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壊されたモノ修復します  作者: 高瀬あずみ
第一章 ソラス村
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 瓦礫の中に座り込んでいたミリアは、まだ中空にある太陽を確認した。どうやら、自分が意識を失っていたのは長い時間ではなかったらしい。


(『修復師』って言ったよね)


 声は確かにそう言っていた。だがそれが夢まぼろしでない確証が欲しかった。

(ええと、こういう時は確か……)


「ステータス、オープン?」


 疑問形になってしまったが、これで何も起こらなければ恥ずかしいだけだ。幸い、周囲には誰もいない。生き延びた村人の大半はまだここから離れた町にいるはず。


 そして幸い、反応があった。

 視界の先、前世で見たモニターのようなものが現れたのだ。



氏名:ミリア

種族:人間

性別:女

年齢:10歳

職業:修復師

レベル:0


基本スキル(転生者限定):鑑定、アイテムボックス






 基本スキルという覧にある、ある意味おなじみの能力。覧に向かって指で触れると、あの光の声が届いた。


『前世を記憶する転生者の大多数が基本能力として要求したため、無条件で与えられます』


(あー、うん。助かる、けど)


 よく読んでいた小説では、この両方、もしくはどちらかでチートしていた主人公も多かった。

 もうこの村では暮らせないミリアはすぐにでも旅に出る必要がある。そして旅に出るには荷物がいる。


 ミリアはまだ十歳。元々豊かな村ではなかったが、両親が亡くなってから満足に食べられることはほとんどなかった。細く頼りない手足。同年代と比べても小さな身体。これでは最低限の水と食料すら運ぶことは難しい。


 だがアイテムボックスがあれば、その心配もない。

 ましてや鑑定があれば、途中で食べられるものも見つけられるだろう。




 少し気分の上昇したミリアは改めて自分のステータスを眺める。

 最低限の簡素な表示。

 かつて知っていたゲームや小説のようにHPやMPなどの表記もない。

 どのみち、使える能力もないのだから不必要には違いなかった。


(それより今問題なのは……)


 肝心の、もらったばかりの『修復師』のレベルが1ですらない0ということだ。


(これって、まだ一度も使ってないからだよね?)




 そう思って、今度は自分の周りを眺める。最初に目についたのは柄の折れたフライパンだった。鉄でできているから燃えずにすんだのであろうそれを、ミリアは手に取る。


(で? どうやって修復するの?)


 能力の使い方をレクチャーされた記憶はない。仕方なしに先ほどのステータス同様、なんとなくで試してみることにした。手にしたフライパンを眺めながら小さく呟く。


「修復」


 かすかな眩暈に閉じてしまった目を開けると、そこには真っすぐな柄のついたフライパンがあった。


「やった! できた!」




 それからは夢中になって周囲のものを修復していく。鍋や木皿、ナイフ。このあたりは順調だった。問題は椅子だったものを修復しようとした時だ。


『レベルが足りません』


 どうやら今はまだ大きなものを直すことはできないようだと、なるべく小さな、かつ旅に必要そうなものを探す。





 そうこうしているうちに、修復の能力について予想がつくようになってきた。


1.小物しか修復できない。


2.食料は修復できない(水瓶の中の水も同じく)。


3.自分で壊したものは修復できない。


4.修復する数には限度がある。




 1に関してはレベルが上がれば条件は変わるだろう。2に関しては「壊された」わけでなく、散らばったり、こぼれたりしていた為か修復できなかった。3に関しては、かつて自分で壊した桶がやはり修復できなかったから。どうやら「壊された」という前提が必要らしい。


 そして4に関しては――。




「ちょっともう限界……」


 ひとつ修復する毎に、軽い眩暈がミリアを襲った。だが修復する数が増えると眩暈は無視できない疲労としてミリアにのしかかる。


 これもいずれレベルが上がれば解消するかもしれないが、体力のないミリアにとって負担は大きすぎた。そのままうずくまるとミリアは意識を手放した。






 風の冷たさが小さな身体に染み込み、くしゃみと共に目を覚ましたミリアは、まだぼんやりとしたまま目をこする。


 季節は早春。本来ならば草木も芽生える頃ではあるが、戦火に巻き込まれたため、緑の息吹すら感じられない。そして屋根も壁も無くなった家の廃墟ではまだ冷たい早春の風を遮ることすらできない。

 元々、貧しい村であり、戦火による被害が予想されるからと着の身着のまま避難したのだ。防寒仕様の服など着ていない。しかもこの村は比較的北方に近い。夜ともなればさらに気温は下がる。


「寒っ!」


 震えながら起き上がり周囲に目をやると、沈みかけた太陽にオレンジ色に何もかもが染められていた。




「どうしよう、このままだと夜になっちゃう」


 眩暈はおさまっていたが、疲労までは取れていない。そして寒さと、先ほどまで忘れていた空腹が耐えられないほどになってきた。

 もう間もなく、周囲は闇に閉ざされるだろう。せっかく能力を貰っても、このままでは餓死か凍死の未来しか見えない。


 先ほど修復したばかりの鍬を使って、比較的に家の残骸が少なかった土間のあたりの瓦礫を取り除いて居場所を作る。そしてまだ燃えそうな焼け残った壁板のかけらを集めた。幸い、上着の中には火打石があり、破れた布巾に火をつける。ようやく壁板だった薪に火を移して一息つくが、吹き晒しに近いこの状態ではいつ火が消えるか油断できない。




「壁になるものがあればいいのに」

 小物しか修復できない今では、風を阻むことも難しい。

「んー、無理かもだけど」

 もう一度小さく「ステータス」と呟いてみた。



氏名:ミリア

種族:人間

性別:女

年齢:10歳

職業:修復師

レベル:1


基本スキル(転生者限定):鑑定、アイテムボックス




「やった! レベル上がってる! じゃあ、もしかして」


 手を伸ばしたのはかつてテーブルだったもの。昔、父が作ってくれて家族の食卓だったものだ。


「修復!」


 眩暈と引き換えにテーブルが修復されて現れた。これを立てかければ風よけになるはず。

 はずだったのだが。


「……無理」

 子供の力では分厚い木で作ったテーブルを移動させることもできない。


「そんな! 修復はできたのに!」

 絶望にかられそうになるが、ふと思い立ってテーブルに触れ、


「アイテムボックス!」


 叫んだ途端、テーブルは姿を消した。今度は口に出さずにアイテムボックスのことを考える。

 そうすると、目には見えないのにテーブルの存在を感じられた。


「それじゃあ、ここに、横向きで!」


 無事、目的の場所に目的の様子でテーブルが出現する。


 これならなんとかなりそうだと、棚や衝立を修復して周囲を囲むことに成功した。消えることなく燃える薪を見つめて、ようやくこわばった笑みが浮かぶ。


 ただ明かりがあるだけで、その熱を感じられるだけで、先ほどからの心細さが緩和される。

 そうなると少しは余裕も出てくるもので。


「よし、転生ものの先人に倣うぞ!」


 倣うのはもちろん、アイテムボックスの使い方だ。



 まだ日が沈みきらないうちにと、目星をつけた場所近辺の瓦礫を次々とアイテムボックスに収納していく。やっていくうちに手を触れずとも目で見ていれば収納できることを発見。収納できる量はレベルとは関係ないらしく、作業スピードも上がる。そしてついに床に作られた食糧庫の扉を発見した。


 食糧庫といえど、元々大したものは入っていない。両親の死後、村に養われる形だったミリアには貯めるほどの食料などなかったからだ。だが本来、今年から作る予定だった畑に埋める種芋がある。床下にあったことで戦火を免れた種芋。もう作ることなどできない畑には必要ない。


「いただきます!」


 収納作業の途中で見つけた火掻き棒に突き刺して芋を炙った。じりじりと焼けるのを待ってようやく口にした芋は、この上ないご馳走に思える。前世の記憶からすればとてつもなく原始的で。塩さえもなくて。それでも夢中で食べきったあと、ようやく思い出した水筒から水を含む。




 ミリアは村人と一緒に昨日まで隣町に逃げていた。丘を越えた先の町は安全と皆が思ったからだ。しかし戦火の広がる中、周辺から同じようにやってくる人の数に、隣町は対応できていなかった。町民以外に与える食料も、建物もなかったからだ。ただ、町には複数の井戸があり、水だけは自由に飲めた。


 庇護してくれる親もなく、働き手としてすぐ使える年齢でもないミリアにまで回ってくる食べ物はない。このまま町にいてもどうにもならないと分かってしまって、誰にも告げず水だけを貰ってそっと町を離れた。混乱の最中、同郷の村人たちも孤児のミリアのことなど頭にない。自分たちのことで精いっぱいなのだ。それを責める気にもなれない。それなら生まれ育った村にいた方がましだと、その時は思ったのだ。




 子供の足で村にもう少し、という丘の上で、ミリアは自分の村が焼かれるのを見た。


 犯人は、魔王軍に属する魔族ではなく、味方のはずの勇者パーティの魔術師だった。

 魔族の攻撃に必死で対応していたのはわかる。だが何度か放たれる魔術が、敵のいない村の方向に飛んだ。


 あっという間だった。村の家々が、畑が焼き尽くされるのは。


 呆然と見守るうちに、主戦場である荒野で決着がついた。

 魔王が勇者に倒されたのだろう。魔族の姿が崩れるように消えていく。

 そうして残った勇者パーティの面々は、大声で喜び、焼かれた村を顧みることなく去っていった。




 まだ、日は高かった。


 煙や、残った火を掻い潜りミリアは自分の家だった場所に駆け込み、そうして絶望と怒りに支配されて記憶を取り戻したのだ―――。

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