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壊されたモノ修復します  作者: 高瀬あずみ
第三章 北都パリアント(前)

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 シロエスに頼んで、食事は他の神官たちと一緒に食堂で取るようになって以来、ミリアは女性神官たちに可愛がられていた。主に抱きしめられたり撫でられたりお菓子をもらったりである。筆頭が何しろ神官長なので抵抗のしようもなかった。


 グラトリア女神の神殿は子供を中心に読み書き等の指導にも重点を置いているため、子供好きが多かったという理由もあるだろう。そして前世の趣味のままハンクラに勤しんできたミリアの服や小物も好評だった。清貧を旨とする神官であっても、可愛いもの、綺麗なものに感心がなくなるわけでもない。

 よく見れば、彼女たちが定められた神官服に目立たぬよう飾りをつけたりしているのにも気付くことになる。そうして一緒に飾りを作ったりしている間に何人もと仲良くなった。とはいえ全員年上なのでミリアにとって『お姉さん』が沢山出来たようなものだ。

 また担当となったシロエスも、ミリアを可愛がってくれた。彼は兄弟の末っ子だったらしく、年下のミリアの面倒を見るのが楽しいらしい。こちらは『お兄さん』である。


 初級魔術も順調に練度を上げ、四属性の基礎も身に付き、応用を習うようになった。前世の記憶する家電のイメージもあるため、覚えは早かった。そのうち、顔見知りになったシロエス以外の神官たちも次々に応用を教えてくれるようになったので習熟度も短い時間で随分上がる。


 ミリアがそんな風に初級魔術をがっつり学ぶことになった背景には、ラクサがミリアに紹介しようとしている人物がパリアントを離れていたということがあった。

 また、都市の半分が機能しておらず混乱の続く中での外出を危ぶまれていたからでもある。既にラクサの依頼で『叡智の鏡』以外の修復も行っていた為、ミリアはこの神殿の重要人物扱いになっていた。

「このまま神官になればいいじゃない」

 などと、かなり本気度の高い勧誘も受けるが、前世日本人に強い信仰心は無縁である。修復の能力をくれたのは神であろうとは思うが、感謝はあれど信心はなかった。そのため、勧誘は笑って流す日々だ。



 そうして神殿に来て六日たった午前中、ミリアは上階の部屋で火魔術の練習をしていた。火種の作り方から始まって、火力の調整も出来るようになっている。火はやはり火災に繋がりやすく危険なため、訓練は他の属性よりもじっくりと行われた。これが上手に扱えるようになると、料理人への道も開けるらしい。

 ミリアの今の野望は、土魔術と火魔術でコンロとオーブンのように使うことだ。残念ながら金属加工は生活レベルよりも上の職業レベルでないと使えないので、鉄板や五徳は購入するしかないだろう。だがコンロとオーブンを実用できればミリアに作れる料理の品目も増える。魔道具にはありそうなのだが、おそらく相当高額なことが予想されるので諦めた。


 とはいえ、小さいけれど高温の坩堝も作れるようになったので、金属を溶かすことは可能だ。そして魔術としてでなく鍛冶技術ならば身に付けられないこともない。アクセサリー作りには金属が欠かせないのだ。


(銀なら柔らかいから自力加工できるかも。土魔術で作った粘土を混ぜて銀粘土とか作れないかなあ。あ、粘土作ったら、窯を作って陶器焼くこともできるかも。珪砂だっけ、砂からとれる奴。それを高温で処理したらガラスになったんじゃないかな。ガラスができれば、もっと色々作れるよねえ)

 前世では小さなステンドグラスに挑戦したこともある。ガラス工房の見学では色ガラスを溶かしてストラップも作ったが、吹きガラスは肺活量が足りなくて諦めた。前世のゆりかは家族や友人たちから『どこを目指している』と呆れられるほど手作業のあれやこれやに手を出していた。その楽しさが続いているようで、夢が広がりまくっているミリアにとって、魔術を習うのは幸せな時間である。それに何より前世ではなかった魔法を自分が使える喜びが大きい。自然、熱心に研鑽を積むことになった。



「随分と楽しそうに作業しておられますな」

 坩堝の火力調整に挑んでいたミリアは、聞き覚えのない声に顔をあげた。ふさふさとした顎鬚を長く伸ばしたサンタクロースのような人物がにこにことミリアを眺めている。

「はじめまして。儂はグランと申します。ラクサ様からお話を伺いまして参上しました」

「あ、こちらこそ、はじめまして。ミリアです」

 ミリアが戸惑っているとシロエスが助け船を出してくれた。

「ミリアさん、こちらはパリアントでも有名な商家の方で、金銭関係や仕事の進め方を教えていただけるよう、ラクサ様が頼まれたのです」

「えっ、それじゃあ、とてもお忙しいんでしょう? あたし、そこまでご迷惑かけられないです!」

 焦ったミリアにグランはいやいやと首を振る。

「家業の方はもう息子に譲って隠居しとります。ここしばらく街を離れていたのは、周辺被害の情報を集める手伝いをしていただけで、それも一段落つきましてな。時間ならいくらでもありますぞ」

 常ならば冷静なラクサから、とても熱の籠った手紙を受け取ったそうだ。それが元商人の好奇心をおおいにそそったとグランは愉快そうに笑った。



 その午後、ミリアはグランに連れられて街の見物に行くことになった。ミリアが買い物するにも物価が分からないと言ったためだ。

「それなら実地で経験するのが一番ですな」

 というわけで、丁度昼食がまだだった為に、最初の目標は『屋台でお昼ご飯を買ってみよう』だ。ミリアが手持ちがあまりないと告げると、ラクサより預かっているから大丈夫と頭を撫でられた。


 神殿で出される食事は、貧しい村娘だったミリアからすればご馳走ばかりだったが、グランは神殿の食事が苦手らしい。多分、口の奢った人からすれば不味いのだろう。前世の食べ物はどれも夢のようで憧れはあるが、絵に書いた餅が食べられないように、食べられない美味よりも食べられる粗食の方がはるかに大事だと割り切っている。

 とは言え、食べられるならば美味しいものが嬉しいのは当たり前だ。

 グランに案内されたのは食べ物の屋台がずらりと並ぶ通りだった。そこは空腹を直接刺激する攻撃的な匂いに満ちている。


「うわぁー」

 喧噪と匂いと雑多な視覚からの刺激に、ミリアは思わずグランの上着の裾を掴む。昼食時の屋台はどこも人で賑わっている。

「何が食べたいですかな?」

 背の低いミリアに腰をかがめたグランが尋ねる。思わず素直に

「お肉が食べたいです!」

 と答えてしまった。


 村に住んでいた頃には、肉を食べることが滅多になかった。狩人に作った野菜と引き換えに僅かばかりの肉を入手できることも稀という環境で十年育ったが、数日の神殿生活で口にした肉の方が多いくらいだ。決して肉が嫌いな訳ではない。むしろ食べたい。思う存分食べたい。

 そんなミリアを嘲笑うように、目の前で焼かれる肉から漂う香りは口中を唾でいっぱいにする。

「そうですなあ、それでしたら串焼きがおすすめですぞ」

「串焼き!」

 グランの差す指先では、屋台の主が肉の塊をいくつも刺した串を何かのたれにつけて焼き始めた。じゃっと音と共に香ばしい匂いが鼻をくすぐった。

「美味しそう……」

 うっとりと肉に見とれるミリアの様子に、屋台の主が豪快に笑う。

「おうっ、こいつは旨いぞ!」

「あれに決めますかな?」

 思わず頷いて、次に血の気がひく。

「あの、高いですか?」

 金を預かっていると言われても、自分のものではないので、それで贅沢をするのには抵抗がある。手持ちで何とかなるなら後先考えずに絶対食べる、とまで思い詰めてはいたが。

「あれはホーンローンの肉ですな。このあたりではよく食べられているもので、値段も手ごろなので、買ってみましょう」

 そう言って懐から小銭を取り出してミリアに渡したグランは、屋台へと背中を押す。ミリアひとりで買えというのだ。

「えっとグランさんは?」

「儂にはちと硬いので遠慮しておきます。ミリアちゃん一人分だけ買っておいでなさい」


 顔合わせが済んだ後、ミリアから『様』付けで呼ぶことをグランは断った。ミリアもまた呼び捨てでいいと言ったのだが、グランは最終的に『ミリアちゃん』と呼ぶことにしたようだ。ミリアとしてはいささか気恥ずかしいが嫌なわけではない。


「串焼き、ひとつください」

「おう、ひとつ300バースな!」

 手の中から百バース硬貨を3枚取り出して渡す。

「よし丁度だな! またよろしく!」

 アツアツの串焼きを渡されて、思わず満面の笑みを浮かべてしまったミリアは、そのままの表情でグランを振り向く。

「グランさん、買えました!」

「ですな。とりあえず少しここから離れますか」


 北都パリアントは街中に二本の川が流れている。屋台通りの裏道を通ってすぐの川べりでは、ミリアと同じように屋台で買った物を食べる人の姿が点在しており、二人は川べりの石の上に座り込んだ。

 遠慮なく食べるように言われ、ミリアはまだ熱い肉にかぶりつく。

「!!!!!!」

 たっぷりの肉汁と、分厚い肉の歯ごたえ、そして濃いめの甘辛いたれの味に、声にならない歓声となる。

「ほれ、落ち着いて食べなさい」

 大きく頷いたミリアはグランの存在すら忘れるほど夢中になって串焼きを食べつくした。肉の塊ひとつひとつが大きくて、一本で十分満腹する。


「ごちそうさまでした!」

 いい笑顔を向けるミリアを好々爺然として見守ったグランは、顎鬚をしごきながら次の課題を告げた。

「今の串焼きはいくらでしたかな?」

「300バースでした」

「大人なら女性で二本、男性で三本から四本食べますなあ。さてこれで昼食に庶民が使う金額はいくらくらいだか分かりますかな?」

「ええと、平均してだいたい800バースくらいですね」

「その通り、計算が早いのは結構ですな。これは屋台など出来合いを買った場合です。家庭で同じものを作るともう少し安くなって600バースほどになりますの」

 出来合いのものを食べるにしても、下町の食堂でも屋台より200から300バース加算されると説明しながら、グランはミリアを促して歩き出す。


「屋台で買ったものを食べ歩きするのも楽しいものですが、物によっては座って食べたいですからな。次はそちらを体験してみましょう」

 そう言ってミリアが連れて来られたのは、隣にテーブル席を作った屋台だった。

「さて今度は儂の分もお願いしますよ」

 空席に座ったグランに指示され、何を売っているかも知らずに屋台に近づいたミリアを、すっかりご無沙汰だった甘い香りが迎えた。

 目の前で焼かれているのは、分厚いクレープか薄いパンケーキのようなもので、二枚重ねて皿に載せられると、その上から金色の蜂蜜が垂らされた。


「うわぁ、うわぁ」

 砂糖は高級品、そして蜂蜜すら口に入らない生活をしていたミリアにとって、それは夢のような食べ物だった。

「いらっしゃい。席は取ったな。二つでいいかい?」

「はい、二つお願いします!」

「毎度、800バースだよ」

 千バース硬貨を渡してお釣りをもらう。

(串焼きより高いんだ)

「お待たせしました、グランさん」

 木皿を二枚持ったミリアが戻ると、皿を受け取りながら隣の席を勧められた。

「まずは、温かいうちに食べるとしましょう。食事の後は、甘味に限りますな」

「はい!」


 ミリアは串焼き同様、夢中で食べる。生地の上の蜂蜜は少し癖のある味だったが、しっかりとした甘さに陶然となる。

「これは食べ歩きすると蜂蜜をこぼしてしまうので座って食べたい筆頭ですな。持ち歩きするにしても、自分やすれ違った人に蜂蜜がつく危険もありますのでの」

 串焼きより高いのは、100バースの席料が含まれているかららしい。

「美味しい~! 幸せ~!」

「お口に合って何よりですな」

 パリアントでよく食べられているクレットという菓子だと教えてもらう。蜂蜜の代わりに塩辛いものを載せて食事代わりにすることもあるのだそうだ。


(やっぱりお砂糖欲しいなあ。蜂蜜もいいけど、お菓子作るならお砂糖だし。でもお砂糖なんて庶民には高値、いや高嶺の花。サトウキビなんてこっちにあるのかな。あと、てんさいだっけ、材料。サトウキビは沖縄とかあったかいとこで、てんさいは北海道だったかなあ。なんか代替品でも見つからないかなあ)


 久しぶりに口にした甘味に、砂糖が欲しいという気持ちでいっぱいになったミリアに、先に食べ終えたグランが告げる。

「こういった、すぐに食べたかったり必要なものは、店主の言い値で売買しますな。しかしそれ以外のものですと、売買にはもう少し時間をかけます。明日は値段交渉の実習と参りましょうかの」

セルフ飯テロにあいました……。

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