3
ミリアが連れて行かれたのは祈祷所の横にある通路で、その通路の先に地下への階段があった。トラフ町の神殿と違い、明々といくつもの魔道具が階段を照らしており、足元に不安はない。階段幅も広く、並んで歩くこともできる。
トラフ町の神殿の地下は奥まで一本の道であり、片側は壁、反対側は部屋が並ぶ造りだったが、こちらでは地下の入り口すぐの処から左右、そして正面に向かってそれぞれ通路が続いていた。
シロエスの先導に従ってミリアが案内されたのは、大きな書見台の目立つ部屋だった。
「ラクサ様、珍しいお客様です」
書見台に向かっていた人物が顔を上げてこちらを見た。
その瞬間、ミリアは生まれてはじめて、誰かに見とれて声も出ない状態になった。
癖のない真っすぐな髪は淡い蜂蜜色。向けられた瞳はきらめく琥珀。秀でた白い額には細い銀のサークレット。
その人は、彫像や貰ったメダルにあったグラトリア女神に似ていた。つまり、とてつもない美女であったのだ。年齢は正直、ミリアにはよく分からないが、二十歳を超えているのは確実な大人の女性。彼女はシロエスから視線を移動させ、かなり低い位置にあるミリアを見つけた。
「これは可愛らしいお客様だ。シロエス?」
「はい、こちらはソラス村のミリアさんとおっしゃるお嬢さんです。ミリアさん。こちらはパリアントの神殿長であるラクサ様です」
(一度聞いただけで覚えてるのすごいなあ)
前世で人の名前を覚えるのが苦手だったミリアは、シロエスを尊敬した。そして改めて神殿長に向き合った。
「はじめまして。ソラス村のミリアです」
頭を下げたあと、メダルを首からはずして差し出す。
「これはご丁寧に。こちらこそはじめまして。私はこの神殿を預かるラクサと申します。……なるほど、あなたは確かに珍しいお客様のようだ」
ラクサは受け取ったメダルにそっと息を吹きかけ、一言発した。
「ゼウラ」
『はい、お呼びですか』
メダルから聞き覚えのある声がして、ラクサに見とれていたミリアは我に返った。
「こちらはパリアントのラクサ。久しいな、ゼウラよ」
『はい、お久しぶりですラクサ様。……なるほど、ミリアさんがそこにおられるのですね』
「話が早くて助かる。では間違いなくそなたが彼女に渡したのだな?」
『間違いありません。私のおりましたトラフ町は魔王軍の進撃を受けて壊滅し、生き残ったものの、そのままでは衰弱死するところをミリアさんに助けられたのです』
ミリアの能力を告げずにただ事実だけを簡潔に述べたゼウラの声に安堵したミリアを残したまま、両者の会話は続いて行った。
「ならば確かに契約は成ったと。契約にふさわしき事態であったこと、確認した」
『はい、ゼウラ様。何卒ミリアさんへご配慮願います』
「分かった。女神の名にかけて承ろう」
いつの間にか茶の用意をしていたシロエスがミリアを椅子へと誘った。座ったミリアの後ろにシロエスは控え、テーブルを挟んだ椅子にラクサもまた腰を下ろした。
「ミリア嬢、我らが同胞、ゼウラに代わって礼を申そう。以後、すべてのグラトリア女神の神殿では、そなたへの感謝を忘れず、あらゆる面での便宜を図ろう」
耳に心地良いアルトの声の持ち主は、メダルの上に軽く手を翳してからミリアに返してきた。素直に受け取ったミリアは、メダルが先ほどと違うことに気が付く。
「色が違う……」
白っぽい銀色だったメダルは、銀青色に輝いていた。
「ラクサ様は二位の神官でいらっしゃいます。ゼウラ様の契約を確認された証にラクサ様の神聖魔術が施されたのですよ」
シロエスが説明しながら裏を見るように促す。
「ラクサ……お名前が増えています!」
ゼウラの名の下に新に刻まれたのはラクサの名前だった。
「素晴らしい。まだ幼くていらっしゃるのに字がお読みになれるのですね」
「我らが神殿に相応しいお客人だな」
二人の神官がミリアに向ける眼差しは先ほどよりも熱の籠ったものとなった。さすが知恵を司る女神の神官というところだろうか。
「ソラス村……トラフ町より南、荒野の先の村であったか? 神殿はなかったであろう? どこで学んだ?」
「あの、村に来る行商人のおじさんに頼んで教わりました」
「それはご両親のご意向ですか?」
「いえ、あたしが、知りたいと思って……」
「なんと向学心のある! シロエス、ミリア嬢を賓客としてもてなすように!」
「おっしゃる通りに。ミリアさん、入り口で宿の紹介をご希望でしたね。神殿には部屋も沢山ございますので、ぜひこちらにお好きなだけ滞在してください」
子供ひとりで宿をとることには不安しかなかったミリアは、神殿に滞在することをありがたく受け入れた。子供だけだと追い払われる、あるいは値段を吹っ掛けられる、などの予想がついたためだ。あと、宿代の支払いができるかの心配もあった。ゼウラのメダルは身元を保証はしてくれるが、金銭とはまた別だ。
客室へと案内してくれるシロエスが、自分が学校を出て神官になって間がないこと、パリアントの出身であること、などと教えてくれた。年齢は19歳だという。ミリアの滞在中は自分が窓口になるので希望があれば言って欲しいと笑顔で話す。
そこで、終始丁寧で柔らかい口調を崩さないシロエスに、自分の方がずっと年下なのだから、もっと砕けた口調でお願いしたいと頼むと、それはすぐさま却下された。
「私はまだ神官になりたてですので、これも修行なのです。グラトリア女神は礼儀を重んじられるので砕けた物言いは好まれませんので」
先ほどの会話でもシロエス、そしてゼウラは丁寧な口調だったが、神殿長のラクサは男女が逆のような話し方だったと疑問に思っていると、それを読んだように彼は苦笑した。
「ラクサ様は、こちらの辺境伯に繋がるお血筋で、更に女性でありながら他の神々の神殿との交渉もこなされますので、あのようなお話し方で通されておられます。ですが、祭祀などではとても流麗にお話されます」
一般の祈祷に参加すればその姿が見られますよ、と笑う彼は年相応に見えた。
この神殿の地下でも、主な部屋には扉がなかった。扉がないのは、神に対してやましいことがないと証明するためらしい。しかし、神殿関係者以外はそれでは落ち着かないだろうと、ミリアにはここでも扉のついた部屋が用意された。
とりあえず部屋で寛ぐようにとシロエスが退出したあと、ミリアは与えられた部屋を見て咄嗟に呟く。
「うわ、スイートルームだぁ」
手前に机と座り心地の良さそうな椅子が配置された居間があり、隣の部屋が寝室になっている。どちらの部屋も石造りの壁を覆うようにタペストリーがかかり、家具には余計な飾りはないものの優美なシルエットのものが使われていた。明かりの魔道具は花を象ったもので、普通のものよりも高価であることは明白。寝具にはたっぷり綿が入り、掛布は縁に毛皮のあしらった織物だ。
間違いなく、ミリアのような村娘に用意するような部屋ではない。
前世のゆりかだった頃でさえ、スイートルームに泊まったことはない。ゆりかの部屋は快適ではあったが6畳程度の広さしかなかったし、居間も寝室も、ゆりかの部屋がふたつ以上はいりそうな広さがあって、ミリアの村の家一軒よりも広かった。
「シロエス様が戻って来られたら部屋を変えてもらうようお願いしなくちゃ」
そんなミリアの願いは、ラクサ直々に拒否されることになる――。




