10 魔石を注文する
シアとシロが意気投合して仲間意識を高めている間に、当のアリアはぐっすり寝ていた。
気絶したショックからそのまま寝入っていまったようだ。
「アリアが起きないと村にはつれていけないから、シロ、さっそくお願いだけど見ててくれるかな。
魔石工房に注文を入れてくるから。シロがいるから足輪なしでも安心して置いていけるし」
膝の上のシロはうなづいた。
「村に行くのは少し待ってほしいわ、もうすこし制御の加減を練習したいから」
お姉さん言葉なのだ。
でもなにかぞわりとした妙な感覚が走る。
そもそもシアが言い出したことなのに違和感が半端ない。
「私もいきなり魔力もらって大きくなったのはびっくりしてしまったし、訓練が必要なのよ」
何か変だ、でもお姉様言葉をお願いしたのはシアのほうだ。
考えないことにしてそれでは頼むと出かけることにした。
魔石はサムソに住む人々には必需品だ。たいていの人が多少の差はあるが魔力を持っている。
しかし水を呼ぶことができても火をつけることはできなかったり、凍らせることはできても温めることが出来なかったりと個々で特異なことが違う。なので水の魔石に魔力をこめて発動させると、火しか使えない人でも
水が出せるようになる。生活魔法が使うことができれば暮らしの質は上がる。
値段も質もさまざまで、使い切りのものもあるし、強大な魔力を長い間貯めておける物もあり、
いろいろに使い分けられている。
大きく分けて3種類ある。まずは動物由来のもの。
動物も長生きすると、魔力を持つようになる。それを貯め込んだ石をごくまれに胸部に持っている物がいる。
これは稀有なことで、希少な上 魔力を持った獣はとても手強いので倒すのも容易ではない。
帝国では多くの冒険者がこれを狙って魔獣狩りをしているが難度が高く成功することはまれなのだが
高価に売れるので一獲千金を夢見るものは後をたたない。
サムソでは害獣として人に害を与えたもの以外は討伐が禁止されている。
討伐難易度が高く危険であること、一部の魔獣は知性を持ち、聖獣ではないかとの意見もあり、
昔はともかく現在は禁止されている。
そして植物由来のもの。
これは果実の中の種部分が変質したもので魔力を貯め込んでいる種と言ったほうがいいだろう。
かなりの確率で見つかる上に、ちいさくても質がいいので使いきりの魔石として重宝される。
小さな石をコップに入れて魔力を少し流すとコップ一杯の水が得られる水石や小さな火花を起こして
薪に火をつけることができる火石。水に適正のある魔力持ちが力をこめると水石 火に適正のあるものが
やれば火石になる。ほかにも風石、土石、湯石、氷石など作られている。
最後は人が錬成で造るもの。
材料はリューリ山で採れる無職透明の石であるクリスタが使われる。
熱に強くて溶かすことはできないが魔力を込めると変形する特性を持っている。
窓にはめるガラスやカップなどが作られているが、この鉱石は圧縮することによって魔力を貯めることができる。これには圧縮の能力が必要で、限られた才能が必要になる。
魔獣の討伐が禁止にできたのはこの錬成技術が発達して、必要がなくなったことが大きい。
ちなみに帝国ではこの魔石は作れない。原料がない。魔力持ちが少ない、、技術がない。
それゆえ危険な海を渡って交易を求める。
対価はコーヒーやコショウ、珍しい果物の干したもの、酒、絹、羊毛など。
帰りは砂糖とこの魔石が少々。国に持ち帰れば何倍にもなる宝だ。
多くの魔力をもち、圧縮の能力者となるとあまり多くはない。能力があるからと言ってすぐに作れるわけもなく
修行も必要だ。魔石錬成の工房はいくつもあるが、その中でも最高の品質を作り出す工房がブラスト村にある。
シアは貯蔵庫に降りる階段をゆっくり降りていく。
外は雪は積もっていて歩くのは無理だ。この階段は途中の貯蔵庫へ行く道であり、村に行くための道でもある。
村に出る出口近くに転移門を開いているので翔べば一瞬でつくが、運動のために時間があるときは歩く。
ところどころに踊り場が作ってあり、壁には魔石の照明があって地下道でも明るい。
照明の魔石に魔力を供給しながらゆっくりと降りて行った。
村への扉は2つあり一つ目は春夏秋用、もう一段下がったところに冬用扉がある。
階段を下りて下の扉を開けると、転移用の部屋へ出る。扉を開けると居間に出る。
ここはシアとアリアのブラスト村の家になっている。実際には住むことはないが簡単に階段に侵入されないために、一軒を所有している。ブラスト村は雪が深く積もるので家は3階建てが一般的で、シアが出たところは
地下1階にあたる。この家から地下道に出て、目的地をめざす。
冬用の扉と春夏秋用の扉、二つの玄関を持つ、地下1階、地上2階の建物だ。
ブラスト村の地下道は通常の地上の道の下にほぼすべて整備されている。荷車をひいても通れるように
四角に切り出された石がきれいに敷き詰められ、側溝もあり水がたまってしまうこともない。寒いのは仕方がないが風が吹き込まないので地上を歩くことに比べれば格段に楽に移動が出来る。
地下道に人はいない。今は仕事の時間なので皆職場にいるはずだ。冬でもいろいろな仕事がある。
ブラスト村はほぼ自給自足の村なので生活に必要な物は村人が作る。
糸を紡ぐ、布を織る、その布で服を作る。皮をなめして靴も作れば鞄も作る。
雪が積もり過ぎる前に切り出した木を使って、床の張替えなどの補修もするし、家も作る。家具を作り、
食器や鍋、フライパン、スプーンにフォーク、ナイフも。そしてそれらを作るための道具も作る。
職人たちは工房で仕事をして、夕方には家に帰る。今は工房にいるはずだ。
魔石工房につくとシアを見つけた男の子がカウンターの向こうから挨拶してくる。
「いらっしゃいませ、シア様、御用向きをお伺いいたします」
彼は見習いの職人で、工房の主であるナージに教えを受けている。
素質は充分あるというので期待されていると聞いた。しかしいきなり魔石を作れるわけもなく
雑用をしながら練習の日々を送っている。
「ボニス、あいさつがじょうずになったな。ナージにとりついでくれ。仕事の依頼だ」
ボニスと呼ばれた少年はほめられたのがうれしかったようで満面の笑みをうかべて
「かしこまりました、少々おまちください。ただいま都合を確かめてまいります」
ボニスのことはシアは小さな時から知っている。暇があれば魔法を教えたこともある。しかし職場でくだけた言葉は許されない。こうしてお客の対応を覚えて大人としてのふるまいを覚えていくのはとても大事な修行のひとつなのだ。公私はきちんと分けることは徹底して教えられる。ずっとブラスト村のいられるとは限らない。
どこぞの令嬢の伴侶になって外に出ることだってあるからだ。
ナージはほどなくやってきた。
「やあ、領主様おいでなさい、今日の用向きな何かな」
とてもいやそうな顔している。
シアが自ら工房にやってくる。その時はたいていとても面倒な依頼を持ってくる。
しかも今日は仕事の依頼だと先に言っている。ろくでもない依頼をもちこんだに決まっている。
「特Sの魔石を7個、Sの魔石を100個頼みたい」
やっぱりという顔をしてナージはがっくりと肩を落とした。
「そりゃ言うのは簡単だけど作るのは恐ろしい注文だなぁ」
「アリアの腕輪を作るんでね、ナージでなければ出来ない仕事だ」
ナージは養い子であるアリアの理解者の一人だ。成長に合わせて足輪や腕輪を調整して、作り続けてきた。
特Sということは最終段階に入ったことを示している。
「まだ早いと言ってなかったか?」
「実はもう解放はされている。今朝足輪をはずした」
「なんだって!冗談だろう」
「まあいきさつについては夜にでも領主館に来てくれ、説明は口だけでは難しい」
それはそうだろう、突然ペットが話しだし、しかも魔力を吸収したとか調整できるようになったとか言葉で説明したところで理解するのは無理だろう。
「そのとき大きめのクリスタのかたまりを持ってきてくれるか。試したいことがあるんだ」
「ふうん まあいいだろう。しっかり説明してもらうことにしよう。リリャはどうする」
リリャは魔法研究所の研究員で同じくアリアの養育に関わっている。シアでは行き届かない女の子としての
アリアの手助けをしてきた。研究馬鹿で世間とうまくやれないたぐいの女性だが、アリアに関することには
実にこまめな世話をやく。もともと身なりを気にしたりする方ではなかったがアリアの手本になるために
服や美容にも研究の手をのばしている。はっきり言って過保護だ。
「リリャには違うことを頼みたいがまだ少し時間がかかる。その時説明して協力してもらおうと思っている」
シアの頼みたいこととはホウとオウの孵らなかった卵だがまだ話が出来ないので許可をもらっていない。
「まあ、早めに連絡することだ。隠したとか思われるとめんどくさいことになるぞ」
「ああわかっている。では夕食後に」
ナージには妻と実子2人、養子3人の子供がいる。家族で入浴と夕食をすませたあとで来い という意味だ。
ブラスト村では家族の時間、特に子供の養育に関する時間は何より優先される。
「夕食後に」
ナージが答えるとシアは工房を出た。
アリアが目覚めているかもしれない。シアは来た道を戻り家に向かった。