間が通ることは許されない。じゃあ怒風組の連中ってどこをどうやって通って円城に入ってきたの?」

「あ」

「誰かが手引きしたの? 門番やお役人には知られずに……?」


 ギョクハンとファルザードはジーライル経由でアズィーズから貰った通行証を持っている。アズィーズが一言通行を許可すると書いただけのもので、アズィーズの正体の手がかりになることは何もない。だが、門番の兵士たちには絶大な効果があり、すぐに二人を通してくれた。その時はアズィーズも円城の中に屋敷があるのだろうという程度にしか考えていなかった。


「怒風組は想像以上に中央政府に食い込んでいるのかもしれないな」


 自分の唇に、指先で押すように触れる。


「僕は逆に、自分たちがどんどん皇帝スルタンに近づいていっている気がするから、いいけど。なんかちょっと――」

「怖いな」


 ギョクハンが言うと、ファルザードが笑った。


「ギョクがそう言ってくれると、なんだかほっとするよ」





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