第3話 ちょっと味見しちゃおうかな
ギョクハンが二振りの刀を抜いたのを見て、周囲の男たちは少し驚いたようだ。ある男の剣の切っ先が揺らいだ。その隙を突いた。狙ってその男の間合いに踏み込んだ。右の刀で左手首を、左の刀で右手首を斬り、跳ね飛ばす。
男の絶叫が夕暮れの砂漠に響いた。
「何だこのガキ!?」
右の刀を横に薙ぐ。両手首を失った男の首を刎ねる。男の胴体と頭が別々に砂の上へ転がった。
男たちがひるんだ。
さらに一歩踏み込んだ。右側にいた男の背中を右の刀で斬りつけた。男の悲鳴が上がる。
馬たちもギョクハンに呼応した。
まず動き出したのは白馬の方だった。白馬は突如いなないて後ろ脚二本で立ち上がった。手綱を引いていた男が驚いて手を離した。それとほぼ同時に体の向きを変え、後ろ脚でその男を蹴り飛ばした。ギョクハンはその蹴り飛ばされて砂の上に転がった男の胸元に刀を突き刺した。
黒馬が駆け寄ってきた。ギョクハンは身を翻して黒馬に飛び乗った。
走る。逃げようとする男の背中を前脚で踏みつける。地面に倒れたところを再度踏んだ。男は潰れた声を上げ一度手足をびくつかせてから沈黙した。
四人とも仕留めた。
そう思ったのだが、
「動くな!」
振り向くと、隊商の隊長だと名乗った男がファルザードを後ろから抱え込んでその細い首に長剣の切っ先を向けていた。
ギョクハンは舌打ちをした。ファルザードが人質に取られたのだ。またファルザードに足を引っ張られる。このまま見捨てて殺させてしまってもいい気もしたが、せっかくナハル兵から守ってここまで連れてきたファルザードを盗賊だか何だかの得体の知れない集団にやられるのは少し悔しい。
隊長と睨み合う。
「貴様ら盗賊だったのか」
隊長改め盗賊団の頭領は笑った。
「一応言い訳をしておこう。俺たちは商売も真面目にやってる。隊商なのはまるっきり嘘ってわけじゃない」
「盗品を売る商売だもんな」
思わず唸ってしまった。ファルザードが正しかったのだ。水と食料を与えられて素直に信頼を寄せてしまった自分が情けない。餌を与えて獲物をおびき寄せるのなどよくある狩りの手法だ。
「俺はどうしたらいい?」
あえて訊ねた。ファルザードを人質に取られている以上へたに動いてはいけないと思ったのだ。
「何をしたら貴様らは満足する? 馬か」
「馬も、荷物も全部置いていってもらう」
そして、ファルザードの豊かな黒髪に頬を寄せる。
「この子もだ」
予想外のことに、ギョクハンはつい目を丸くしてしまった。
「え、ファルを引き取ってくれるのか?」
「いらないのかな?」
「馬はやれないけどファルはやってもいいな」
ファルザードの表情が泣きそうに歪んだ。さすがに胸が痛んだので慌てて「冗談だ」と言った。
頭領がファルザードの髪に頬擦りしながら剣を持っていない方の手でファルザードの顎をつかんだ。ファルザードに顔を持ち上げさせた。
「アシュラフ産の美少年だ。そっちが好きな人間に高値で売れるぞ」
ぞわりと鳥肌が立った。
男の舌が、ファルザードの目元をなぞる。
「その前に、ちょっと味見しちゃおうかな……」
顎をつかんでいた手が、ファルザードの薄い胸を撫でる。その手の動きには汚らしい欲望を感じる。
ギョクハンは今の今まで考えていなかった。ファルザードは少し小ぎれいなだけの自分とさほど変わらない少年だと思っていた。
なぜ気づかなかったのだろう。
美しい少年は性の対象になる。
気持ちが悪い。
ファルザードが硬直している。目を丸く見開き、自分の顔にかかる男の吐息を嫌悪して唇を引き結んでいる。
ギョクハンは刀をしまった。
その行動を、諦めだと取ったのだろうか。頭領の周りにいた男たちが、静かに歩み寄ってきた。
弓袋から弓を引き抜いた。
男たちが固まった。
矢をつがえた。頭領に向かって放った。
頭領の左の眼球を射抜いた。
絶叫が響いた。
手が離れた。ファルザードが解放された。
「逃げろファル! 天幕の方に行け!」
ここに頭領とその配下の者五人、死体が四つ、合計十人いる。これで全員のはずだ。天幕の群れに盗賊が潜んでいる可能性はない。
ふたたび矢を放った。頭領の近くにいた男の胸に突き刺さった。男が倒れた。
「セフィード!」
何もせずに突っ立っていた白馬の名を呼ぶ。
「お前ファルの方に行け!」
白馬も賢い。ファルザードの方へ向かって駆け出した。そのうちファルザードと並んで、彼のために立ち止まった。ファルザードがよじ登るようにして馬の背にまたがる。
白馬が走り出すと、徒歩の盗賊たちはついていけなくなった。彼らはまだファルザードを捕らえようとしていたようだが、ギョクハンがさらに矢を放ったのでその場で絶命して転がった。
二人がなりふり構わずギョクハンに向かってきた。ギョクハンは左手に弓を持ったまま右手で一振りだけ刀を抜いた。
まずは一人目と剣を合わせ、弾き飛ばす。返す手で首を切り裂く。たじろいた二人目は脳天に刀の柄の尻、頭金を叩きつけた。頭蓋骨の砕ける音がした。
ファルザードが天幕に辿り着いた。
ギョクハンははっとした。
天幕の群れの中にジーライルが立っていた。彼は腕組みをしてこちらを眺めていた。
ジーライルも盗賊団の一人なのだろうか。
彼は丸腰だ。しかもファルザードは馬に乗っている。すぐにどうこうなるとは思わなかったが、念のためギョクハンは急いで黒馬に乗ってファルザードの後を追った。
ファルザードとギョクハンの間に、盗賊団の最後の一人がいた。彼は自分の両足で走っていた。ファルザードを捕まえようとしたのか、天幕に戻ってから逃げようとしたのか、定かではない。
「ジーライル!」
男が叫んだ。
ジーライルは涼しい顔をしていた。
「お前、何を見てるんだ! 協力しろよ!」
男がジーライルに駆け寄る。
ギョクハンは目を丸くした。
ジーライルが男に腕を伸ばした。男の腕をつかんで引き寄せ、自分の肩の上に持ち上げた。ジーライルの肩の上で、男の腕が本来ありえない方向に曲がった。
男の叫び声が上がった。その場に崩れ落ちた。
ジーライルはやめなかった。男の首に後ろから腕を回した。
力を込めた。
男の首が、音を立てて、折れた。
男が泡を吹き、力なく舌を出した状態で、沈黙した。
ファルザードが、立ち止まった。ギョクハンも、立ち止まった。
ジーライルは、微笑んだ。
「お見事! ギョクくん、君、強いね! 僕何にもすることなかったよ! いやぁ、助かるなぁ!」
その声は明るく陽気で能天気だった。




