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リデル(789歳)さんと介護福祉士山田

作者: 龍威ユウ

 リデルさん(789歳)の起床時間はいつも午前六時と決まっている。

 それよりも早くに部屋へと訪室し、声かけをするところから僕の仕事は始まる。そうしないといつまでも眠り続けてしまうし、昼夜逆転の生活リズムになってしまうリスクもある。つい先日まではそうだったのを必死に修正したのだ、この苦労をまた水の泡にはしたくない。


「おはようございますリデル様。今日もほら、お外はいい天気ですよ」


 カーテンを開けて窓の換気を行う。頬を優しく撫でる微風がわっと室内に入り込む。窓の向こうは今日も変わらず快晴で、空には燦燦さんさんと太陽が輝いている。

 その二つによって、ようやく眠り姫ならぬ利用者様が目を覚ました。

 もそもそとベッドの上で動く小さな体躯に頭に生えるかわいらしい二本の角――リデル・アヴァガム。それが僕が受け持ちしている利用者様で、見た目は幼女だけれど介護を必要とする立派な高齢者なのだ。


「うにゅ……なんじゃもう朝か」

「えぇ、朝ですよリデル様。まずはお顔をきれいにしましょうか」

「うん……タイチ、手……」

「えぇ、はいどうぞ」


 差し伸べられた小さな手に、僕はそっと手を乗せる。

 これはリデル様の日課だ。彼女曰く、僕の手はとても心が落ち着くらしい。だから暇さえあれば僕の手を取って、頬ずりする。「いつもありがとう」の感謝の気持ちも込められているから、まったく悪い気はしない。寧ろ僕にとってはご褒美だ。

 ただ間違っても「わ~い幼女の手だペロペロ」なんてことはしてはいけない。

一人の人間としての意味合いはもちろんだけれど、一番の理由は僕みたいな非力な人間がちょっと力を込めただけでも折れてしまう可能性リスクがあるからだ。

 見た目は幼女でも、その中身……すなわち骨格は極めてもろい。それこそ転倒一つで骨折もしかねない。

骨粗鬆症こつそしょうしょう……極端に言えば骨密度が低下して折れやすくなる症状。こればかりは魔法があるこの世界でもどうにもならない。

 それでも立ちたいという彼女の強い意志と、歩行状態も安定していることから付き添い……状況に応じては歩行器の使用――素材がヒヒイロカネやらオリハルコンと超特注品。軽い、扱いやすさ抜群、耐久力は確認するまでもなく、おまけに対戦闘用に簡易魔術発動装置まである――で対応している。

 人間誰しも歩くのが当たり前だったのだ。その気持ちがあるのなら、少しでも尊重していきたい。


 リデル様の食事も見守りが必要となる。

 くどいようだが、見た目は可愛いロリでも中身は高齢者なのだ。

 食事の形態にももちろん彼女の嚥下状態に合わせて気遣っている。料理長が「こんな風にするとか人間パないわぁ」って言っていたけど、どうやらこの世界には刻み食もペースト食もないらしい。

 幸い、リデル様は一口大の大きさでいける。だからと言って油断しない。一見すると飲み込んでいるようでも、実は気管の方にいっている可能性も充分にありえるからだ。僕たちなら気管の方にいったとしても咳き込むことができる。

 けれど高齢者の場合、それができないこともあるのだ。そうなってしまうと誤嚥性肺炎を患ってしまう恐れがあるから、僕たち介護福祉士は常に目を配ってないといけない。


「うぅ……タイチィ、食べさせてぇ……」

「いいですかリデル様。自分でできることは自分でする、僕たち介護福祉士は何でも屋じゃなくて、あくまでできない部分をサポートさせていただくのがお仕事です――慌てずよく噛んでください――それに前にも仰いましたが、できるのにやらないと残存機能が低下して廃用症候群にもなる可能性だってあるんです――ゆっくりと飲み込んでくださいね――だから自分でできることは」

「タイチ殿。そう言いながら食事介助をしておりますぞ」

「あ……これはうっかり」


 リデル様がかわいいからいけないのだ。

 そして間違っても僕はロリコンでもないし、年上好きでもない。

 でも、かわいいから頑張れるのもまた事実だ。僕はこの世界でも介護福祉士として頑張っていこうと思う。





 山中太一やまなかたいちという一人の男が死んだ。

 トラックに撥ねられそうになった子供を庇ったからか――違う。

 通り魔に襲われそうになった後輩を守り凶刃を浴びたからか――それも違う。

 死因は過労死である。

 残業は毎月50時間越えるのは当たり前。朝7:00から出勤したとして終了するのは夜の8時過ぎ。それが何日も連続で続き、夜勤明けは公休扱い。挙句の果てに給料はとてつもなく安いときた。

 こんな過酷な環境下で太一が働いていた職場とはどんなところか。日々やつれていく彼に興味本位で訪ねたものは、返ってきた言葉に「あぁ……なるほどね」と納得の言葉をもらしていく。


 山中太一は介護職員だった。

 世の中は現在、超高齢者社会である。高齢者が増える一方で、若手が足りなくなっていく今、介護職というものは育児に続いて必要な事業であった。

 しかし、そんな事業にももちろん人はいる。人員がいなければ成り立たない。

 されど介護だ。3K――きつい、汚い、危険……近年では給料が安い、ということも含まれて4Kなどとも言われている。

 そうとわかっていながらどうして、と一様に問わるるならば。その時太一の脳裏にはたった一つの情景が浮かび上がる。

 脳梗塞によって介護が必要となってしまった祖父。知識が皆無であったが為にどうすればよいかわからず、結果満足なこともできぬまま、後悔が残った中での葬式。

 この情景が太一の中で忘れられない出来事だったからこそ、介護福祉士としてあり続ける。


 そんな若くして老衰という結末を迎えた太一に待ち受けていたのは、異世界転移であった。ライトノベルのような設定に巻き込まれたと感動したのも束の間。チートなし、それどころか山田太一のまま異世界へ――付け加えるのならば、魔王の本拠地という最初からゲームオーバー確実の状況だった。

 しかし、そんな彼に待ち受けていたのは死ではなく新たな出会いと職であった。

 それこそが現在の受け持ち利用者であるリデルとの出会いだった。認知症が進み、部下たちもどうすればよいのか困惑していたところ、太一は持ち前のスキルで難なく対応したのである。

 その功績から、太一はまだ生きている。

 魔族という本来ならば敵対関係にあるはずの相手が雇い主であることに、未だ若干の躊躇いを拭えないながらも、太一は今日も異世界で生きていく――。

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