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狼の子と猫の子のアルフライラ  作者: 日崎アユム
第6夜 正義は我にあり

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第5話 こういうタイプの悪役です

 かがり火がこうこうと燃えている。時折爆ぜる音がする。夜の闇の中は静かで他に何の音も聞こえてこない――はずだった。


 金属のこすれ合う音が聞こえてくる。


 その音はやがて足音をともない、かがり火の並ぶ中庭、その脇に続く列柱を抜け、彼が待つ前面開放広間イーワーンの奥へ辿り着いた。


「申し上げます!」


 首を垂れたのは若い兵士だ。鎖帷子の上に濃緑の外套マントをまとっている、ナハルの兵である。


 若い兵士の視線の先に、彼が座っていた。


 中年の男だ。巻き布(ターバン)で覆った褐色の髪にはわずかに白髪が交じり始めていて、伸ばして整えた顎ひげにも霜が降りている。眼光はぬらぬらと輝いており、ひげの中の薄い唇は嘲笑うように端を釣り上げていた。しかし体躯は筋骨隆々としており、彼がいまだカリーム騎士として衰えていないことを暗に示している。


 金で縁取った布張りの椅子に深く腰掛けている。右手には紅い葡萄酒の入った酒杯を持ち、左手で膝の上に眠る長毛のアシュラフ猫を撫でている。


「三機目の投石機の手配が完了いたしました! ムハッラム様のご指示を頂戴し次第投石を開始いたします!」

「大きな声を出すな。猫が起きてしまう」


 男――ムハッラムが、背もたれに預けていた上体を起こした。兵士の声ではなく、ムハッラムが起きたことに反応したようだ。膝の上の猫が顔を上げた。そして我関せずの顔で床に下り、四肢を踏ん張ったまま背中を丸め尾を立てて伸びをして、そのうち夜の闇に消えていってしまった。ムハッラムが名残惜しそうに「ああ、かわい子ちゃん」と呟いた。


「ワルダ城からは何の音沙汰もないのかね」


 そう言うと、別の兵士が前に進み出てきた。


「申し上げます! ございません! ですがワルダ城内における別の情報を入手いたしました!」

「ほう。聞こうか」

「城主、将軍アミールハサンは確かに死亡した模様です! ワルダ城から逃亡した奴隷を捕獲して詰問したところハサンの埋葬を目撃したとの情報を吐きました!」

「ふむ。哀れな男だ、大事にしていた奴隷に逃げられてそんなことを言われるとは。古い友人として悲しく思う」


 口ではそう言うが、ムハッラムは表情ひとつ変えなかった。


「ワルダ城の危機を察した者が数名逃げ出しております」

「数名、とな? 想像していたよりも少ないな」

「ハッ。逃げたのはいずれも将軍アミールハサンに仕えていた若い男の家内奴隷で、城に逃げ込んだ自由民はまったく出てきません」


 ムハッラムが声を上げて笑った。


「こういうのを、東方の宗教では因果応報と言うそうだ。ハサンめが、可愛がってきたツケを支払わされている」


 そして、「その者たちはどうした」と問い掛けた。兵士がまた深く首を垂れ、ムハッラムの顔を見ずに答える。


「全員捕獲して別の棟に収容しております。拷問などせずとも情報をべらべら喋ります」

「それで、城の中の状況はどうなっているか分かったかね」

「女将軍(アミール)が取り仕切っている模様です。女将軍(アミール)のもと、奴隷軍人マムルークたちは団結して籠城戦を乗り切ろうと士気を高くしているとのよし」

「おお」


 ムハッラムが恍惚とした表情を浮かべる。


「『勇敢なる月カマル・アッシャジューア』……! なんとできた娘だ」


 それから「何としてでも欲しい」と言い、右手の酒杯を持ち上げて振った。


「あの娘は皇妃の器だ。必ず私のものにする」


 二人の兵士がさらに深く首を垂れる。額が床につく。


「『勇敢なる月カマル・アッシャジューア』に送った恋文の返事はまだか」

「破り捨てたとの情報が」

「生意気な!」


 酒杯を床に叩きつけた。


「だが、いいだろう。私は寛大な男だ。それに女は少し生意気なところが可愛い。その花が散る時に泣くのを見るのが男の生きがいなのだ。大事に大事にしつけるのだ……」


 そこで、三人目の兵士が入ってきました。


「ムハッラム様に申し上げます!」

「何だ」

「城を最初に抜け出した二人の情報が分かりました!」


 それを聞くと、ムハッラムは「おっ」と呟いて三人目の兵士の顔を見た。


「一人目は奴隷軍人マムルークのトゥラン人はギョクハンと申す者。年は十五、釣り上がった目の少年で、細かく編み込んだ髪をひとつにまとめているそうです」

「十五とは、そんなに若いのか」

「それがどの逃亡奴隷も口を揃えて申します――ワルダでもっとも優秀な戦士、騎射では並ぶ者のない名手、近接戦でも二振りの刀を振るって敵兵を薙ぎ倒す猛者である、と」


 ムハッラムは顎ひげを撫でた。


「その小僧が追わせていた兵士たちを返り討ちにしたのかね」

「おそらくは」

「気に食わん」


 次に「もう一人は」と問う。三人目の兵士が首を垂れる。


「二人目は酒姫サーキイのアシュラフ人はファルザードと申す者。年は十四、大きなあんず型の目の少年で、少し癖のある長い黒髪をしているそうです。なんでも、ハサンが一番可愛がっていた寵童とかで」

「おお、可哀想に。その子はどうしたかね、さぞかし恐ろしい思いをしていることであろう」

「それがどの逃亡奴隷も口を揃えて申します――ワルダでもっとも優秀な賢者、将棋シャトランジでは並ぶ者のない名手、ワルダ城の書物を読み尽くし異教徒ながら啓典をすべて暗唱する猛者である、と」

「面白くない」


 ムハッラムは椅子に深く腰掛け直した。


「その坊やたちの足取りはつかめたのかね」

「申し訳ございません。ですがヒザーナに向かったことは判明しております」

「ヒザーナか。まずいぞ」


 両手の指と指とを組み合わせる。


「腰抜けの皇帝スルタンはともかく、皇帝スルタンの息子にお目通りしようものならば厄介なことになる。奴は私が『勇敢なる月カマル・アッシャジューア』を欲していると知ったら兵を率いて突っ込んでくるかも分からないからな。何せ奴にとったら自分の嫁が狙われていることになる、面目を潰されたと思って怒るに違いないのだ。そうなればあの皇帝スルタンでは息子を止められん」


 かがり火の爆ぜる音がする。


「先回りしよう。皇帝スルタンにたどりつく前に始末する」


 三人の兵士が深く深く礼をする。


「文箱を持て」

「お手紙をしたためられますか」

皇帝スルタンの動きを止める最大の難関を押さえるのだ」


 唇の端を、片方だけ、持ち上げた。


「大宰相(ワズィール)にこのムハッラムを助けていただくことにしよう」






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