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茶の用意をして戻ってきたシロエスに部屋替えを要請したミリアだったが、青年は少し困ったように首を振った。
「ミリアさんを賓客としてもてなすよう、と命じられただけですので、私には決める権限がないのです。ラクサ様は本日の夕食をミリアさんと取られるそうですから、その時お願いされてはいかがでしょう?」
「ラ、ラクサ様とお夕食ですか!? シロエス様、あたし、お作法とか分かりません!」
先ほどシロエスの口から、グラトリア女神は礼儀を重んじると聞いたばかりだ。村娘のミリアが食事の作法を知るはずもなく、女子高生だった前世のゆりかの知識も役立ちそうもなかった。焦りばかりが募る。
「大丈夫ですよ。ここは荒っぽい土地ですから、堅苦しい作法は好まれません。そうですね、口の中に食べ物が入っている時には喋らない、飲み込んでから喋る、ということを注意しておけば、他は気にしなくても問題ありません。それに……」
ソファーに座らせたミリアにすっきりとした香りのお茶を勧めながら、シロエスは楽しそうに続けた。
「私たち神官は、まず神にお仕えするもの。そして神の手足として民に接するのが仕事です。身分の高い方との関わりもありますが、それよりも一般の方たちと触れ合うことが多いのです。ですから、ミリアさんが心配されることはありません。ああでも、料理に関しましては、神殿は質素を旨としていますから、あまり期待されないようにしてくださいね?」
夕食まではそのままの部屋で過ごして欲しいとシロエスは去り、ミリアは頭を抱えた。
「大丈夫って言われても、辺境伯の親戚って貴族じゃないのっ!」
中世ヨーロッパ風異世界もののラノベ知識は、身分のない日本の少女に貴族の位階を教えていた。
「辺境伯って、かなり偉かったよね? 侯爵家と実質同じくらいじゃなかったっけ。公爵が王族の血族だったはずだし、それ以外のナンバー1と同等って、どれだけ雲の上の人よ!」
ミリアは深呼吸して自己暗示をかける。
「落ち着け、落ち着くんだ自分! ラクサ様は血縁者でも辺境伯その人じゃないから! ああっ、でも神官『長』様だから、やっぱり偉いんじゃないのーっ!」
しばらくそうやって苦悩していたが、ミリアは別のことに気が付いて慌てた。
「大変! 見苦しくない恰好しなきゃ!」
ベッドルームに駆け込むと、ミリアは着ていたものを脱ぎだす。ちなみに部屋を隔てる扉はない。その代わりベッドの前には衝立があるので、その裏に回り込んでからだ。十歳ボディとはいえ、羞恥心まで失ってはいない。
「お風呂に入る時間はないけど顔と身体くらい拭きたいよね」
お湯を収納していて良かったと、布を浸して身体を拭く。髪も拭く。旅をしていると埃や砂塵でどうしても汚れてしまうのだ。
浴槽を確保してからは水の残量を確認しながら数日おきには入浴していた。水を確保できる井戸や川を見つける度に補充もする。人が一日に必要とする水の量は、飲むため以外でもかなり多い。アイテムボックスがなければ、ミリアはとうに干からびていただろう。
植物油と灰で作った自家製石鹸もどきも大活躍だ。髪も身体もそれで洗うようになって、かなり清潔に過ごせていると思う。荒野に生えていた酸味の強い草の実は、食用には向かなかったが予想通り湯に絞った液を混ぜることでリンスの代わりにもなった。このあたりは『石鹸シャンプーと酢リンス』愛好家だった前世の叔母のおかげだろう。
あと、簡単な化粧水もどきも作った。へちまの親戚のような植物を見つけたので、茎を切って中の水分を容器に貯め、煮詰めたあとにアルコールを加えただけのものだ。アルコールは戦場の兵士たちが持っていたものを拝借した。強すぎてミリアでは飲むにも料理に使うにも持て余していたものだ。出来上がったものを鑑定したら、ちゃんと化粧水と表示されていた。一応、パッチテスト済みである。
元々子供だということもあるが、おかげでミリアの髪はさらさら。肌はぷるぷるになりつつあった。髪は毎日時間をかけてしっかり梳いているので、艶もある。元日本人の女の子として手を抜くことはできない。
前世のゆりかは手芸部だった。普通の手芸部ならばせいぜい小物を作って文化祭で展示や販売するくらいだろうが、ゆりかの所属していた手芸部は全員、コスプレ衣装の作成をしていた。普通っぽい衣装もあれば、そうでないものも多く、それらに対応する部員のレベルと幅がどんどん上がっていくため、数代前より取り入れられた方針だ。おかげで、簡単な型紙を作って服を縫うという特技をゆりかは持っていた。
ミリアが生まれ育ったような村では、当然村の女たちで服を作る。だからミリアも簡単で基本的な裁縫は知っていたのだが、ゆりかの拘りが旅の間に炸裂した。トラフ町で、村よりも上質な道具と、生地や服を修復で確保できたことが大きい。
もちろんミシンがないからすべて手縫いだ。手間も時間もかかる。だが前世の手芸部部長の名言に支えられて毎日時間を作って作業した。
『並縫いさえ出来れば服は縫える!』
実際、村で与えられたり作ったりしていた服の縫製はおそろしく雑であった。正しく「ぐしぐし縫うからぐし縫い」と言われれば納得できるような。村にあった針や糸の質も悪かった、あれで長時間の裁縫はきつい。布も貴重品だったが、あったのは麻に似た植物由来のものと、山羊などから取った動物由来のもので、どちらも目が粗く肌に優しくなかった。
村娘として生きていた頃にはそれが当たり前だったが、現在はミリアの中のゆりかがそれを許さない。
さすがに布から織る気力はまだないが、村の簡易織機(小学生の工作レベル)やトラフ町で見つけたもう少ししっかりした織機は確保してあるので、よさげな材料の確保には余念がない。……そんなことをしているから、ただでさえ足の遅いミリアの旅路は寄り道ばかりである。だがまあ、冬になれば家の中でこもって作業する時間も増えるだろうからと、そのあたりは呑気に構えている。おかげでミリアのアイテムボックス内はカオスな内容物で溢れているが、誰にも迷惑はかけていないし、拘りぬいても許されるだろう。
今回、ミリアが取り出したのは、町長宅(仮定)で確保した未使用生地を荒野に生えていた草で染めたものを膝下丈のワンピースに仕立てたものだ。生地は柔らかい薄手の毛織物なので保温性も取り扱いやすさもある。
その草が染色に向くと分かったのはもちろん鑑定のおかげだ。食用、染料用、薬用と、ミリアはパリアントに着くまでに随分と鑑定のお世話になった。ありがとう、要望してくれた先人。
生地は何度も染めることで綺麗な山吹色になっている。それを丸首で長袖のシンプルなAラインワンピースに仕立てた。常に着ているチュニックよりも丈は長め。袖は少し膨らませて、袖口にはカフス。その上から、別の草で緑に染めた袖なし前開きのワンピースを重ねる。ハイウェストで切り替えて、スカート部分は生地にゆるくギャザーを寄せた。
前開きにしたのは、着脱しやすさを重視したため。デザインはシンプルだが、前開きで前たて部分にだけボタンを。ファスナーがこちらの世界にないことを嘆きながら、それじゃあボタンにするしかないね、とくるみボタンも作った。もちろん丁寧にボタンホールも作る。上身頃にだけ並んでつけたボタンは3つだけ。これはさすがにボタンホールが手間だったせいだ。
子供用だから凝りすぎない、脱ぎ着しやすく! をモットーに、なかなか可愛く作れたと自負する出来栄えだった。
ところで、この世界の文明同様、服装もまたさして進歩していない。男女共に着られているのは貫頭衣――チュニックだ。袖はあるが、ただ筒状にしただけ。襟ぐりに何か所か穴を開けて紐を通す。ウェスト部分を紐で結んで丈を調節。男は下にズボン(パンツと呼ぶよりはズボン)を、女性は踝までのスカートを、それぞれチュニックの下に穿く。どちらも紐で縛る形だ。
ボタンもないわけではない。ループ紐でかけて留める方法だが、主にマントや外套に使われていた。
つまり、ミリアが当たり前のように付けたボタンの使い方はかなり画期的なものになる。
そんなことには気が付かずに着替えたミリアは、髪も一旦ほどいて櫛を入れ、頭の両側からきっちり編み込んで、首元から一本の三つ編みにしていく。自作の髪飾りもつけた。
兵士の鎖帷子から取り外した鎖から色々作れたのだ。そのうちのひとつが伸ばして曲げただけのピン。そこに草の実から作ったビーズもどきを通して髪飾りに。マイ半田鏝を愛用していた女子高生には自然な発想だった。
足元は、旅でくたびれたブーツではなく、部屋履き用に作った布靴を履く。手縫いでベビーシューズを作った応用でなんとかしただけだが、兵士の防具から拝借した革で靴底と中敷きも作った。村では木靴を履いていたから随分と足に優しいが、舗装もされていない道には向かない。
オーバーワンピースの残り生地で作った小さなバッグも持つ。蓋付きのポーチサイズのハンドバッグ。木の実のチャームも付けた。
作業の合間に、
(修復が仕事にならなくても、お針子とか仕立て屋になれるかも)
などと考えたこともあった。
「とりあえず、ラクサ様とのお食事で、修復師のプレゼンできるか考えよう」
支度の終えたミリアは呼びに来たシロエスに案内され、ラクサの私室へと招かれた。
すみません、ミリアの服装考えることに熱中して話が進んでません。
無駄に前世の「ゆりか」のハンクラスペックが上がっていく……。
ヘアアイロンより半田鏝を欲しがる娘に頭を抱えた両親の姿が見えました。
子供服はハイウェスト切り替えワンピが可愛いと思う、絶対に。
重ね着下のワンピは赤ちゃん服のように両肩部分が開きます。基本が貫頭衣なのでそのままでは衿元が開きすぎると、こちらは小さ目のくるみボタンをループ糸で留める形にミリアが工夫しました。
いわゆる「衿」はまだ出現していません。寒い時期には布や毛皮を首に巻くだけ。
神官服も貫頭衣です。裾丈。ウェストは絞らずにすとんと着ます。神官は男女関係なく髪を伸ばします。神聖力は髪に宿りやすいため。魔術師も髪は伸ばしてます。一般男性は短く切るのが普通。もしくは肩口くらいまで伸ばして縛る。女性の髪は長い。
髭に関して。貴族と神官は剃ります。それ以外の男性は口髭顎鬚があるのが普通。これは髭剃り用の薄い刃物があまり流通していないので髭剃りが一般に定着していないため。そして「男らしさ」を表すために髭を誇示する男性も多いのですが、実は女性受けが悪いことを彼らは知らない。




