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真剣な顔で問いかけたミリアに、神官は生真面目に答えてくれた。
「外に出られればですが、他の神殿を頼ることができます。そして私には神聖魔術がありますので、身を守ることができます」
神聖魔術は、この世界の神官となった者が仕える神より与えられる力だ。あいにくミリアは見たことがなかったが、高位の神官ほど力は増すそうだ。グラトリアは水と知恵の神。おそらく、水に関した力なのだろう。
「どんなことができますか?」
もしかしたら、神官以外には秘されているのかもしれないと思いつつミリアが尋ねると、何のてらいもなく、神官は続けた。
「水を見つけ出すこと、水をあやつること、ですね」
生きるために水を見つけられる能力は使える。だがそれで身を守れるのかと疑問を浮かべたミリアに、穏やかな表情のまま神官は中身の残った水差しに手をかざした。
「あまり外部の方にお見せするものではないのですが、ミリアさんは私たちの恩人ですし」
神官の手に導かれるように水が空中に浮かび上がり、手振りに従って細い糸のようになって壁に突き刺さった。壁を確認すると隣室まで貫通しているのが分かる。
「敵意のある獣や、堕ちた人間には対処できると思いますよ」
話の内容の割に物騒な発言をする神官は、見た目の印象を裏切り、それなりに場数を踏んでいるのかもしれない。ミリアの納得した様子に神官は頷いてみせた。
「私は王都の生まれで、そこの主神殿で学んで神官になりました。この町に赴任するにあたって、王都から一人で旅をしましたので実戦経験もあります」
それならば、ピートと二人でも大丈夫だろうと、ミリアは緊張で湧きあがった唾を飲み込んだ。
「神官さま、ピート。あたしには特殊な能力があります。それを使ったら外に出られます」
ミリアがそう言うと、神官は合点がいったという表情を浮かべた。
「なるほど、あなたはソラス村からやって来たのでしたね。女の子ひとりでは荒野を超えるなどと、普通なら不可能でしょう」
「はい、その力にはずっと助けられています。それで、条件を飲んで貰えれば、二人が出られるようにしますが、聞いてもらえますか?」
「聞きましょう、私たちに出来ることであれば」
ピートを真っすぐな子に育てたこの神官ならきっと信じられる。ミリアは条件を述べた。
まずはミリアの能力を決して人に語らないこと。下手に他人に知られて食い物にされてはたまらない。そう言ったミリアに、神官はさも当然といった風に頷き、
「神聖魔術の中には、神聖契約というものがあります。互いの誓いを神に預け、破った者には神からの裁きがくだされます。それを使いましょう」
と、提案してきたのだった。もちろん、ミリアにとっては願ってもないことだ。
「あと……、あの、壊れていてもいいので、明かりの魔道具を譲って欲しいんです」
「本来であれば神殿の所有物であり、私個人の持ち物ではないためにお受けできない話ですが、命の恩人に差し出すことをグラトリア女神もお許しくださるでしょう」
最初ミリアが考えていた条件はその二つだけだったのだが、先ほど見た神官の神聖魔術にして欲しいことができてしまった。
「えと、あつかましいんですが、先ほど見せていただいた神官さまの神聖魔術をあたしのために使っていただくことはできますか?」
神官から、ここに留まっていては何の役にも立たなかった力だからと快諾を得た。外に出れば井戸もあるから威力も見込める。
とりあえず今夜はこのまま眠って体力を整え、明日朝に行動することになった。
神殿の地下の部屋は、扉のない造りがほとんどだったが、女の子だからと数少ない扉のある部屋を宛がわれたのは幸いだった。寝台と荷物を入れるための櫃があるだけの小さなものだったが、ミリアが愛用している納屋よりもずっと広い。神殿に仕える者に取って清掃は大事な修養であるらしく、部屋がすぐ使える状態なのも嬉しい。そして当然のように、質素を旨としていても、ミリアのものより寝台も寝具も上等だった。
(これも譲ってくださいって言うのは、さすがに望みすぎよね)
「ステータス!」
氏名:ミリア
種族:人間
性別:女
年齢:10歳
職業:修復師
レベル:24
基本スキル(転生者限定):鑑定、アイテムボックス
荒野を超える間にまたレベルが上がっていたらしい。これだけレベルが上がれば神殿そのものは無理でも、部分部分の修復は可能だろう。井戸の釣瓶の修復も問題ない。
「問題なのは、あたしがこれからどうするか、よね」
疲労を抱えた小さな身体は、安全な場所での休息へと誘い、ミリアはすぐに眠りに落ちて行った。
翌朝、二人に挨拶したあと、昨日よりは粗目に砕いた燕麦を使ってまた粥を作る。今度は今世での貴重品である砂糖を使い、久々の甘味にミリアは満足した。もちろん、神官とピートの表情も同じものを伝えてくる。
ミリアの場合、前世の贅沢な記憶があるとはいえ、前世は前世、今世は今世と、切り捨てる潔さが必要だったのだが。
3人で入り口に向かい、塞ぐ瓦礫に手を当てる。
「修復」
と、ミリアの声に応えるようにたちまち瓦礫は消え去り、階段へ向かうには何の支障もない元の入り口があった。
ミリアの能力がどういったものかを知らなかった二人は驚愕の表情を浮かべてそのまま固まっていたが、先に我に返ったピートが神官の手を取って階段へと引っ張っていった。
「すげえ! 神官さま、これで出られるな!」
満面の笑顔を向けるピートに、神官もまた微笑みを浮かべる。そうやって階段を上っていく二人の後をミリアはゆっくりとついて行った。
地上に出た神官は久々の太陽に目を細くし、ゆっくりと深呼吸したあと、周囲を見渡して痛ましげな表情を浮かべる。
「外は、これ程被害があったのですね」
「オレが見に行った町のほとんどがこんな感じだ」
「永らえたことをグラトリア女神に感謝を。そしてミリアさん、あなたにも感謝を」
「ミリア、本当にありがとな!」
正面きって感謝を述べられ、あまりそういう経験のないミリアは思わず両手を顔の前で振る。
「あたしは、貰った力を使っただけで!」
「それでもあなたに出会わなければ死を待つだけでした。本当にありがとうございます」
照れたミリアはそのまま井戸の方向を指さして、そちらに行こうと誘う。
照れ隠しなどお見通しだったのだろう。微笑まし気にミリアを見つめながら神官は真面目な顔でミリアに向き合った。
「ミリアさん、これは確かに特別な能力です。あなたが他言を恐れるのも当然でしょう」
「すみません神官さま。これよりもう一つの力の方が問題なんです……」
ミリアは井戸に向かうのを遮る瓦礫を見つめて収納してみせた。
「「はっ!?」」
二人の声を背後に聞きながら、ミリアは居たたまれない気持ちになった。




