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壊されたモノ修復します  作者: 高瀬あずみ
第二章 廃墟の町
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 子供の足は速くない。畑仕事を手伝ったりしていたため脚力や体力はまったく無いわけでもなかったが、栄養不足の子供では一日に進める道程は短かった。

 しかも道らしい道のない荒野だ。戦場だっただけあり、放置された死体に出会うことも少なくなかった。


 最初は気分が悪くなり、なるべく見ないようにしていたが、人とは慣れる生き物だ。まだ幼い少女とはいえ、前世よりも死に慣れている。前時代的な世界では死は身近な隣人であった。

 まだ気温が高くない早春であることも幸いし、腐敗もそれほど進んではいなかった。日数がたったせいか生き延びた者がいないことは鑑定で確認済みだ。通常ならば死体目当てに徘徊する獣に注意せねばならないところだが、獣すら戦いに巻き込まれていたのは幸いだった。もちろん、獣の死体も見つけていた。どれも損傷が激しく、素材としても役に立たない。鑑定で死体への修復は不可能と分かったため、獣の死体は無視していく。


 だが何人かの人間の死体に耐性がついた後、思い切って火事場泥棒ならぬ戦場泥棒となることを決意した。目的は糧食と金銭。国内外で魔王軍の被害は出ている。おそらくこの荒野まで国の手は回らずこのまま朽ち果てていくだけなのは確実だった。


 村の中では金銭はほとんど必要ない。物々交換や仕事で請け合う。自分たちで作ったり加工することも少なくない。だが村の外で通用しないことをミリアは知っていた。今の手持ちは両親が残してくれていた幾何かの貨幣のみで、町に出ても宿にも泊まれないくらいだろう。

 いずれ仕事をするにしても、それまで生きていくための資金は必要で、前世の倫理観にミリアは目を瞑った。


 戦場で死んでいた大半が兵士と傭兵で、大したものは持っていない。それでも小銭くらいは集まったし、平ではないと思われる人物からはそこそこのものを拝借することができた。ただ、水だけはミリアが村から持ちだした方が遥かにマシだったため断念する。質の悪い酒を所持していた者もあったが、料理に使うにも抵抗があるほど匂いが酷くて捨て置く。

 糧食は固焼きのビスケットのようなもので、腹持ちだけを重視した味もほとんどない物だ。積極的に食べたいと思えるものではなかったが、餓死したいわけでもないので一応収集する。工夫すれば食べられるものになるだろう。


 日が傾き出すと、ミリアは野営の準備をする。

 アイテムボックスを利用して周辺の死体を集めて風下に移動させて、十分な空間を確保。そこに納屋を取り出して設置。直接地面に寝る選択はもはやない。


 周囲には小動物の狩りに使ったような簡単な罠を設置していく。鑑定で見通せない場所から生き延びた兵士などに狙われてはかなわない。

 罠の内側には更に念を入れて空堀を作った。アイテムボックスに土を収納していくだけの簡単なお仕事である。幅と深さがあるので、超えるのは人にも獣にも厳しいものになったと思う。堀の内側には収納した土を盛り上げた。固めることはできないが、これで納屋を直接視認することはできないだろう。

 隠れるところがない平地というのは、それだけで不安を誘う。ただ納屋を出すだけでは安心できないのは、村を更地にした時に既に経験していた。遠目からならば丘がある、くらいに見えているといいな、とミリアは思った。


 荒野とはいえ、草木が生えないわけではない。戦場となり荒らされていても、植物は案外としぶとい。ましてや先日の雨を受け、土の中で眠っていた芽が慌てて顔を出していた。

 鑑定を使って、ミリアは道中に植生を確認。乾燥させた方が良いものも多いが、いくつか生で使えるハーブを採取した。乾燥させるものは背嚢の横からぶらさげて歩いている。人目を気にしないで良いからできる方法だ。野営中は納屋の軒に吊った。

 ちなみに人目がないのだったらと、背嚢の中身だけアイテムボックス行きにする。見せかけの荷物で少量とはいえ、長く歩く子供の身体には負担になったからだ。


 まだ夕日で明るいうちに夕食にする。塩と生ハーブと少量の山羊肉から煮込んだスープに、糧食のビスケットを浸して食べた。そうでもしないと、とても歯がたたない代物だった。兵士たちはどうやって食べていたのだろうと遠い目をする。


 片付けも済ませて、あとは寝るだけ……な時間は、前世の趣味を活かしたホビータイムだ。

 道々摘んだ植物の根を煮出した液に塩を加え、村から持ち出した生糸を漬け込む。熱湯で煮込んだあと、十分水にさらした糸は黄味の強い赤に染まっていた。これを今夜と明日の行程で乾燥させる予定だ。余った染液には落ちない汚れのある衣類や端切れを浸けて同じように染めた。

 前世の趣味が意外に使え、茶殻や土、木の皮でも染められる。作業をしていると楽しいという気持ちが久々に沸き上がってきた。上手く小物でも作れれば売り物になるかもしれない。

 明かり代わりにしていた竈の火の始末をすると、ミリアは納屋の中で眠った。





 そんな風に荒野を縦断していくうちに、ミリアの様子は少しづつ洒落っ気のあるものへと変わっていった。

 まず簡単で単純な図案を、染めた糸でチュニックの裾ぐるりと袖口に刺繍した。糸と同時に染めたスカートの赤が、歩く度にひらひらと見えて楽しくなる。

 染めた色々な端切れを同じ形に切り出して帽子も縫った。違う素材は同じ色でも少しずつ違って染まるので縫い合わせると面白い。

 拾った食べられない木の実を磨いたり染めたりしたものに穴をあけ、革紐に通して素朴なネックレスやブローチ、髪紐を作ったりもした。


 ミリアが身に着けた小物は試作品でもある。ミシンはないし、針も糸も質が良くない。裕福な人間には相手にもされないだろうが、若い娘がちょっとした楽しみとして欲しがるかも……と、試しにいくつか作ってみたのだ。作っていくうちに手も慣れるし、縫い目や出来も向上していく。本音は作るのが楽しくて止まらなかっただけなのだが、趣味と実益を兼ねられるかも、というのを理由にした。


 そうやって旅を続けて十日たった頃、ミリアは荒野を超えて最初の目的地に辿り着いた。ミリアの住んでいたソラス村から荒野を北に向かった場所にある町。

 ただその町は無残な廃墟と化していた――。

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