第2話 協力するとはいったい
翌日、ギョクハンとファルザードが食堂で朝食をとっていると、約束どおりジーライルが現れた。
彼はまず二人を自分の縄張りだという商館に連れていった。どうやら毛織物や絹布などの高級な布製品を扱う商人たちの商館らしい。中は人でごった返していたが、誰も彼もがジーライルの姿を見つけると声を掛けてきた。ジーライルはここに知り合いがたくさんいる。絨毯商人であることは嘘ではなかったようだ。
商館で化け物騒動の情報を集めた。どの商人もシャジャラの夜に現れる化け物のことを知っていた。ただ、夜にしか現れない、物品を盗り女性をさらう、強力で凶悪で退治に乗り出した腕利きたちを鋭い爪で返り討ちにする、などなど、ジーライルがすでに説明した話以上のことは出てこなかった。いわく悪い精霊らしい。けれど誰もその姿を確かめた者はない。
「悪い精霊なら啓典の章節を読んだり祈りの文句を唱えたりすれば消えるんじゃない?」
ファルザードがそう問い掛けると、商館の職員たちが黙った。
「まあ、そうするはずだった人もいたんだけどね」
おそらく死んだのだろう。
「じゃ、効果がなかったってことだ」
全員が沈黙した。意図せずカリーム人たちの信仰が試されてしまったようだ。ギョクハンは空気を察して小声で「おい、それ以上言うな」と言った。ファルザードも「うん、やめとく」と頷いた。
「退治して帰ってきてくれたらシャジャラの商人たちが用意した賞金をあんたたちに払う。よろしく頼む」
館長が二人に頭を下げる。金銭は求めていないが、貰えるものはとりあえず貰っておいた方がいい。ギョクハンは一応「いくら貰えるんですか」と訊ねた。
「前金で一万金貨、成功報酬として四万金貨、合計五万金貨だ」
「ごまんでぃなーる!? そんな数の硬貨持って歩けねぇよ!」
「シャジャラの銀行に預けておけ、いつでも引き出せるようにしておいてやるから」
とりあえず、ジーライルが提示した情報に嘘はなさそうだ。いくらジーライルの縄張りとはいえ、人の出入りの激しい商館にいる百人近い人々が全員口裏を合わせて二人を騙そうとしているというのは非現実的だ。
「二人とも、頑張ってねっ!」
ジーライルが両手で、まずはギョクハンの手を、それからファルザードの手を握り締める。
「いや、二人とも、って。俺一人で行くけど。ファルは隊商宿に置いていく」
ファルザードも頷いた。
「僕、剣も弓もできないし。ギョクが帰ってくるのをおとなしく待ってようと思うけど」
ジーライルがすっとんきょうな声で「なぁーに言ってるのさ!」と言った。
「二人が協力しなきゃだめだよ!」
「だから――」
「ファルちゃんが精霊を呼び寄せてくれなきゃ、ギョクくんはどうやって精霊を探すんだい?」
ギョクハンもファルザードも、顔をしかめた。
「精霊は夜一人歩きをしている女性を狙って出るんだよ」
「つまり――」
「ファルちゃんほど可愛かったらおびき寄せられると思わない?」
ファルザードが自分の手に額を当てた。
「僕に女装して夜の街を一人歩きしろって言ってるの!?」
ぱちんと指を鳴らして「ご明察!」と言う。
「めちゃくちゃ危ない役じゃない!? そんなの五万金貨でやらされるのやだよ!」
「ギョクくんが頑張ればいい話だよ」
「ちょ、ええー!?」
ファルザードがギョクハンの顔を見る。その大きな瞳が助けを求めている。
ギョクハンは悩んだ。またファルザードが足を引っ張ったらどうしようと思ったのだ。いつもいつでも完璧に守り切れるわけでもない。正体不明の化け物の退治に行くのである、人間相手には負けない自信のあるギョクハンでも、人外の魔物相手にどこまでやれるか分からなかった。
しかし、
「女が一人で歩いてないと出てこないんだよな?」
「そうなんだよ」
「俺じゃだめだ。がたいがよすぎる。ファルに女装させて餌にした方が手っ取り早いな」
ファルザードが「ギョクまでそんなことを!」と言ったが、「お前顔可愛いから大丈夫だろ」と突っぱねた。
「まあ、確かに僕は超絶可愛いけど、美少年である前に、十四歳のか弱い家内奴隷なんだよ」
「ご自慢の百万金貨の顔を役に立てろよ」
全力で「おぼえてろよ!」と叫ばれた。こっちの台詞である。
昼食をとる前に、三人は市場に出掛けた。化け物退治に必要だと思われるものを集めるためだ。費用は商館が負担してくれると言うので、せっかくだからとギョクハンはめいっぱい持てるだけの矢の材料や刀の手入れの油と布を買うことにした。化け物退治が終わったあとにも使える。
ファルザードはジーライルに連れられて女物の服を見ていた。ジーライルはファルザードにあれやこれやと女性向け外套や頭布をあてがって楽しそうにしている。もはや当初の目的を忘れて着せ替え人形遊び状態である。当人が面白くなさそうな顔をしているのは無視だ。
最後、ファルザードが「日用品の店に行きたい」と言い出した。ジーライルは気前よく承諾した。「これが人生最後の買い物になるかもしれないし」と言ってファルザードの目を真ん丸にさせたあと、「冗談だよ可愛い可愛いファルちゃんの旅路を支援するためだよ」と笑った。
「何を買うんだ?」
ファルザードは、言葉では何も答えることなく黙って、何重にも巻かれた長い麻縄と、腰にくくりつけられる中では最大だと思われる小さな甕にいっぱいの油を買ってきた。
「いや、何が何でも生き残りたいので、僕もちょっと本気を出そうかと思って」
「何に使うんだよ」
「本当に精霊に会えたら分かるよ。絶対必要だったなって思うからね」
だいぶご機嫌斜めらしい、「見てろよ」と息巻いている。
「これで全部かな?」
「おう」
「はーい」
「じゃ、一回商館に戻ろうか。日が暮れるまでのんびりするといい」
ジーライルが「馬は僕が商館で預かるよ」と言う。彼は信用ならないが、商館なら他にも大勢人がいて誰かは見ていてくれるだろう。それに街中では騎馬の本領を発揮できない。街はどこもかしこも一本脇道に入ると細い小路で袋小路も多いのだ。ファルザードを囮にして歩くことを考えても、馬のひづめの音などが響くのはよろしくない。
ギョクハンは「絶対盗んで転売しようとは考えるなよ」と念押ししてからジーライルに馬たちを預けた。ジーライルは「まあ二頭とも賢いから何かあっても逃げそうな気がするけど」と答えた。確かに黒馬はギョクハンを恋しがって何らかの行動を取ってくれるだろう。ジーライルというより黒馬を信じる。




