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ミリアはグランを自分が借りている部屋の居間に招いた。
まだ会って2日目の人物ではあるが、神殿長のお墨付き。ミリア自身も祖父のような先生のような気持ちになるグランに、早々になつき始めていた。
「ええと、あたしにはちょっと特殊な能力があって、それを仕事にできないかって、思ってるんです」
ミリアは寝室から持ってきたいくつかのガラクタをグランの前に並べる。
「これらはトラフ町で拾ったものなんですけど」
言いながら最初の欠片に手を触れる。
「修復」
欠片は蓋付きの木箱になった。大きさはミリアの掌4つ分くらいだ。
「次にいきます。『修復』」
ミリアは机上にあった5つの欠片すべてを『修復』していく。それらは燭台に、ハサミに、杓子になり、欠片のひとつは変化しなかった。
「最後の欠片は、木製のスプーンですが、無事なのを使っているうちに、あたしが壊してしまいました」
ミリアは、これまで自分が検証してきた修復の力をグランに一通り説明しながら実行してみせた。商人の目から見たこの能力は、どう評価されるのだろうと、どきどきする。自分で欲しいと思った能力。ラクサを驚喜させた能力。たいていの人間ならば修復してもらいたい物のひとつやふたつはあるだろうと思う。ましてや、魔王軍の蹂躙の後である。そっとグランの様子を窺ったミリアは、彼の浮かべる表情のあまりの厳しさにびっくりした。
「グランさん……? あの、この能力、ダメですか?」
何か問題でもあるのだろうかとミリアがおずおず尋ねると、グランは我に返ったように表情を柔らかいものに戻した。が、すぐにひとつ大きなため息をつく。
「これは、可能性と危険がありすぎて困るほどよ」
「危険性?」
「そうじゃ。これは余程有力な後ろ盾がないと悪用される上に、監禁されるとみた」
悪用に監禁。それはミリアの想定の中になかった単語だ。
「後ろ盾はこちらの神殿にお願いしてるし、あと個人的にラクサ様も支援してくださるって」
「それだけでは弱いの。エンシャルプ神殿と辺境伯ご本人の後ろ盾も欲しいところじゃ」
北都パリアントの中核をなす名前ふたつに、ミリアは抗議の声をあげる。
「そんなの無理! あたしはただの村娘だし!」
「ラクサ様というツテがあるじゃろ。ふむ、儂からもお願いしてみよう」
そう言ったグランが、エンシャルプ神殿長への面会が整ったと知らせてきたのは二日後のことだった。
グランと副神殿長の付き添いで、その日ミリアは馬車に乗せられた。荷馬車ですら乗ったことのないミリアに、内装まで凝った貴人用の馬車など縁はない。
はじめのうち恐縮していたミリアだったが、少し進むうちに馬車というものが嫌いになった。
無事な街並みのしっかり舗装された石畳の道を走っていたのだが、音や振動がそれでも大きい。ことに前世の快適な車中を知っていれば正直歩いた方がましだとまで思う。
(おしり痛い。痛いってば痛い。あとシートベルトとふかふかクッション欲しい。他にもいるはずの転生者なら絶対スプリングとかに手を出してるはずでしょう! 何やってるのよーっ!)
もちろん、そんなミリアの希望が叶えられることなどないままに馬車は走り、エンシャルプの神殿まで運ばれた。
エンシャルプの神殿は、基本的にはグラトリアの神殿と造りは同じだ。高い天井を支える彫刻の施された柱が立ち並ぶ、神のための祈りの場。一目見て神殿だとわかる「らしさ」もある。それなのに、真っ先に浮かぶ印象は「無骨」だった。
国境を接する立地と、鉱山を抱えた北都にもっとも親しい「鍛冶」と「戦い」。それを司るエンシャルプは、この街で最大の信徒を持つ。事実上の主神である。それ故か、神殿の規模と敷地は、よその町ひとつに等しい程。
そして「無骨」な印象を与えるのは、神殿内に飾られ、奉納された数多の武器。刃のついた小刀から大刀。槍や弓。武器に無縁で無関心なミリアには区別もつかない、当然使い方すら想像できないものばかりだが、見る人が見ればきっと分かる逸品揃いなのであろう。神殿に来たというより博物館に来たような気分で、ミリアはただ圧倒されていた。
本来ならばラクサが同行するはずだったが、どうしても外せない仕事があり、代わりに付いてきてくれた副神殿長が、こちらの神官に挨拶している。
副神殿長はエコルという名の50前後の男性で、元の身分が高くなかったにも関わらず、その地位まで登った「叩き上げ」神官だ。理知的だが穏やかな風貌に、柔らかな口調。ほっそりとしていかにも神官らしい神官に見える。実際、北都のグラトリア神殿を支えているのは彼だという。ラクサの信頼も厚く、彼女が神官になるにあたって、影響を与えた人物だと聞いた。
神官服というのは、どの神に仕えていても基本は質素な貫頭衣で、グラトリア女神の神官は腰に知識を象徴するペンを刻んだ銀青色のメダルを飾っている。対して、エンシャルプ神の神官は、誰もが腰に武器を下げていた。そして見るからに筋骨隆々とした男性ばかりだ。
そんな異なる神に仕えるふたりの神官は見るからに対照的で、
(エコル様、がんばって!)
と思わず心の中で応援してしまうほど、先方は迫力があった。だが挨拶の言葉を聞く限り、荒ぶった印象はない。そこはさすが神官ということか。
神官に先導されて神殿の地下にある神殿長の部屋へと招かれたミリアは、言葉も失ってただ部屋の主を見上げた。
2メートル近くありそうな長身の、灰色の髪と顎鬚に覆われた彫の深い顔立ち。鷹のように鋭い隻眼がエコルとグランを無視してまっすぐにミリアを見つめていたからだった。
これまでのすべての部分で、改行や誤字の修正を行いました。こんな辺境への誤字報告に感謝いたします。




