five
「あ、Hello!Mr. Charles!(こんにちは、チャールズ先生)そしてクリス!お久し振り!」
ニコニコ笑顔の愛にチャールズは微笑み、クリスはぺこりとお辞儀をする。
「ち、ちょっと待ってお姉ちゃん!ク、クリスとチャールズ先生って知り合いなの!?」
優の驚いた声に愛が目をぱちくりさせる。
「知りあいというか……。兄弟よ、兄弟」
「き、兄弟いいい!?」
優はまたまたすっとんきょうな声をあげる。目の前がちかちかして、今にも頭がパンクしそうだ。
「最初に名乗っただろ。クリストファー・ブラウンだって」
クリスが呆れたような顔をして言う。
「そ、そうだけど、クリスは黒髪だし、チャールズ先生は白髪だし!」
「髪の色なんて染めれば変わるだろ。大体、目の色とfamily name(名字)が一緒だろ?察しろよ」
そうクリスがずけずけと言う。
(そんな!憧れのチャールズ先生の弟が、こんな奴だったなんて!)
優はあまりのショックにめまいがするのを感じた。
弟がいる、とは確かに聞いていたが、もっと素直で肌の白い、チャールズにそっくりな優しくて紳士な男の子だと優は思っていたのだ。
しかし、現実はどうだろうか。口は悪いし、意地悪だし。ただチャールズと共通するのは空色の瞳と雪のような白い肌だけだ。
頭の中で形作られた『チャールズの弟』の想像図がばらばらになって崩れていく。
「まさかあんたがチャールズ先生の弟だったなんて!最悪!」
心の中だけでは済ませず、思わず優はクリスを指差して叫ぶ。
「失礼な奴だな。こっちこそ、あんたみたいなのが愛の妹なんて考えたくもないぜ」
そう言ってクリスが身震いするような仕草をする。
「なによー、私みたいなのって!」と優が怒る。
「英語が全然出来なくて、失礼な奴のことだよ」とクリスが横目で言う。
「ちょっと、優」と愛が、「Chris, you know it matters.(駄目だよ、クリス)」とチャールズがそれぞれ制止する。
二人がはっとして黙りこんだのを見計らってチャールズが愛の方を見て口を開く。
「Hello, Ai.(やあ、愛)元気そうで何よりだよ」
チャールズに名前を呼ばれて愛が頬を紅く染める。我が姉ながらうぶでかわいいな、なんて優は思う。
「Thank you, Mr. Charles.(ありがとうございます、チャールズ先生)そして、クリス。日本へようこそ!」
愛がクリスに笑いかける。「どうも」とクリスが少し俯きながらお辞儀をする。
「あんなに小さかったクリスがこんなに大きくなるなんて……。なんだか見違えちゃったわ」
背も高くなったし、なんだか格好よくなったわねー、と愛がクリスの頭を撫でる。クリスはなにも言わず俯いてなすがままになっている。
(おや?)
優が少しだけかがんでクリスの表情を伺う。
クリスの顔は真っ赤になっていた。唇を固く結んでいる。
(おやおやおや?)
優はまるで面白いことでも見つけたかのように心の中でにやけた。
すると、頭を撫でていた愛がはっとして優を見た。
「そうだ、優。この前やった英語の小テストの結果はどうだったの?」
「え゛」と優が口を開ける。
「確か今日テスト返しだったでしょ?どうだった?五割はとった?」
(まさかここで思い出すとは……)と優は苦い顔をする。
何を言おうかと口をぱくぱくさせている優を見てクリスが肩を震わせる。こらえきれずに口の端が上がっている。
「ちょっと、あんた何笑ってるのよ!」
優は指をさしてクリスに向かって怒る。
「優、今はお姉ちゃんと話すときでしょ!」
はぐらかす優に愛が怒る。優は頬を掻くと
「えーっと……。三十二点でした……」と小さな声で答えた。
それを聞いて愛が目を見開いた後ため息をついた。チャールズは苦笑しており、クリスに至ってはこらえきれずにくつくつと笑い声を漏らしている。
「はあ……。やっぱり私の教え方が悪いのかな……」
そう言って愛がため息をつく。
「い、いや、お姉ちゃんは何も悪くないよ!私が勉強しないだけだから!」
優が慌てて何もフォローになっていないことを言う。
「チャールズ先生……。どうすればいいでしょうか……」
困った顔で愛がチャールズに助けを求める。
「そうですねえ……。こればっかりは、本人のやる気が出なければなんともならないでしょうね」
チャールズが顎に手を添えながら言う。
愛とチャールズの頭を悩ませているのが申し訳なくて、「真面目に英語を勉強すればよかった」と優は今になって後悔する。しかし、その後悔も英語の教科書や参考書を見ると吹っ飛んでしまうのだが。
気づけばクリスが近くまでやって来ていた。
「You are so stupid.(あんた、本当に馬鹿だな)」
「え?何?」
英語が聞き取れず優が聞き返す。
「聞き取ってみろよ」とクリスが舌を出す。
「なっ!聞き取れなくても悪口は雰囲気で分かるんだよ!」
優が怒ってクリスに詰め寄る。
「ほんっと、やな奴!」
「……それを英語で」
クリスに言われ「え?」と優は目を丸くする。
「今言った日本語を英訳してみろよ」
クリスがさらににやにや笑いを強くする。
からかわれていることに潔く気づいた優は顔を真っ赤にした。
(本当に嫌な奴!)
そして、目の前で笑っているクリスを睨み付ける。
かーっと頭に血が上る。英語が嫌いだとか苦手だとか、そんなことは全て吹っ飛んでいた。
頭にあるのは、目の前のこの失礼な英国人を倒すことだけ!
頭の中に学校でクリスに言われた言葉が廻る。考えるより先に、口が動いた。
「受けてやるわよ!」
優の言葉にクリスが目を丸くする。愛とチャールズも驚いて優の方を振り向いた。
注目されているのにも構わず優が続ける。
「英検、受けてやるわよ!それに合格して、あんたのことギャフンと言わせてやるんだから!」
クリスはそう言い切った優のことをしばらく眺めていたが、悪戯っぽく微笑んだ。
「……楽しみにしてるぜ」
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