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狼の子と猫の子のアルフライラ  作者: 日崎アユム
第3夜 100万金貨《ディナール》の超高級奴隷

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第2話 連れション

 隊商キャラバンの人々が用意してくれた小さな天幕テントの中で、ファルザードとジーライルが喋り続けている。

 最初は面倒臭そうな顔をしていたファルザードだったが、話を聞いているうちにだんだんほだされてきたらしい。ギョクハンは今でもジーライルが鬱陶しくてまったく相手にしていないが、ファルザードはジーライルにあれこれと質問を始めた。


「ジーライルはどこの出身なの」

「僕はジョルファ人だよぉ。でもいろいろあって故郷を出てもう何年も経つ。今の拠点はヒザーナだからどこに帰るのかと聞かれたらヒザーナと答えるけど」

「ジョルファ人かあ、なるほどねー! ジョルファ商人なんだね」

「そういうことさ。まあ任せておくれよ、僕はジョルファ語カリーム語アシュラフ語ユーナーン語ができる、これだけできれば世界のどこに行っても商売ができるよね」


 トゥラン語ができないのでは、と思ったが何も言わなかった。ギョクハンの故郷の草原は見渡す限り何にもない辺境だ。ジーライルの言うとおり、この大陸で商売をするならカリーム語とアシュラフ語ができれば充分だった。


 ジョルファ人とは、予想どおり、北方の山岳部に住む異教の民族のことだ。しかしギョクハンの知り合いには一人もいないので、民族名と大雑把な本拠地以外のことは知らない。ファルザードは何かに納得したようだったが、ギョクハンは何もぴんと来なかった。


 ギョクハンは会話にまったく参加していない。同じ天幕テントの中にはいるものの、床代わりに敷いている安物の絨毯の上に寝転がった状態で二人には背中を向けていた。昼食をとってからずっとこんな姿勢でうたた寝を繰り返している。


 外は快晴の午後だ。殺人的な日光が砂を焼いている。隊商キャラバンの人々は日が暮れてから再出発すると言っていた。それまで少しでも体を休ませておきたい。なのに、ファルザードとジーライルがあまりにもうるさくて熟睡できない。よくも中身のない話題で喋り続けられるものである。何度か文句をつけたがジーライルに「嫌なら出ていってくれてもいいんだよーん」と言われてギョクハンは諦めた。


「ファルちゃんはアシュラフ系かな?」

「そう、北アシュラフの湖の方の出だよ。って言ってももうワルダに連れてこられて三年になるんだけどね」

「やっぱりアシュラフ系は美人が多いよねぇ、ファルちゃんもこりゃまた絶世の美少年で」

「どうもー! そう、僕本当に可愛いからぁ。もっと言って!」


 今朝はおとなしかったファルザードがもとに戻ってしまった。これを連れて歩くのだと思うと憂鬱だ。


「僕は両親ともアシュラフ人だよ。お父さんが拝火教の神官マギだったんだ」

「ってことは本物の純血種なんだねぇ。血統書付きのアシュラフ猫、お高かったんでしょー」

「そりゃあもう。僕は百万金貨(ディナール)の超高級奴隷なんだよ」

「どれだけ稼げば買えるんだろ? まあ僕は旅が多いし一人旅が好きだから奴隷は一生買わないと思うけど」

「ジーライルは? ジーライルはやっぱりジョルファ正教?」

「ご明察!」

「このご時世でジョルファ正教は苦労するなあ」

「へっへっへーん! まあ僕は超有能な商人だから人頭税ジズヤもちょちょいと払っちゃうよね!」

「異教徒ってだけで税金増えるのほんとしんどいよねー。僕は奴隷だから払ってないけどさ」

「真面目な話、ジョルファ正教も一神教で啓典の民だからそれほどヤバい感じじゃないよ。税金払えば文句はないみたいだ、棄教しろって言われたことはないね」

「ふうん……」


 そこでギョクハンは体を起こした。


「ギョク?」


 天幕テントの出入り口に手をかける。


「どこ行くの?」

「ションベン」


 ファルザードも立ち上がり、「僕も行く」と言った。ジーライルが「行ってらっしゃい」と手を振る。


 天幕テントの外に出ると、遠く西の地平線に日が落ちようとしていた。そろそろ出発の時間だ。


 天幕テントから少し離れ、砂が丘状に盛り上がっているところを一度のぼりおりしてから帯に手をかけた。


「ね、ギョク」


 ファルザードは用を足す気配がない。斜め後ろからギョクハンを眺めている。


「何だよ。お前はジーライルとおしゃべりしてろよ」

「ううん、もう二人で出ない?」

「二人で?」


 水気を切りながら振り向いた。ファルザードは真剣な目でギョクハンを見つめていた。


隊商キャラバンのみんなは?」

「あの人たち、僕、あんまり信用できない」


 ギョクハンは顔をしかめた。


「らくだに積んでいる荷物が少ない。港で買い付けをした帰りにしてはちょっと身軽すぎる」

「港で売ってからシャジャラに帰るところなのかもしれないだろ」

「見ず知らずの人間に水と食料を譲るなんてさ」

「ひとの善意を踏みにじること言うな」

短剣ジャンビーヤの他に長剣を差してる」

隊商キャラバンが何のために集団になると思ってるんだ、協力し合って盗賊とかから身を守るためだろ。そんな常識も知らないのかよ」


 袴を直し、帯を締める。しゃがみ込み、砂で手を洗う。


「お前みたいな足手まといと二人きりは俺だってしんどい、ジーライルがお前の相手をしてくれるんなら万々歳だ」

「そんな言い方――」


 言い掛けてから、ファルザードはうつむいた。


「そうかもね。本当に盗賊に襲われた時戦うのは結局ギョクなんだし、ギョクが楽な方でいいよ……」


 話しているうちに声が小さくなっていく。そんな姿を見ていると少し心が痛む。いじめている気分になってしまうのだ。


 だがギョクハンも自分自身の身の安全、ひいてはザイナブの身の安全がかかっている。ここでファルザードに負けるわけにはいかない。


「ジーライルこそ怪しいだろ、あんなべらべら喋ってて胡散臭いこと無限大。ついでにジョルファ人って何なんだ? ワルダ城にはいなかったよな」

「うーん、僕もジーライルのこと全面的に信用してるわけじゃないけど。ジョルファ人っていうのはね――」


 言葉が切れた。


 ファルザードの目がギョクハンから離れて少し遠くを見やった。


「……ギョク」

「何だ?」

「あれ、何してるんだろ」


 ファルザードの視線の先を辿った。


 ギョクハンは目を丸くした。


 砂丘の向こうで、隊商キャラバンの白い服を着た男たちがそれぞれ二人ずつ四人で、黒馬と白馬を引きずって西の方へ行こうとしている。馬たちは抵抗しているが細かな砂の上では踏ん張りがきかないのかずるずると引きずられて少しずつ動いている。

 男のうちの一人が何かを振り上げた。鞭だ。鞭で黒馬を叩いた。黒馬が甲高くいなないた。


「カラ!!」


 ギョクハンは駆け出した。「待ってよ!」と言いながらファルザードもついてきた。


「何しやがる!」


 ギョクハンが近づいてきたことに気づいたらしい、男たちが振り向く。


「バレたか」


 男たちが一斉に長剣を抜く。


「お宝を持って歩いてる君が悪いんだよ。君にはもったいない」


 馬たちが暴れ出す。男たちが鞭で馬たちを叩く。黒馬の尻に血がにじんだ。


「上等なカリーム馬だ。黙って譲ってくれたら命まではとらない」

「お前ら、まさか、盗賊団か。隊商キャラバンじゃなかったのか」


 男たちは笑った。


「君が言うところの隊商キャラバンと盗賊団ってどう違うんだい? 俺たちは昔から商品をこうして調達してきたんだ」


 ギョクハンは腰の刀に手を掛けた。


「カラに手を出すな。殺す」

「やれるもんならやってみな」


 刀を抜いた。




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