two
教室に入ってきた先生は教育簿を教壇に置いたあと、生徒たちの顔を見回した。
生徒たちがごくりと息を飲む。そんな彼等の顔を見て先生が笑った。
「さて、お前らが噂していたとおり、今日このクラスに転校生が来る。イギリスからの留学生だ。皆、仲良くしろよ」
イギリスからか、と優は小さな声で呟く。
(日本語話せるのかな。もし無理なら、英語……。英語!?)
優は思わず叫びそうになった言葉を慌てて喉の奥に押し込んだ。
「ほら、入ってきていいぞ」
先生がそう手招きをすると、靴が床にあたる音がして、その留学生が教室に入ってきた。
優を含め数人の生徒が、彼の容貌を見て驚く。
外国人だから金髪かと思っていたら、彼の髪の毛は黒曜石のような黒だったのだ。
留学生の彼は教壇の横に立つと、黒板にチョークでこう書き付けた。
"クリストファー・ブラウン"
そして、ゆっくり生徒たちの方を振り返って口を開いた。
「今日からここで一緒に勉強させていただきます、クリストファー・ブラウンと言います。よろしくお願いします」
そう言ってぺこりとお辞儀をした。
転校生の口から流れ出た流暢な日本語を聞いて、優は思わずあんぐりと口をあける。
(めっちゃ日本語うまい!私よりうまい!)
彼がそう言い終わって少したってから、教室のあちこちでぱらぱらと拍手が起こり始め、ついには大喝采になった。
「ねえねえ、クリストファーくん」
「イギリスのどこ出身なの?」
「英語喋って、英語!」
女子生徒の大群が出来ている留学生の席の方を見て、優はため息をついた。
「まったく、転校生って大変だよねえ」
そうだねー、と志織が笑う。
「今回は特に外国人の子だし、そのうえ格好いいからじゃない?」
格好いい?と優は顔をかしげる。頭の中で転校生の顔を思い出す。
「確かに顔は整っているような気はするけど……。私はもっと筋肉質な人がいいなあ」
なるほどねえ、と志織がまた笑う。
「筋肉フェチだもんね、優は」
まあそういうわけではないけど、と優は心のなかで否定する。ただ、あまりにもなよなよした男が嫌いなだけだ。
先ほどまできゃいきゃい言っていた女子生徒達が静かになったのを不思議に思って、志織と優が転校生の方を振り返る。
黒髪の彼は回りにいる女子生徒達を一瞥し、質問を一通り聞き終えた後、口を開いた。
「俺のことはクリスって呼んでもらえればいい。出身はロンドン。Am I doing okay?」
突然クリスの口から紡ぎ出された流暢な英語に女子生徒達は目を丸くする。
「やば!本物の英語聞いちゃった‼」
「すごくキレイ!日本人が言うのと全然違う!」
女子生徒達がそう銘々に感動する。
「すご!さすがネイティブ!」
志織も打って変わってはしゃぎ出す。
「なーんかあの転校生、クールっていうか、キザっぽいというか……」
優が頬杖をついてクリスを横目で眺める。その後、顔をあげて
「ねえ、さっきの英語、どういう意味なの?」と志織に尋ねた。
「え?さっきの英語?『これでいいですか?』って言ってたんだと思うよ」
それを聞いて優は思わず「しーちゃん、リスニング力すごいなあ」と感心する。
「すごくないよ!あれくらいなら誰でも聞き取れるって」
そう言った志織が自らの失言に気づいて両手で口を塞ぐ。
「へー……。誰でも、ねえ……」
どうせ私は英語が出来ませんよ、と優は口を尖らせた。
放課後になり、クラスメイト達が銘々に教室から出て行く。
今日は部活がないため優が帰る準備をしていると、担任の先生が手招きをしているのが目に入った。
なんだろうと首をかしげて近づいていく。
「なんですか?」
「山本、確か総務委員だっただろ?」
先生に尋ねられ優ははい、と返事をする。総務委員というのは通称「先生のご用達」委員のことで、先生の雑務を手伝うのが仕事だ。
「それでお願いがあるんだが」
そこまで言って先生がまた誰かに手招きをした。不思議に思って振り返ると目の前にクリスが立っていた。
驚いた優が「うえ!?」と変な声をだして一歩後ろに飛び退く。
「クリスに学校内を案内してやって欲しいんだ」
先生ににこにこしながら言われ、優が戸惑う。
「え、ええ英語でですか!?」
英語でだったら無理!と手を横にふる。
「ん?お前がどうしても英語がいいっていうならそれでもいいが……」
先生がニヤリと笑いながら言う。
「い、いや。遠慮させてもらいます……」
「日本語でいい」とクリスが素っ気なく言う。
「日本語の勉強のために日本に来てるんだ。英語を話されたら勉強にならねえ」
随分砕けた日本語を使うな、と優は驚いてクリスを見る。
「ん、まあそういうことだ。でも、山本。折角だし、クリスに英語を教えてもらったらどうだ?」
そう言っていたずらっぽく先生が笑う。
「……考えておきます」
優はしゅんとうなだれたまま答えた。それを見て先生が声を上げて笑う。クリスはきょとんとした顔で二人の顔を見比べた。
「よし、それじゃあ頼むぞ」
そう言うと先生は教室を出ていってしまった。クリスと優だけがその場に残される。
静寂の教室の中、二人でいるのがなんとなく気まずくなって優は口を開いた。
「んー……。じゃあ、行こっか」
そう言って振り返れば、クリスが小さく頷いた。
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