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壊されたモノ修復します  作者: 高瀬あずみ
第一章 ソラス村
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一部残酷な描写があります。


 暗がりで眠っていると朝になったことがわからない。しかも静かで風も当たらず温かいとくれば、疲れた身体は十分な睡眠を要求する。


 目覚めたミリアは目を開けても真っ暗な状態に軽くパニックを起こし、ベッドから転がり落ちて椅子にぶつかった。元々それほど長くなかった蝋燭は、夜の間に燃え尽きたらしい。獣脂で作られた蝋燭の融けた匂いだけが納屋に充満している。

 這うように床を進み、手に当たった椅子と机を収納し、手探りで辿り着いた扉前の棚も片付け、ようやく扉を開けて。


 一挙に押し寄せる新鮮な空気。雨上がりの大気はすがすがしく、ひとまずは大きく息を吸い込んだ。

 雨は上がっていて、太陽もかなり高い位置にある。寝過ごしたのは明白だった。誰に叱られるわけでもないのに何とはなしに気まずくて、顔を洗うために水瓶を取り出そうとして地面を眺めると、思わず顔を顰めた。あたり一面、雨に濡れてまだ乾いていない。そこに水瓶を置くのが嫌で、改めて扉の中に置くことにした。


 顔を洗って、昨晩の残りのスープ(火を使わなくとも温かいって素晴らしい!)を朝食にした後、井戸を確認しにいく。

 井戸は蓋替わりのテーブルが飛ばされずに残っていた。

(今度から上に重しをしよう)


 水瓶投入、アイテムボックス頼みの水汲みは順調に終わり、雨水の吹き込まなかった井戸水はかなり澄んでいた。旅に出ると飲める水の貴重さは増すと知っているため、ミリアは村中から集めた水瓶を次々に満たしたあと、自宅周辺から瓦礫の撤去を始める。


 村人が戻ってくるにしても、最初は瓦礫を除けなければならない。何せ見事なくらいに魔術師の炎はすべての人家を焼き尽くしていたのだから。無事な家など一軒もない。オーク林が近かったために建材のほとんどが木であったことも理由だろう。魔王と戦う魔術師の力なのだから、範囲も威力も桁外れと証明されたわけだ。まったく嬉しくはないが。

 魔王が勝利していたならばまた状況は違っただろう。倒してくれたことには感謝しかない。だが、その後も生きていくための基盤を思い出ごと焼き尽くされたことには文句がある。

(補填とかされないだろうしなあ)

 魔物の素材などから復興の足しにはされるだろうが、国の末端も末端な小さな村にまで手が伸ばされることはないだろう。元々が自分たちの先祖が開拓して作った村だ。命があるだけ感謝しろ、また作ればいいだろう、そんな対応しかされないと予想もついた。



 ミリアは村の瓦礫すべてを撤去すると決めていた。村への最後の恩返しだ。

 瓦礫の中に使えそうなものを見つければ修復し、心で謝りながら頂戴した。どのみちミリアのように修復できなければごみでしかないのだ。

(ちゃんと有用に使わせてもらいますから!)


 収納した使い物にならない瓦礫は、村はずれに放出する。修復した納屋でさえ収納できたくらい容量に余裕があるとはいえ、瓦礫やごみを収納し続けておくのに心理的な抵抗があったからだ。


 そうやって三十軒に満たない村の家々のあった場所を更地にしていき、最後に向かったのは村共有の畜舎だった。


 村では、一頭の雌山羊と二羽の雌鳥を飼っていた。乳や卵を得るために。

 村人の人数に比べれば得られる量は多くはない。それでもあるかないかの差は大きい。山羊乳は一旦村長の元に預けられ、希望者に分けられる。卵は一日に一つ二つしかない為に、各家単位で順番に与えられた。共有財産であるから、そこに料金は発生しない。順番でないのに欲しい者や量の欲しい者はその日の担当家に直接交渉する。そんな風に決まっていた。貧しい小さな村で、住民殆どと血縁関係があったためか、比較的公平に行われていた。


 避難の際、一緒に雌鳥が連れられて行ったのは知っていた。だが雌山羊は置いて行かれたはずだった。移動や餌の問題からだ。そして避難が始まって今日までの間、餌もきっとなくなっている。ましてやこの村の状態では、おそらく山羊の死体と対面する、それが恐ろしくてミリアは畜舎を最後にしたのだ。


 だが瓦礫を除いたミリアが見つけたのは、弱々しく息をする生きている山羊だった。その身体は瓦礫に埋まり、火傷も負っている。命があったのは元が野性で生まれながらの家畜より強靭だったことと、燃え落ちた梁が僅かな空間を作ったせいだろう。それを幸運とは言えまい。ただ苦痛が長引いただけ。自分でその苦痛を終わらせることもできずに。


「ごめんなさい。あたしがもっと早く来ていたら……」

 それが自分に対しての言い訳であることをミリアは知っていた。こぼれ落ちていく涙の半分は山羊の現状を哀れんで。残りの半分は後悔のためだ。

 震える手を明らかに歪んだ腰骨へと伸ばす。


「修復」


『レベルが足りません』


 機械的な声が即座に否定を返した。修復というミリアの頼みの綱が断たれてしまう。それではミリアが山羊にしてやれる事は一つしかない。


「ごめんなさい、ごめんなさい」

 呟きながらミリアはアイテムボックスから小型の斧を取り出した。ミリアがいつも薪割りに使っているものだ。目を閉じないように、目を逸らさないように、山羊の首目指して振り下ろした。


 一度で首を落とすことは出来なかった。非力な少女に骨を断つのは難しい。使用した斧も薪専用では切れ味はよくない。何度も殴るように斧を振るって、ようやく結果を出した時には、ミリアの息はすっかり上がっていた。だが、そのまま座り込むようなことはなかった。


 ミリアは村の子だ。肉を得る為の屠殺と解体に何度も立ち会ってきた。だから詫びながら泣きながらでも、その手に迷いはない。

 助ける術がなく、放置していても死んでしまっただろう獣。ならば命を貰い血肉とするのだ。

 もはや何の反応もしない山羊の脚にはロープを結び、修復した梁を斜めに重ねて作った天辺に掛けた。屠った獲物は血抜きをしなければという一心だった。


 きっと今の自分を見たら誰もが目を背けるだろうな、とどこか冷静な部分で考える。下手くそな屠殺の結果、かつて畜舎だった場所もミリアの全身も、山羊の血に汚れていた。洗い流してしまいたいとも思うが、血抜きのあとの解体でまた汚れることになる。ミリアは諦めて、そのまま次の作業のための準備を始めた。



 山羊だったものが肉片となってアイテムボックスに仕舞われると、不要な皮や骨、内臓などをまとめて燃やす。放置しておけば獣を呼ぶ。かといって、瓦礫同様アイテムボックスに入れておきたいものでもない。

 畜舎のすべてを撤去してから、ミリアは自宅跡に戻る。村だった場所には井戸と、取り出した納屋以外何もなくなっていた。随分と見晴らしがいい。身を隠す所が納屋しかないのは不安だったが、日のあるうちにしなければならないことがあった。


「これでいいかな」

 納屋の前には自宅以外からも見つけて修復した竈が全部で十個並び、そのすべてに薪がくべられ、さかんに鍋の中の水を温めていた。沸けば鍋ごとアイテムボックスに入れ、また新たな鍋をかける。村中から集めたので鍋は沢山あった。


 山羊の解体を終えてミリアは汚れきっていた。前世の記憶がなければ井戸の水で流して終わりだっただろう。だが今は、ミリアの中のゆりかが盛んに熱い風呂を要求してきた。

 困ったのは浴槽がないことだ。元から村には風呂などない。水の漏れない大きな容器。辿り着いたのは村で共有していた洗濯用の桶だった。と言っても、前世で小さい頃お世話になった子供用のビニールプールくらいの大きさはある。これは毛布などを洗うために用意されているもので、女たち総出で踏んで洗うのが季節の変わり目の恒例行事だった。


 十分な湯を注いで、ミリアは桶に飛び込んだ。たちまち湯は濁るが、そのまま髪と全身を洗っていく。地面に湯を捨てて桶をすすいで、また湯を貯めて……と何度も繰り返し、ついには桶の湯が澄んだままになると、ようやくミリアはゆっくりと湯に沈んだ。ミリアとしてこの世界に生まれて、ここまで徹底的に髪や身体を洗ったのは初めてだ。


「石鹸チート、あたしには無理……」

 ゆりかが知っていた手作り石鹸はグリセリンを使う方法で、そんなものは無い。

 一方、ミリアの知る石鹸は油と灰で作る。オリーブのような植物油も身近にない。油といえば獣脂である。獣脂と灰を混ぜたドロドロの何かで、主に洗濯に使う。自分たちに使ったりはしない。あまりにも臭いからだ。だが先ほどのミリアは、その匂いを我慢してでも使わなければならないほど汚れていた。一応、さっぱりはしたが、前世で遊びで作った一つでもここにあればと、思わずにはいられなかった。


 そして風呂を体感してしまうと、今後も入りたくなるのは目に見えている。

「いつかお金を貯めて、お風呂とちゃんとした石鹸買うんだ……」

 冷めてきた湯の中で、ミリアは固く誓う。

「その日までこの桶は持っていよう」

 魔力のない人でも使える魔道具というものが、どこかにはあるらしい。錬金術師が作るらしく、とても高価なものだという。このあたりの村や町にはない。あっても貴族の家とか王都とか、今のミリアからは星より遠くのお伽噺だが、お湯を作る魔道具もあるのかな、など取り留めのないことを夕日を浴びながら考えるのは少し楽しかった。


 夕食には山羊肉を使った。肉は熟成させるといいらしい、とやはり前世の記憶が言うが、熟成の方法を知っている女子高生などほとんどいないだろう。熟成などしていなくとも、ミリアにとって久しぶりの肉で、ご馳走だった。硬いのも臭みがあるのも気にならない。ミリアが一度に食べる量は少ないので、アイテムボックスに入れている限り、当分楽しめるだろう。


 食事を済ませるとすぐに納屋の中のベッドに入る。明日は、いよいよこの村を去るのだから――。




規模的には「村」というよりも「集落」が正しいのですが、「開拓村」という括りだったために村として扱われていました。ソラスというのは開拓団のリーダーの名前から。さして歴史はなく、ミリアの祖父の代に始まった村になります。

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