8 足輪をはずします
かめの歩みの投稿ですみません
あくる日、シアが作ったスープとパン、リンゴで簡単な朝食をとった後
居間のテーブルにお茶をいれてから向かいあって座る。
お茶はアリアが去年の春に手摘みして揉み、乾燥させて作ったものだ。
ブラスト村は基本自給自足なので、あらゆるものを自分で作る。
アリアも村の人たちに習って、いろいろ作っている。
去年のお茶は出来がよかった。
一口飲むと、香りが鼻にぬける。ほのかな甘みがあり呑み込んだあとに
わずかに渋みが残る。あまり渋いのは苦手なので早めに摘んで仕上げたお茶は
アリア好みに仕上がっていた。
お茶の中に混じる花のような芳香を楽しみながらシアの言葉を待つ。
「では説明するね。
春になったら、お客がくるんだ。帝国はわかるかな」
アリアは声を出さずにうなづく。
「帝国はとても大きな国だ。サムソの100倍の国土と人口を持っている。
サムソは島だけど、帝国は大陸と言われる大きな土地がある。
山も高い、戦争で広げた領土はもっと広い。属国だね。」
「その帝国から第三王子が側近を連れて春になったらやってくる。
その時、このブラスト村に滞在すると女王陛下から言われた。
外交の為の大人たちは王都で商談をしたり、文化交流を行うのだがその期間は1か月」
「王都から馬車で1週間かけてここに着くとして、滞在は10日くらいになると思う。」
「何しにくるの? そんな大きな国がこの村に興味があるの?」
「目的は侵略できるかどうかようすを見るためだと思うよ。
まず婚姻の申し込みをしてくるだろうね。狙われているのはアイリーン王女だね。」
「伴侶様になるの?でもそれは不可能だと思う」
「そうだね、サムソの見方だとそうなるが嫁取りを申しこんでくると思っているよ」
「帝国から見るとこの国は小さくてとるに足らない国だから、あきらかに下に見られている。
次期女王を3王子に娶らせてこの国を支配したいと思っている。まあ今のところ推測でしかないが、
大きく間違ってはないと陛下も伴侶様たちも思っている。
この国の詳しいことはあまり帝国には知られないようにしてきたし、これからも知らせるつもりはない。
商人と使節が年に一度だけ来て、その時に物々交換をしてお帰りいただくのが理想だね。
ところが帝国はこの国が欲しくなったらしいね。」
「支配されるなんていやだわ。女王陛下がいらっしゃる今のサムソが好きだわ。」
「私もだよ、リーンはまだ5才だからね。幼さを理由に今回は会わせたりしない。
その代わりにエレクとの交流を深めるという理由でここに連れてくる。
この国の自然や住人の暮らしの勉強会という名目でね」
シアはアイリーン王女をリーンと愛称で呼ぶ。エレクは第一王子エレトラスの愛称だ。
王室付筆頭魔術師の彼は王子王女が生まれた時から交流がある。
「帝国なんて吹き飛ばしてしまえばいいのよ」
「過激だな。アリアと僕ならたぶんできるとは思うけど後が面倒だからそれはしない。
帝国もらってもあの巨大な国を統治・・・めんどうみるなんてごめんだからね」
「じゃあどうするの?」
「今の関係を維持するのが理想だね。帝国との間には海がある。帝国の魔法力はこちらに比べると
かなり低い。帝国に魔石を売って属国からもたらされる珍しい物を売ってもらう。
潮の流れと風の向きのおかげでこの国に来ることができるのは年間でも3か月ほどに限られるのも
こちらにはいいことだ。干渉されないからね。」
「コーヒーとかコショウとかは欲しいよね。シアは特に・・・」
シアはコーヒーが好きだ。輸入に頼っているので大変高価で量も限られている。
筆頭魔術師の特権で時々楽しむくらいは確保しているがそれでも潤沢ではない。
「それがね、今回は実だけじゃなくて苗をくれると言うんだよ。王宮に温室があるのは
知られているからそこで育てられるくらいはいいのではと思ったんだろうね。
アリアが成人したら行ってみるのもいいかなって漠然と思っていたけど先に手に入るのは
うれしいよね。」
シアの転移は距離は関係なく翔ぶことができるが、不可視、目で見えてない場所に行くためには
転移門を開いて魔石を設置することが条件になる。最初は船なり馬車なり歩いてでも
そこまで行かなければならない。船で大陸に行く為には1か月の船旅だ。
成人していないアリアを置いていくのは心配だったから行けなかったと言う。
「置いてかれるのはいやだなぁ、連れてってくれないの」
「僕が行き着けば帰って、迎えに来るから行けるよ」
「でもいや!行くときには連れてってね、絶対だよ」
話がずれている。帝国の王子様はどこかへ飛んで行ってしまった。
アリアはむくれてにらんでいるし(まずい)と思ったシアは話を元に戻そうとした。
「まあそれはその時考えようね。
で、王子にはこの国を少しだけ知ってもらって
機嫌よくお帰りいただかないとまずいんだ。
でもアリアの力を知られるわけにはいかない。
アリアが誘拐されたり暗殺されたりは避けなきゃいけない。
とても危険なんだ。わかるよね」
それはいつもシアがアリアに言い含めていることだった。
力を知られてはいけない。少なくとも自分の身を守れるほどに魔力を使いこなせるようになるまでは、
どうしてもダメ。今のアリアは脆弱な体力の13才の少女でしかない。
「でも万が一に備えて身を守る方法を覚えてもらわないといけない。だから訓練を次の段階に進める。」
シアはシロに目をやると立ち上がった。
シロを抱き上げてアリアにも一度立つように言う。
椅子の向きを変えてテーブルに背を向けさせると、そこにアリアを座らせた。
シロをアリアのひざにおろして抱かせると言った。
「今から足輪をはずすよ。シロが手伝ってくれるからね。心配はいらない」
よくわからない。このわがままな犬が何が出来るというのだろう。
シロの頭をなでてやるときもちよさそうにしている。
「シロ、はずすよ。しっかり吸ってくれ、危ないからな」
シアがシロに話しかけるなど、それだけで珍しい。
シアはアリアの足元にひざまづく。
ブーツの中にいつもは隠されている足輪は金色で小さな石がいくつもはめ込まれている。
今は室内用のスリッパに裸足なので足首にあるそれは見えている。
この足輪はアリアの魔力を制御している。はずすことのできるのはこれをはめた本人か、はめられた本人より魔力が上回るものにしかはずせない。アリアはたぶん自分ではずすことが出来ると思ってはいたが
はずす気持ちはなかった。シアがアリアの為につけさせているのをよく知っていたから。
幼いころ、感情のゆらぎに負けて庭や森に大穴を作ったのは(自分の魔力が怖い)という記憶を植え付けた。自分自身が怖くてたまらない。
シアの手が足輪に触れる。
ピチリと音がすると足輪がちぎれてはずされた。
シロの体が膨らむ。ふんわりとした毛が内側から風が吹くようにふくらんでいく。
アリアは熱を感じる。一気に体温が上がりお風呂でのぼせた時のくらりとする熱。
体の内側からふくれる熱にとまどう。しばらくがまんしていると、唐突に熱が冷めた。
シロが光っているまぶしい。キラキラと輝やいている。
「シロ大丈夫?」
アリアが声をかけると
「少し待ってくれ、今取り込む」
シロが返事をした。びっくりしすぎて声に出せない。
(シロがしゃべった!話せるわんこ!なんで!)
心の中でパニックになりつつも見守る。
キラキラがおさまるにつれてシロの体が成長した。およそ倍くらいに大きくなったところで
キラキラが消えた。前から青みがかった白だと思っていたが濃くなって水色になっている。
アリアの膝からするりと抜けて、跪づくシアの横に降りた。
アリアの前に向かいあわせに座る。わんこの正座。前足もきちんとそろえて背筋ものびている。
「アリア、これからもよろしく・・・・・・・」
シロがすべてを言い終わる前に
「うヒャー~~~~~~」
アリアの悲鳴が響き渡り
そのままカクンと気絶した。