3 シアとアリア
シア 26才 アリア 13才
13才の差 これだけはどうしても超えられない壁。
アリアが朝目覚めると、スープの香りが鼻をくすぐった。
(シアが帰ってきた)
一気に目覚めると寝間着のまま簡易ベッドから抜け出して走る。
ちょっとふらっとしたが、大丈夫転ばなかった。
台所に直行するとシアの背中に飛びついた。
アリアの背丈はシアの肩にも届かない。
早く大きくなりたいがこれも越えられない壁だ。
「シア帰ってきたの、起こしてくれればお帰りなさいを言ったのに」
少し怒って見せる。
「遅かったし、ちょっと王宮でおもしろくないことを聞いたんで
風呂入って寝た」
起こすなんてしないよ、怖いし。
思っても言わない。
「おかえりなさい」
くるりと体の向きを変えてシアの前に立ってごあいさつ。
「ただいま」
シアが家族だと思う一瞬だ。暗い気分があっという間に消える。
「顔を洗って着替えておいで、朝食にしよう」
アリアは浴室に駆けていく。
その後ろ姿を見れば 女性を意識するのは無理だろう。
髪はくしゃくしゃ、寝間着は斜めにずれ落ちている。
裸足でぺたぺた走る。5才のころと変わらない。
シアがアリアを拾ったのは8年前。
シアは内包魔力が大きすぎたため特殊な育ち方をした。
手足に魔力減少効果のある腕輪と足輪をはめられ、特殊保育士が常にそばに
付き添う。友達は作ることは難しく、教育としつけはしっかりとされた。
特殊保育士は愛情もって大事に育ててくれたが、それ以外の人々は近寄ることもなく
恐れの目で見た。魔力が大きいほど喜ばれるが大き過ぎれば恐怖の対象になる。
それは両親も同じだったらしい。
5才の時プレートを与えられた。
名前と生年月日のみが彫り込まれた金属プレート。
このプレートは子供の養育を放棄する時に子供に与える親の最後の言葉。
『この子を精霊に預けます。運命も生命も精霊の良きように』
シアのように育てるのに難儀なほど両親を上回る魔力を持った子供は
とても危険なのだ。5才を境目に親は選択しなければならない。
その命を奪うか精霊に預けるかの2択。
少しでも生存の可能性が残る精霊に預けるを選ぶことが多い。
プレートを与えられた子供は救護院の転送室から精霊の森に送られる。
精霊に見つけてもらい、精霊に育ててもらう、たとえ人の世界に戻れなくても
どこかで幸せになってほしい。そう願われて。
シアもプレートを与えられると、衣装が整えられ食料、金貨、魔石 など
小さな荷物が作られ、救護院に連れていかれた。
白いお鬚の院長さんがやさしく出迎えてくれた。
女神の祭壇の前に跪き、精霊の加護を願う。
両親もいっしょだった。シアが記憶の中でその時が両親と一番近づいたのだと
思う。赤ん坊のころはわからないけれど。
転移室はきれいな彫刻のほどこされた、大きな扉の向こう側。
ここに入ったらもう自分は死ぬのだと妙に達観していた。
あまりかまわれなかったせいで感情が育ってなかったのだと
後に保護者になった人に言われて そうだったのかと思う。
扉が閉められた。
精霊に食べられる、そう思っていたのにちがった。
表の扉が閉められて少しすると違うところにあったもう一つの扉が開いて
女の人が入ってきた。シアは抱きしめられた。
「大丈夫、今日から私があなたを育てる。」
精霊の森には送られなかった。
保護者ができた。
「私はあなたと同じくらい魔力があるの、だから私ならあなたを
育てることができる」
「わからないかな?今は受け入れて、ちょうだい、大事にするから
私といっしょに来てくれる?」
シアはうなずいた。わけがわからなかったが女の人の目が
とてもきれいで信じられるとおもったから。
シアが大きくなって王宮での仕事を任されるようになってから
精霊の森に頻繁に遊びに行くようになった。
精霊の森とはブラスト村の南側に広がる浄化の森のことだと
教えてもらってから、自分のように精霊に送りこまれる子供を
助けたかったからだ。
王宮の自室から簡単に浄化の森に転移できるのはシアだから。
他のだれにもまねはできない。
シアの魔力はこの国の誰よりも大きかった。
魔力の大きさ、多さは努力だけでは手に入らない。
才能なのだ。
保護者がとても上手にシアを育てた証でもあろう。
大きな魔力におぼれて、保護者を国を自分の思いどおりにしようと
危ない思想に走って処分される子供もいたから。
だからシアは森へ通う。
助けられた子供も助けられなかった子供もいる。
獣にさらわれて食べられた子供もいた。
プレートだけを回収するのはつらかったけれどそれでもと森に通った。
小さなテントの中にアリアはいた。
寒くないように、精霊が見つけてくれるまでひもじくないように
お菓子のかごに水や果実水の入った水筒が足元にある。
毛布にくるまり、アリアは眠っていた。
無邪気と言うべきか、図太いというべきかあきれるほど気持ちよさげに
眠る女の子。藍色の髪がきれいだ。
シアはテントごと自分の部屋に転移して女の子を連れ帰った。
翌朝後悔したのは必然だった。
両親に愛されていたのはテントや装備を見ればわかる。
それでも手放さないとならないような子供。
起きた時に見知らぬ部屋で見知らぬ人がいる。
当然のこと。
魔力が爆発して部屋はめちゃめちゃになった。
女の子の魔力は転移だった。
魔力でくるんだ空間にあるものを翔ばす。
丸い穴が壁にも天井にの開いている。
シアの服も丸い穴だらけだった。
精霊に見つけてもらう前に獣に襲われないかと心配した親心だったのだろう
魔力を軽減させるための腕輪も足輪もはずされていたのも
被害を拡大した。
アリアはびっくりして暴走し、ありあまった魔力を放ったのだった。
とりあえず抱き寄せて落ち着かせるテントの中にあった腕輪を
はめる、落ち着いてと話しかけながらもうひとつ腕環をはめる。
足輪をはめて、何とかシアの魔力で覆い魔力が暴れるのを止めた。
「私はアリア、初めまして精霊さん。」
プレートの名前とは違っていたが、愛称を名乗る女の子との
出会いは衝撃だった。
自分より大きな魔力を持っているアリア。
初めて出会った自分よりおおきなもの。
驚きとうれしさと感謝と色々混ざった感情は説明なんてできない。
でもシアは自分を落ち着かせるために言った。
「初めまして、私はシアです。よろしくね」
あれから8年シアとアリアは供にいる。