当主との初会合
和服っていいですよね。
普段あまり見れないのが残念。
目が覚めると洞窟の中だった。
木で造られた祭壇の上だ。
自分の体を確認する。
腕を見ると、生前見慣れた自分の腕ではない。
肌には張りが有る。
瑞々しい、若さの溢れる腕だ。
体を見ると、筋肉が付いたがっしりとした肉体が見える。
白の和服に紺色の帯が着用されている。
素っ裸の復活では無かった。ありがたい。
戦争の無い日本で育ったアラフォー男性を戦争のある国に送ればどうなるか?
答えは分かりきっている。速攻でミンチ肉だ、
なのでそこはククリに取り計らってもらう。
魂になった俺を入れる体は、若く強靭な肉体を作ってもらった。
過去にいた優秀な戦士の肉体を参考にしたと言っていた。
辺りを見渡す。
自分の立つ祭壇からは出口が見える。
ここは小さな洞窟のようだ。
そのまま洞窟を出る。
外へ出ると、森の中だ。
目の前には、人が踏み均した道が有る。
そのまま進むと木々の切れ目から町が見えはじめる。
ククリからある程度の説明は受けたが、そういえばどこに行けとか、何をしろとは具体的には何も言われていない。
わざわざ理由も無く目的地の遠くに置くような事はないとは思うけど、せっかくもらった力もあるし使って聞いてみるか。
立ち止まって『権能』を使う事にする。
頭の中のスイッチを入れ替えるような感じだ。
『ククリ、聞きたい事が有るのだが良いか?』
『……』
『…ククちゃん。』
『なんやぁ。一輝はん。』
このやり取りは不毛だ。次からは俺が折れる事にしよう。
『今見えてる町が目的の場所でいいのか?』
『そやなぁ。そこの一等大きな家に、ここいらの領主 尼子 晴香がおるなぁ。』
ここから見える一番大きな家とはあれか。町の中央にひとつだけ屋敷がある。
ここから見ても分かるが、和の家だな。それもかなり昔の。
『ここは日本なのか?』
『そやねぇ。正確にはうちが管理できる日の本やなぁ』
『もしかして地形も一緒か。』
『日の本は一輝はんのおった日本とほとんど一緒やなぁ。ここは島根のあたりやわぁ』
日本だけでも地理情報が一緒なのは助かる。
ここは島根県か。
『そこの尼子晴香さんに会えばいいのはわかるんだが、糸口が分からない。どう説明すれば良い?』
『んー?うちに頼まれて来たで通じるわぁ』
神に請われて来たと言えって事か。
ああ、成程。
ここは神様の存在が実在すると認識されている世界だ。
そこで神の名を語って何かする馬鹿は滅多に居ないか。
『わかった。とりあえず交渉から当たるとしよう。』
『また呼んでなぁ?』
『ああ。』
初めての『権能』による通信を終える。
虚脱感が体を襲う。
権能は魂が蓄えた力を使って行われるそうだ。
これが空になると死にはしないが、意識が消えるので使いすぎないようにと言われている。
時間の経過で周囲から勝手に力を集めて、回復するそうだ。
今回使用した分は、感覚的になんとなく分かる。
あの短い会話で半分近く持って行かれた。
きちんと聞く内容を決めて、簡潔に話をしないと倒れるな。
そのまま森を抜けて、尼子晴香が居るという屋敷に向かう。
町の中を通るが、外を歩く人が殆ど居ない。
居たとしても遠巻きに見ているか、俺から逃げて行く。
凶悪指名手配犯にでもなった気分だ。
屋敷が見えてきた。
門に辿り着く。
誰も居ない。
「すみません。誰かいませんか?」
声を掛けてみる。誰も出てこない。
仕方ない。中に入ってみることにする。
屋敷を中を探索する事暫らく。
人の話し声がする部屋を見つける。
「すみません。よろしいですか?」
中庭から部屋に向けて声を掛ける。
話し掛けると、部屋の中の話し声が止まる。
「どなたですかな?」
部屋の襖が開くと、中から髭のすごいおっさんが出て来た。
「尼子晴香殿に会うようにと、ククリ様から言われてここに来ました。取り次いで頂けますでしょうか?」
「ククリ様に?……おお!では貴方は御使い様ですか!?」
訝し気に俺の姿を見る髭のおっさん。
俺の首元を見ると、急に見る目と口調が変わる。
「(御使い様?)ククリ様に使わされたという意味であれば、御使いになります。」
「この日をどれだけ待ちわびたか……。お館様!御使い様が来られました!」
「……御使い様?」
部屋の中へ向かって叫ぶ髭のおっさん。
中から若い女性の声が聞こえる。
「ささ。御使い様。部屋の中へどうぞ。」
「失礼します。」
髭男性に促されて部屋に入る。
部屋の中には部屋の中心を囲むようにおっさんやじいさんが座っている。
輪の中に一人だけ若い女性が居る。
「御使い様、ようこそお越しいただきました。どうぞお掛けください。」
「失礼します。」
女性に促されて輪の中に一つ空いていた座布団の上に座る。
その後ろに髭のおっさんが座る。……髭のおっさんの席だったのか。
座布団が生暖かい。
そして皆の視線が痛い。
「初めまして。御使い様。私は尼子国 国主を名乗っております、尼子晴子と申します。」
「これはご丁寧に。私は天童一輝と申します。ククリ様に請われてこちらへ伺う事になりました。」
お互いにお辞儀をして挨拶をする。
周囲の男性陣がざわつく。
挨拶をした尼子晴子さんは、凛とした佇まいの黒髪和服美少女だ。
小柄で細身だ。朱色の着物を着ている。
「御使い様にお会いできて光栄です。しかし困りました。何からお話すれば良いのか。」
少し困った様子を見せる尼子さん。
確かに目の前に得体のしれない存在が来たらそうなるよね。
「そうですね。……まずは私の事を説明しないと、状況判断が難しいと思います。こちらから説明をしてもよろしいですか?」
「はい。よろしくお願い致します。」
先ずは尼子さんに、自分がここに来た経緯の説明を行う。
遠く、この国と全く異なる所から来た事。
この国については、ククリ様から窮地に有るとは聞いたが、詳しい内容は知らない事。
ククリ様からの願いで、この国を救いに来た事。
その後、救った民達を導いてほしいと言われた事。
この国を救うために、然るべき時に使う事の出来る『権能』を授かった事。
「不思議なお話ですね。こうしてお話すると、きちんとした教養をお持ちのようですのに。」
「異なる国の教養です。異なる国の者が、その国を全く知らずに言葉を話すのは異常なのです。ここを理解して戴かないと、後で大変な事になる。私はこの国の人々が何を食しているのかすら知らない。」
話を聞いた尼子さんは、目を閉じて考えている様子だ。
「承知しました。では言われた通りに異国の者と話すように、そう心掛けます。」
「そのようにお願いします。」
「はい。それでは次に、私共の現状をご説明します。」
尼子さんから聞いた話をまとめると、5年前から争っていた隣の国との戦争中に、味方の裏切りにあって当主が死亡。
当主が死ぬと、自国内の家臣や武将が次々と謀反を起こしていき、国内は内乱状態になってしまう。
国内で続く内乱と合戦で負け続け、先週の合戦で先代当主も討ち死に。
もはやこれまでかと思われたが、忠臣の山中氏が殿軍を買って出る。
これによって辛くも落ち延びる事に成功した、尼子晴香と護衛に付いた面々。
前回の敗戦後、落ち延びた先がここだそうだ。
現在の尼子家は滅亡を待つだけの状態だ。
ククちゃん……これは窮地じゃないと思うよ。
もうこれ詰んでるって。
もう一回やりなおせないかなぁ。はぁ。
現実逃避はここまでにしておこう。
なんでまだ降伏してない?最後の一兵迄って奴か?
顔に出ていたのか尼子さんが理由を話してくれる。
「まだ我らが滅んでいないのは、決闘を受けたからです。」
「決闘?」
決闘。互いに決めた条件を勝者が得る為に、武将同士で行う戦いの事だそうだ。
決闘には絶対順守のルールが有る。
一つ、武家の誇りを汚す事無かれ。
一つ、当事者以外の手出しは無用。
一つ、戦いは常に一対一のみ。
一つ、決闘の約定は、決闘前に記した書状と互いの血判を持って証とする。
一つ、約定は絶対順守とする。
このルールを破る事は、武家として大変な恥になるそうだ。
今から8日後に、尼子家が京極家と決闘する事になった。
これによって、戦争中の国や、他の者達も尼子と京極に手を出す事が出来なくなった。
つまりあと8日間は何処も手出し不可になった。
「何故この状況でわざわざ決闘を?尼子家はもはや、まともに戦える状態ではないのでしょう?」
「京極家は決闘の勝利条件に、尼子家が欲しいそうです。」
話を聞くと、京極家の当主は以前から尼子晴香に求婚していたそうだ。
裏切った後も、あの手この手で尼子晴香を手中に収めようと、いろいろと画策してきたそうだ。
今回落ち延びた後、何故か京極家当主が真っ先に接触して来て、尼子家の助命を条件に婚姻を迫ってきたそうだ。色ボケだな。
当然断る尼子晴香に色ボケは、ならばと決闘を申し出る。
尼子家の窮状を知っている為、自身の勝利を確信して破格の条件で決闘を申し出た。
滅びかけの尼子家の全権と、万全の京極家の全権を掛けてだ。
「このまま待っていても滅ぶだけなら、せめて一矢報いようと一縷の望みに掛けて、この決闘を受諾しました。」
「なるほど。そういう事でしたか。」
確かに決闘にさえ勝てばこの窮地を脱する事が出来ると考えるだろう。
少なくとも京極家の全権ならば、それなりの戦力になる。
滅びかけの状態だが、まだ目は残っている。
「我らの窮地に、ククリ様が御使い様をこの地に遣わせて下さいました。」
居住いを正す尼子さん。
「天童一輝様、どうか我らにそのお力をお貸しください。」
「ええ。お任せください。」
俺の返事に、周囲の男性陣が湧き立つ。
どの道どんな状況であろうと、ククリと契約を取り交わした以上、やるしかないのだ。
まずやる事は、この決闘に勝利する事が最低条件。
そして決闘が終わってからが本番だ。
さあ、準備を始めよう。