9 シロは賢い
アリアが気絶するのは珍しくない。魔力が暴走したりした後はくったりと延びる。
シアはアリアを抱き上げると、仮ベットというかいつもの寝床に横たえた。
居間に寝床が作られてしまっているのを、片づけたり禁止できないのは、そんな事情があるからだ。
ホウオウもいるしシロもいる。一部屋ですべて完結するので楽でいいと思ってしまう。
まあ、だれも訪ねてきたりしないし、もしもの来客は本館玄関で出迎えて、応接室に通せばいい。
シアとアリアだけの空間は居心地がいい。
ホウとオウがアリアをのぞき込んでいる。
心配しているようだ。
「シロ おおきくなっちゃったねぇ・・・小さくなれる?」
シロは倍以上、3倍くらいに大きくなっている。顔も低い鼻が少し伸びて狼に近くなっている。
「まあまて、今小さくなるから」
シロはすたすたとホウとオウの前に座った。
前足をホウに向かって差し出すと、ホウがくちばしを寄せる。
ふわりとシロの体がふくらんで光を放つとホウに光が移っていく。
ホウの頭、首、胸、羽、尾羽と光がいきわたると今度はオウに、光を移す。
やがてシロの光がおさまり、ホウとオウの光がおさまった時シロはほぼ元の大きさになっていた。
「初めてだから、吸い過ぎてしまったようだ。これからは体が大きくならないようにコントロールできるように
気を付ける。ホウもオウもアリアの魔力をもらっているので移譲した。話せるかもしれんぞ、そのうちな」
それはそれは・・・シアは驚いたが、不思議ではないと納得した。
文献を調べたところ伝説の霊鳥と似ているとは思っていた。
アリアはペット扱いだが、かといってシアがどうこうする気もなかったし、出来るとも思わなかった。
霊鳥は気難しく、なつくとか考えられないしろもので、シアの手にはおえないとわかっていたから。
伝説の鳳凰からホウとオウと呼んでいたが本当の名前は別にあるのかもしれないし
種族すらわからない。話してくれるのならばいろいろわかるかもしれない。
「まだ無理か?」
シロガ問いかけると、ホウがうなづいて答えた。
「我は森から生まれたが、彼らは山由来の精だ。はるか昔からリュ―リ山を守っている。
最近は力を落としてしまい、なかなか具現することはなかったが、アリアの魔力に引き寄せられたのは
我とおなじだと思うぞ。」
ホウとオウがそろってうなづいた。
意思の疎通が可能であれば聞きたいことがある。
「私と話をしてくださいますか」
シアはホウとオウの前に膝をつき、話しかける。
ホウが首を縦に振る。
それを確認してから話かけた。
「あなた方がアリアに残してくださった、孵化しなかった卵のことです。」
じわりと緊張する。
正直怖い。これをずっと聞きたかった。けれど怒りをかうのが怖くて聞けなかった。
かってに持ち出して・・・というのも考えなかったわけではないが手がどうしても出せなかった。
「あの卵を使って薬を作ったり、他の何かで使えるものならば研究させていただきたいのですが、
よろしいでしょうか。私が調べた文献にあの卵のことが書かれていました。
砕けば霊薬となり、あらゆる病を治すとありました。」
ホウとオウが顔を見合わせて相談するように首をふり声なき会話をしているように見える。
シロがその間い入り、これまた声なき会話に混ざる。
シアはこんなことを言うのはまずかったかと思ったが、静かに待った。
しばらくしてシロがかわりに答えた。
「使うのはかまわぬそうじゃ、しかし少し待てと言っている。我らが話せるようになるまで待てと言っている。
伝承が人間にどう伝わっているかわからぬまま使うのは危険だと言っている。
アリアの魔力は解放された。それほど待たずに話せるだろうと言っている。」
シロの言葉にほっとした。
「ありがとうございます。お話いただけるまでお待ちします。
その時にはよろしくお願いします」
ホウとオウにお辞儀をする。右手を胸にあて、腰から折り曲げる最上級の礼。
霊鳥にそれが伝わるのかはわからなかったが、そうさせる神々しさがこの鳥たちにはあった。
駆け出しのころならいざ知らず、筆頭となった今では公式の場でのみ、女王に対面したときくらいしかしない礼をホウとオウにしたのだ。最上級の敬意をもって。
クルリと向きを変えるとシロを抱き上げる。
「で、シロ、魔力のコントロールはうまくできそうかい?」
「なんだよその差は、態度違いすぎだぜ!」
「いや、ついね・・それにしても口が悪いね。どこで覚えたのかな?」
「森で覚えたにきまってんだろう。人が森にきては狩りをしたり、薬草摘んだり、木の実を集めるのは
今始まったばかりじゃねえ。時間の経過はわからないが、たくさんの人がきて森にきてはいろいろ話す。
それ聞いて覚えたのさ」
「それは狩人とかかな?」
「たぶんな、でも違うのもいたぜ。物好きにも小屋を建てて住んでた人もいたし、それを訪ねてきていた人も大勢いた。話きいてると面白かったからしばらくいっしょにいたこともあるし」
「へえそれはびっくりだね。詳しく聞きたいね興味深い。その人とも話ができたのかな?」
「いや魔力が足りなかったから型を作れなかった。聞いてただけだ。」
「それは残念、カタチをつくれたのは今回つまりはアリアが初めてってことでいいのかな」
「まあそうだな、アリアのそばは心地よい、魔力も充分だ。」
「なるほど君は意思なんだね。もともとはカタチをもたない思考だけの存在でアリアの魔力をもらうことで具現化してカタチを保っている。アリアがいるからシロがいる。
アリアがいなければカタチを保てない。話すこともできない。
アリアの魔力を完全に遮断するか、アリアが亡くなるかすれば存在できない。」
「しかもわからないほど長生きで、森にきた人たちの知識を聞いていた。
それをきちんと覚えている。合ってる?」
「まあそうだな。合ってる」
「妖精・精霊・神・・・は違うか・・神獣?」
「人の呼び方なんぞ知らんと言ってるだろうが。この形もアリアが望んだからこうなっただけでアリアが心から望めば鳥でも人でもなれるぞ」
「いや、人は私がいやだな・・・男の子?女の子? それにもよるけど」
「雌雄はない、繁殖しない。必要ない。私たちは森の魔力だまりから生まれる。」
「なるほど、アリアと話してもっと分かり合えたらいろいろできそうだね」
シアがにんまり笑う。
「でもその前に言葉使いを覚えなおそうか、そのままアリアに話しかけたらアリアまで口が悪くなりそうだ」
「えっ・・・そこから?」
「そう、そこから、リリィとモーリは知ってるよね。かわいい女の子設定でいこうか。
話し言葉をよく聞いて覚えてね。アリアも喜ぶと思うよ」
「村の娘だな。あれを真似るのか?」
ちょっといやそうだ。
「私の口調でもいいけど、アリアがいやがりそうだし」
「俺だっていやだ。わーったよ。お姉さん言葉だな。やってやるよ」
「はいわかりましたわ、くらいで頼む」
「ええ、わかったわ。何とかしますわ」
みごとにすまして切り返すシロ、賢い。
「すばらしい、それでよろしくな」
シアがやわらかにほほ笑んだ。
シロが一瞬呆けるような笑顔を見せる。
「私はとてもうれしいんだよ。アリアの味方が増えることは大歓迎だ。アリアが存在することでここにあるシロがいる。アリアのためにアリアののことだけを見ていてくれる君がとてもうれしい。
ほっとしている。大事にするよ、シロ、いっしょにアリアを守ってくれるよね。これからもよろしく」
シアはシロの前足をそっと持ち上げると握手をする。
「シロ、いっしょにアリアを守るんだ。相棒になってくれるよね。すべてはアリアの為に」
シアは心から喜んでいた。
いままでもアリアを大事にしてくれる人たちはいたけれど、その人たちには他にも大事なものがある。
唯一の守りをくれるわけではない。しかも男ではない。(これ とても重要)
魔力制御もシロがうまくできるようになれば解決する。
これからは何もかもよくなる。
「ええ これからもよろしくね」
シロはとても賢い。きちんとお姉さん言葉でご挨拶した。