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もし出会ったのが大人だったら、ミリアはもっと警戒しただろう。そういう対象には若すぎても、女だからこその危険もあると承知している。
だが村を出て初めて会ったのが同年代の少年だったことで、ミリアの警戒レベルはかなり低くなっていた。
彼が苦労して水を汲んでいた井戸も、ミリアなら修復できる。だが、そんな簡単に出会ったばかりの相手に打ち明けられる能力でもない。
(でも、もしピートが一緒に旅をするって言ったら……)
先走りかもしれないが、そこまでミリアは考えていた。どうやら久しぶりに誰かと会えたことに知らず興奮していたらしい。
「でもオレはここを離れられねえし」
まだ、共に旅をしようと打診したわけでもない。ピートの言葉は、ミリアのそんな想定をきれいに断ち切った。
「どうして、って聞いてもいい?」
ようやく会えた「生きている人間」を、死ぬと分かっていて置いていけるほどミリアは強くない。だから出会ったばかりなのに踏み込んだ質問をしていた。
「オレ以外に残ってる奴がいるから」
相変わらずあっさりと、そしてまた爆弾発言で答えられて、ミリアは呆然とした。
何処に、どうやって、と詰め寄るミリアの全身を眺めて、ピートは頷く。
「ミリアならちっこいから大丈夫だな」
手振りでついて来いと歩き出したピートは、何かに気付いたらしく振り向いた。
「なあ、お前、さっきくれたやつ、まだある?」
「うん、まだあるよ」
「もう一個もらっていいか?」
「それは別にいいけど……」
荒野で兵士たちから集めた糧食はそれなりの量はあった。何個か食べてみたが、積極的に口にしたいものでもなかったので、ピートに譲ることに抵抗はない。
「助かる、ありがとうな!」
捨て子だったピートが、働きながらとはいえここまで町で暮らしてこれたのは、彼のこんな性格のおかげもあったかもしれない。彼よりは恵まれた状況にありながら不満を抱えていたミリアからすれば、ピートの性格は奇跡だと思えた。
ピートが案内したのは井戸の奥。丁度ミリアが入り込んだのとは反対側の建物……だったところだ。残った土台や散らばった柱や天井などに使われている石が、他の建物よりあきらかに大きかった。
そこを指摘すると
「ミリアはよく見てんだなあ」
と、逆に関心しながら教えてくれた。
ここがピートの育った神殿だという。前世では神殿という名前からパルテノンのような荘厳で巨大な建物を思い浮かべるが、周囲の家より若干大きいくらいの規模だったらしい。本神殿のある王都から遠く離れた小さな町にある、前世での「ご近所の神社」程度の感覚になる。末社や出張所のような感じだろう。
ちなみにこの世界は多神教であり、それぞれの神を祀る神殿があり、聖地もある。この神殿では水と知恵を司るグラトリア女神を崇めているという。グラトリア女神の神殿では各地で子供を集めて読み書きなどを教えていることも多い。王都には学校もあるそうだ。
「だからオレも読み書きとか、ちょっとした計算とかできて、結構重宝されてたんだぞ」
なるほど、商家や裕福な家では必需でも、一般的な町の人間にはそれほど浸透していない知識を持っていれば、ピートのような孤児であっても受け入れられるだろう。しかも子供に払う賃金であれば安くあがる。逆に、どこの町に行っても仕事には困らないだけの武器をピートは持っていることになる。
(それでもピートがここに残るのは……)
神殿跡地の瓦礫の中を器用に進むピートが示したのは、地面にぽっかりと空いた穴だった。
「地下?」
「そう。神殿では、地上は神様を祀るところ。で、そこに暮らす人間は……」
「地下に住むのね」
話が早いと穴に潜り込んだピートを追うと、石造りの階段が下へと延びていた。地下の天井は高いとみえて、段数はそれなりにある。地上からの光が差し込まなくなると足元も覚束なくなるほどの暗闇ばかり続いており、ミリアは壁に手をつき、足で探るようにして降りていった。一方、この場所に慣れているピートは滑るような速さで駆け下りて、その姿はとっくに見えない。
「ピート? 待ってよ」
心細くなって呼びかけると、すぐに足音が戻ってきた。
「悪い、お前慣れてないもんな。こうなる前は、壁に魔道具があったんだけど。下にはまだ壊れてないやつあるし、もうちょっとな?」
(やっぱり明かりの魔道具ってあるんだ!)
欲しいと思ったアイテムが存在していたことに興奮して、残りの階段は短く感じた。
一番下まで降りると、片側から明かりが漏れているのが分かった。だがその範囲はひどく狭い。
「魔王軍が通って上を壊したせいでさ、ここも崩れたんだ」
僅かな隙間をピートがするりと抜けていく。慌ててミリアも隙間を抜けた。おそらく、この隙間を大人が通るのは難しいだろう。ピートが、ミリアなら大丈夫と言ったのも、きっとこのせいだ。
隙間を抜けると広い空間があった。神殿の建物は余程丈夫に造ってあったらしい。普通の家なら地下なぞ埋まっていそうなものなのに、入り口以外はほぼ残っているようだ。
天井に近い高いところに、いくつか明り取りの窓があり、そこからの光と、等間隔に並べられた魔道具と思しき光が地下の部屋を照らしていた。
「神官さまーっ、お客と水と食いもん!」
扉のない部屋に飛び込んでピートが叫ぶので、ミリアも部屋を覗き込む。
「おかえりピート。そんな大声を出すものじゃないよ」
四角い部屋の中にはいくらかの家具があり、椅子に座っていた人物がこちらを振り返った。
「ただいま、神官さま! こいつ、ミリア!」
歳の頃は三十代半ばだろうか。ゆったりとした貫頭衣をまとった、穏やかそうな男性が、ピートの後ろから覗いているミリアに気が付いた。
「おや、本当にお客様なのですね。いらっしゃい」
柔らかな雰囲気につられるようにミリアも口を開く。
「お邪魔します。あの、ソラス村のミリアです」
「それは遠いところをようこそ。私はこのトラフ町のグラトリア女神に仕える神官で、ゼウラと申します」
そんな風に初対面の挨拶を交わすミリアと神官をよそに、ピートは水筒を押し付けた。
「神官さま、ほら水!」
「ピート、お客様の前ですよ」
たしなめながらも、ピートに向ける神官の目は優しく、少年の頭を撫でる。
「ありがとう。無理はしていないかい?」
「平気! オレ、身が軽いし!」
嬉しそうに神官の前にいるピートは年齢より幼く見えるほどだったが、くるりとミリアの方を見ると手を突き出してきた。
「ミリア、さっきの!」
「あ、うん。どうぞ?」
ピートの勢いに押されるように、背嚢から出したように見えるよう掴んだ糧食をその手に載せる。
「ほら神官さま! ミリアがくれた!」
さっそく糧食を神官に渡そうとしたピートの手をゼウラは留めた。
「待ちなさい、ピート。このご時世、ミリアさんにも貴重なものでしょう。無理を言ってはいけませんよ」
「そんなこと言って、神官さま、ずっと食べてねえじゃん!」
生活空間であったなら、いくらかの食べ物はあったかもしれない。だが魔王軍が去ってから、この神官は地下に閉じ込められていた。この人の様子ならば、自分よりもピートに食べさせることを選びそうだ。
「あの、これ、拾ったようなもので! まだ沢山あって! だからその、そう! グラトリア様へのご寄進ということで!」
驚いたような顔をして神官がミリアを見つめる。
「あなたはソラス村から来たと言っていましたね? あそこはとても小さな村だったはず。それなのに、ピートよりも幼いあなたは、随分と語彙が豊富だ」
大半は前世の記憶のおかげなのだが、それを口にすることも出来ずにミリアは誤魔化すことにする。
「あの、母が。パリアントの出身で、色々教わりました」
パリアントはミリアが目的地としている北の街だ。このトラフよりも遥かに大きな都会らしい。なのでそのこと自体には嘘がない。
「そうだったのですね。では遠慮なくこちらは女神に献じさせていただきます」
納得したらしい神官は、部屋の奥の棚に飾られた小さな女神像に受け取った糧食をささげた。神への供物とされたものは、のちに人へと下賜される。丁度、神棚に供えた白米のように。
何やら祈祷したらしい神官は、女神像の前に佇んでいたが、やがてまた糧食を取って振り返った。
「ピート、これを」
「オレ、さっき貰って食ったし、それは神官さまの!」
ああ、やはりこの神官は少年を優先していたんだ。そのことがミリアの心を温める。色々覚悟はしてきたつもりだったが、村を出て最初に会った大人がこういう人であったことで、ミリアはじんわりと嬉しくなった。




