高瀬城への引っ越し
お引っ越しという名の晴香さん回です。
◇松江城 城門前
「それでは、移動を開始する!」
「「「承知!!」」」
松江に残る尼子家の面々、約100名の移動開始宣言を行う。
これから高瀬城迄、2日を掛けて行軍する予定だ。
馬に乗って移動するのだが、正直言って慣れない。
乗馬なんて、前世で付き合いの延長で乗った数回のみだ。
馬に乗って移動するのは自信が無かったので、歩いて行っても良いか聞いたら晴香さんにすっごく怒られた。
なので諦めて馬に乗せられている。
自信は無かったが、乗ってみたら体が覚えていたのか、意外といけたのでちょっと嬉しかった。
まあ馬房で一番賢い子を譲ってもらえたおかげだが。
栗毛で瞳がチャーミングなオスだ。とてもおとなしい。
昔の日本の馬は小かったと聞いていたのだけど、見るとどれも大きい。
前世の日本で乗った、血統書付きの馬と見比べても遜色の無いガタイの良さだ。
隣は晴香さん。
その周囲を囲むように騎乗兵と大鎧を着た護衛が周囲を囲む。
この先発組は移動速度を重視した構成にしてある。
移動速度は大鎧を着た武者か、馬で引く荷車での移動の速度に合わせる。
後発の徒歩組は約4日掛かるそうなので、半分程で移動できる計算だ。
「お上手ですわ。一輝様」
隣の晴香さんが俺の乗馬を褒める。
「いや。この子が賢いおかげだよ。今も乗せられているだけだ。」
「いえ。5回程しか乗ったことが無いとお聞きしていたので、馬を引かせる必要が有るかとも思っておりました。乗馬の才能が御有りなのでは?」
「そんな事は無いさ。」
晴香さんがそう言って褒めてくれるが、そんな事は本当にない。
その5回のうちの3回は、乗馬教室でまる三日全て使って無理矢理普通に乗れるようになっただけだ。
コネクション作りの一環で、乗馬が必要になったので全力で覚えただけだ。
いますぐ早駆けしろとか言われても、おそらく無理だ。
自分が才能が有る等と、己惚れるつもりはない。
この世界では乗れないと恥ずかしいらしいからなぁ。落ち着いたら練習しないと。
「そういえば、晴香さんは高瀬の城は行ったことがあるの?」
「ええ。というより昨年まではその南側が主戦場となってました。私は後方に居ましたが、高瀬城は当時の尼子家の重要防衛拠点でしたので、私も何度か顔を出していました。」
「なるほど。そうだったんだ。」
話題振りに失敗したか?
よく考えれば場所ネタは奪われた領土の数々になるのか?
「クスッ。そんなにお気になさらずとも大丈夫ですよ?繁栄と衰退は兵家の常ですし、今回は一輝様のおかげでこうして取り戻した訳ですし。」
「そう言ってくれるとありがたい。それならどんな場所か聞いてもいい?」
「ええ。もちろんです。どこからお話しましょうか……」
そう言って高瀬の城周辺の話を始めてくれる晴香さん。
高瀬城
宍道湖南岸に位置するその城は、当時大内、京極、三刀屋連合軍に対する尼子家の主戦場となっていた、出雲平野の押さえとして機能させていた、防衛拠点だったそうだ。
昨年にここを落とされた為、宍道湖を南北に分けていた尼子の領土が分断され、人と物の移動速度が一気に低下。
軍を二分され、戦線も増やす事になった尼子軍は、ここから加速度的に領土を奪われることになる。
「移動と防衛の要所だったわけだ。」
「正にその通りです。そしてこの城を落とした功績で、京極家がこの領地を得ていた訳ですが、今回の件で見るならば、不幸中の幸いでした。」
「その通りだね。京極家の領土だったおかげで、それだけの要所を決闘で手にする事ができたわけだ。」
「はい。それと、移動の要所となる城の近隣は、戦時となる前は商人も多く、非常に栄えていました。」
なるほど。
交易都市になる要素がある町が有るという事か。
今後尼子が盛り返せば、その光景も遠からず見れるようになるかもしれないな。
「それなら将来俺がお役に立てるかもしれないね。商売には多少なりとも自信が有るし。」
「一輝様がですか?」
「何か変?」
「あっ、いえ。決闘であれだけの戦いをされていた一輝様と、商売が結びつかなくて……てっきり名の有る武家の方と思っておりました。申し訳ありません。」
そういえばこっちに来てから戦いと訓練、大内との戦の準備ばかりだったな。
過去の仕事を生かした事無いな……
「いやいや。謝らなくていいから。そんな姿全く見せてなかったし。」
「そうおっしゃっていただけると助かります。一輝様が商売に自信が有るのは前のお国と関係がお有りなのですか?」
「あれ?言ってなかったっけ?前は商人やってたんだよ。俺。」
「一輝様が商人ですか!?」
そんなに驚かんでも……
おかしいな。前の世界ではこれこそ正に商売人の顔と言われていたのにな。
「そんなに意外だった?いちおう前の国では上から数えた方が早い位の企業……商会の主だったんだけどね。」
「それほどの方だったのですか!?そんな方がこの国に来て下さったのですか?」
「それほどでもないけどね。ここに来たのはククリ様のおかげであって偶然みたいなものだし。」
本当にこの点はククリに感謝してる。
俺にもう一度やり直す機会をくれて、本当に良かった。
「そうなのですか?しかしこういったことを聞くのは憚られるのですが、元の国でそれほどの立場におられたのであれば、わざわざこちらに来る必要は無かったのでは?」
「いや、元の国で死んだからこっちに来るしかなかったんだよね。」
「死!?つまりは輪廻転生ですか?」
今回のこれはどうなるのだろう。
生まれ直すというよりは、中身は前の世界、入れ物はこっちの世界に来る為に、ククリが作ってくれたモノだ。
これは厳密には違うような気もするが……
「うーん。似たようなものかな?今回は特別みたいだったから、他の人にも当てはまるか分からないな。」
「ククリ様に直接選ばれればそれはもう特別です。では、一輝様は前のお国では名の有る商人の方だったのですね。」
「そうなるね。もう10年有れば天下一も見えていたんだけどね……惜しかったなぁ。」
40年以上積み上げて夢に届かなかった。
今は新しい目標ができたし、この世界でやりがいも感じているから前世に後悔は無い。
でも、最後まで見る事が出来なかったことだけは、残念だったなぁ。
「一輝様……申し訳ありませんでした。」
晴香さんが申し訳なさそうに謝って来る。
「ああ!ごめんね。全然そんなつもりは全然無かったんだ。なんと言うか、死んだのは残念だったけどこっちに来たのは良かったと思っているし、やりがいも感じてる。」
「やりがいですか?」
「うん。こっちでまた天下一を目指せば良いと思ってる。今度は尼子家の皆で。」
俺の言葉に驚いた表情を見せる晴香さん。
そんなに驚くか?
滅亡一歩手前だった訳だし驚くか。
「はい。一輝様のお力になれる様、尼子家一同全力を尽くさせていただきます。
「ありがとう。嬉しいよ。」
そう言って二人で笑い合う。
良い雰囲気だ。
少しむず痒い。
「しかしこういう話をゆっくりする機会は今迄なかったね。」
「そうでしたね。いつも必死でしたから。」
「せっかくだから前の世界の話でもしようか?」
「それは是非!異国の話は新鮮でとてもおもしろいのです!」
おおっ!晴香さんが凄い食い付いてきた。
さらっと水道の話をしたら物凄い食い付いてきた。
民家の中にまで水を入れるのは凄いと無邪気に聞いていたのだが、水道の蛇口の仕組みからそれを維持する公共の業者や、民衆が支払う税、料金の仕組みと話がどんどんと難しくなる。
俺のうろ覚えの知識を引き出して、思い出しながからの話を聞く晴香さんの表情は真剣そのものだ。
これは為政者の表情だ。
軽く話すつもりが随分話し込んでしまった。
話しながら進んでいたら、本日の野営地まで辿り着いてしまった。
晴香さんとは以前よりも仲良くなれたと思う。
さあ、みんなで野営の支度だ。
晴香さんが良い。また読みたいという方。
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