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狼の子と猫の子のアルフライラ  作者: 日崎アユム
第5夜 帝都ヒザーナにご到着!

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19/40

第1話 ごはんおいしい

 何の困難もなく二日半で帝都ヒザーナについてしまった。


 まだジーライルをいぶかしんでいたギョクハンだったが、こうして事件事故もなくヒザーナに案内してもらうと、警戒して緊張しているのが間違いのような気がしてくる。


 騙されてはいけない。まだほだされるには早い。


 しかし、ヒザーナの一番大きな隊商宿キャラバンサライ、中でも追加料金を取られるほどの上等な食堂に案内されて「おごるよ」と言われてしまうと、食べ盛りの少年の心はぐらぐらと揺れた。


 絨毯の上に並べられた豪勢な料理――焼きたての香ばしい匂いが漂う麺麩パン、水分たっぷりの鮮やかな刻み野菜の盛り合わせ、ひよこ豆の温かい汁物スープ、ほうれん草の冷製汁物(スープ)、川魚の焼き物、香辛料が香り高い炊き込み飯(ポロウ)、野菜と羊肉の挽き肉を薄焼き麺麩パンで巻いた巻き物(シュワルマ)、磨り潰した豆の練り物、山羊の乾酪チーズ――中でもとりわけ炭火の香り漂う肉汁たっぷりの巨大な炭焼き肉(ケバブ)の山盛り――


 ギョクハンは食べた。とにかく食べた。胃を満たすまでひたすら食べ続けた。喉をひよこ豆で潤しほうれん草で潤し肉汁で潤した。食べるというより飲んだ。次から次へと口に入っていった。


 隣のファルザードも、だ。その細い体のどこに入っていくのか黙々と肉を食べ続けた。麺麩パンもしっかり食べた。刻み野菜の盛り合わせも一人で二人前を平らげた。


「……君たち、よく食べるねぇ」


 いつもへらへら笑っていたジーライルが、初めて苦虫を噛み潰したような顔をした。


 うまい。


 甜瓜メロンもすするように食べ、小麦粉と砕いた開心果ピスタチオを練り込んでかたまりにした焼き菓子(バクラワ)も口に放り込んで、ようやくひと息ついた。


「あの……、ギョクくんで三人前、ファルちゃんで二人前――」

「ごちそうさまでした!」

「お腹いっぱいになった……? よ、よかった……ね……」


 ジーライルが蒼い顔で「そんなに飢えてたの……」と呟く。


「ひとの金で食う飯はうまいなあ」

「僕、羊、だいすきー!」

「うっそーん……僕めちゃくちゃ軽率なこと言った……」


 それでも支払う気はあるらしい。震える手で食後のお茶を飲みつつ、「まあ……いいけど……」と言う。


「こんなことなら五万金貨(ディナール)持って歩けと言うべきだったか」

「ここまで来てシャジャラには戻れないな」

「ヒザーナの宿楽しみだなぁ!」


 あぐらをかいたまま、後ろの床に左手をついた。伸びをするように背中をのけぞらせつつ、右手で腹を叩く。満腹だ。だが鍛えられたギョクハンの腹筋はさほど大きく膨れるということはない。


 ファルザードも両手を後ろについて背筋を伸ばしていた。その表情は満足そうな笑顔だ。シャジャラを出た時の暗い雰囲気はなかった。


 シャジャラを後にした直後は重い沈黙が漂っていた。ギョクハンも口を利く気になれなかったし、ファルザードもおとなしくしていた。


 だが、目的地につき、腹いっぱいおいしい料理を食べると、人間は気が緩んでしまうものである。


「で、今後のことなんだけどさぁ」


 ジーライルが言う。


皇帝スルタンに口利きをするっていう話」


 ギョクハンもファルザードも上半身を起こした。


「とりあえず、まずは、僕の出資者、最初に言っていた皇帝スルタンと近しい間柄の高貴な人に会わせるよ」


 ファルザードが「待ってました」と手を叩いた。


「このお方もちょっと気まぐれなところがあって今具体的にどこにいらっしゃるのか分からないんだけど、シャジャラにいる間に伝書鳩で連絡を取り合った時にはヒザーナで僕の帰りを待っていてくれると言っていた。すぐに居場所を確認して段取りをつけようと思う。できるだけ急いで、明日か、遅くても明後日にでも二人と面会できるようにする」

「なんだ、待たなきゃいけないのか。ジーライルほどデキる商人だったら僕らが知らない間にとっとと約束取り付けてくれてると思ってた」

「いやね、僕は確かに優秀で有能で完璧で完全な人間だけどね、君たち二人を抱えて砂漠を越えている間に君たち二人に分からないような行動をとることはできないの。君たち二人は自分たちが案外すごいことを理解した方がいいよ、とても十四、五だとは思えない」

「そうか? ごくごくふつーのその辺にいる奴隷軍人マムルークだ」

「そうそう、まあ僕は百万金貨(ディナール)のちょー可愛い酒姫サーキイですけど」

「砂漠の盗賊を一掃してシャジャラの化け物騒動を解決した二人が何を言うか。ここらの商人の間ではすっかり有名人なんだからね」

「どっちもお前が言いふらした事件じゃねーか!」


 ギョクハンは肝を冷やした。自分たちがこうして活動していることがナハルのムハッラムに知られたらどうしようと思ったのだ。

 一応ワルダを出た直後に襲われて以来追っ手には会っていないので、ギョクハンとファルザードの姿を見たナハル兵はすべて始末できたのだろう。しかしそもそもの脱出した段階、城門付近で多くのナハル兵が二人の人間がワルダ城を出ていったところを見ている。いつギョクハンとファルザードが特定されるか分からない。


 ギョクハンは誰にも自分たちがザイナブの遣いであることを明かしていない。ファルザードも、ワルダから来たことは言ってもワルダ城から来たことまでは話していないようだ。


 シャジャラの化け物騒動以来、ギョクハンはファルザードを信用するようになっていた。ファルザードはけして愚かではない。むしろそこそこ――少なくとも脳味噌まで筋肉のギョクハンよりは――賢いとみた。ギョクハンやザイナブを不利にすることは言わないだろう。


「で、そのお方から皇帝スルタンへは直結と言ってもいいくらいすぐだから、皇帝スルタンの予定さえ合えばいつでもお会いできると思う。何の話だか知らないけど、おしゃべりさせていただくのに丸一日はかからないでしょ。ご公務とご公務の間に滑り込ませていただけないか頼むといい」


 そして、「何の話だか知らないけど」の部分を繰り返した。


「ねぇ」


 ジーライルが身を乗り出す。


「君たち、どうして皇帝スルタンを目指してるんだい?」


 ギョクハンは息を呑んだ。隣でファルザードも緊張しているのが伝わってきた。


「ワルダとナハルの騒動と、何か関係があるのかい?」


 ジーライルの瞳がいたずらそうに光った。よく見ると、ほんのり緑のまざった琥珀色をしている。


「――そうだよ」


 ファルザードがそう答えたので一瞬ひやりとしたが、


「今のワルダは危ないから、逃げてきた。皇帝スルタンに何とかしてほしい。――それじゃだめなの?」


 ギョクハンは頷いた。


「ジーライルはそれを知ったところでどうするんだ? やめるのか?」


 ジーライルが肩をすくめた。


「シャジャラで化け物退治をしたら僕の出資者に会わせると約束した。商人は信用第一だからね、僕は嘘はつかない。その約束だけは守る」


 そして「ただし」と続ける。


「僕の出資者がその後どうするかは分からない。かのお方が君たちをどう思うかは分からないんだ。皇帝スルタンに取り次ぐまでもないとご判断なさったらそこまでかもしれない。あるいは――君たちが危険だと見たら、ヒザーナから排除しようとするかもしれない。かのお方は帝国の治安の悪化をご心配なさっている、君たちほどの有名人を野放しにはしないだろう」


 その声はいつになく真剣だ。


「かのお方には、ちゃんとお話しするんだよ」


 おされて、ギョクハンはつい、「分かった」と答えてしまった。


 いずれにせよその出資者というのは帝国の立場ある人間だ。もしかしたら、皇帝スルタン直属軍の高位の武官かもしれないし、皇帝スルタン書記カーティブのような高位の文官かもしれない。そうなったらその人にも援軍の手配をしてもらわなければならなくなる。


「ね、ジーライル」


 ファルザードが問い掛ける。


「その偉い人って、何してる人?」


 ジーライルは笑った。


「ナイショ」





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